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希望の行方6

「あら、ル・ルーちゃん。」
扉を開けると、朝の光と共に少女が飛び込んできた。
「おはようございます。ロザリーお姉ちゃま!」
横を通り過ぎていくふんわりとした髪の毛と、上質の布で縫われた衣服から漂ってくるのは、何年もロザリーが過ごしたジャルジェ家の懐かしい香りだった。贅沢ではないが上質な石鹸とバラの香りがした。
・・・あら。
ロザリーは目を疑った。
少女の髪にキラキラと光が反射して、その颯爽とした後ろ姿が、まるで敬愛する少女の叔母のように見えたのだ。
恐れも穢れも知らず、信じる道を一心に進んでいく人。初めて出会った頃のオスカルの溌剌とした眩しさが、彷彿とする。ロザリーがその人生の中で、純粋な崇拝と愛をささげた、ただ一人の人だった。夫となったベルナールとの世俗的な思いとは違う愛であった。
「どうしたの、お姉ちゃま?」
振り向いたル・ルーの顔を見て、ハッとロザリーは我に返る。
「・・・ううん、なんでもないわ。ル・ルーちゃん、久しぶりだなと思ったの。」
扉を閉めると、街の匂いも閉ざされ、なお一層懐かしい香りが広がる。シャトレ家は上等な地区に居を構えているわけではないが、ロザリーが生まれ育った下町よりも比較的恵まれた場所にある。それでも煮炊きの匂いや、汚物の匂いは日常のものであった。
「だって、アンドレが中々連れてきてくれなかったのですもの。」
不平そうにル・ルーが言った。
「アンドレってば、今までなら、少し時間を見つけて馬車の都合をつけてくれたのだけど、それもしてくれないの。今日は、お姉ちゃまもアンドレもお休みだったから、やっと連れてきてもらったのよ。」
「・・・まあ。」
口をとがらせている少女に、まだ言いたいことがあると見て、ロザリーは椅子をすすめる。
ベルナールは昨夜も遅くまで仕事をしていたようで、まだ二階で眠っていた。夫婦の寝台にベルナールが転がり込んでくる気配を感じたのは、早朝に近い時刻であった。いつもの時間に目覚めたロザリーが、朝の支度のため一階に降りてくると、夫婦が食事をとったり、来客をもてなすためのテーブルには、書き損じの紙や資料が散乱しており、ようやく彼女が片付けを終えたばかりである。玄関とは反対側に台所があり、二人暮らしには十分な広さだった。新聞記者であるベルナールの収入は決して高額ではないが、贅沢などしようとも思わない夫婦は何とか暮らしていけている。
母子での貧乏な下町暮らしとも、ジャルジェ家の貴族の堅実な暮らしとも、まして生母の屋敷の贅沢な生活とも違う、今の暮らしにロザリーは心から満足していた。
愛し合う夫との家は、家具も食器も、質素でも好ましかった。夫や来客に、お気に入りの食器でお茶を出すのが、最近のロザリーの楽しみであった。
「オスカル様はどうなさっているの?やはり新しい勤務は大変なのかしら?」
だが、お茶のために湯を沸かすのも後回しに、ロザリーは急かすように尋ねる。ル・ルーは机に頬杖をついた。
「ん~・・それがね、変なのよね。オスカルお姉ちゃまは大変そうよ、もちろん。怒りながら屋敷のお戻りになったりしてるもの。だけど、お仕事に関してはなんだか生き生きしているわ。お姉ちゃまって、困難に合えば合うほどやる気が出る性格だもの。」
叔母に似た性格のル・ルーがしみじみと言う。
「まあまあ・・・オスカル様らしいわ。それで、何が変なの?」
ロザリーの言葉に、少女は首を傾げる。どう表現したらいいのか、必死に考えているようであった。
「変なのは・・アンドレなの。何だかね、最近、オスカルお姉ちゃまの保護者みたいになっちゃって。お姉ちゃまがお仕事に出るときはもちろん、ちょっと御用があってお出かけするときも絶対についていくのよ。ちょっと外の空気が吸いたいだけだからって一人でふらりと馬に乗ってでたら、アンドレってば、慌てて後を追いかけていくの。なのにね・・・」
そこでル・ルーはさらに首を傾げる。
「お姉ちゃまのお部屋にはいないの。お姉ちゃまがお呼びになっても、御用が済めばすぐにいなくなるの。お姉ちゃまの方にはいろいろお話なさりたいことがあるようでも、忙しいからって、すぐに消えるの。だから、ル・ルーが無理やり座らせた時だけ、少しの間、お相手してくれるの。だから、お姉ちゃまも言ってたわ。・・・アンドレは、ル・ルーがいる時だけ私の部屋にいるな、私よりル・ルーのほうが好きなのだろうって。」
「・・まあ!」
「そうやってね、寂しそうにお笑いになるの・・オスカルお姉ちゃま・・」
「まあ!」
「でね・・アンドレが出て行った後の扉をずっと見詰めていらっしゃるの・・」
「まあ、なんてこと!」
一旦自分も腰を下ろした椅子から、ロザリーは勢いよく立ち上がった。
「私のオスカル様に、なんてこと!」
「・・・ル・ルーも悲しくなって、お屋敷にいるのが辛いの、ロザリーお姉ちゃま・・」
急に伏し目がちになった少女の目が、チラリとロザリーに向けられた。
「どうしたらいいのかしら、ル・ルーは子供だから、分からないの・・」
そう嘆くと、しょんぼりと肩を落とす。
「あ、あんなに、オスカル様のことを頼んだのに、アンドレってば!」
怒りで、ロザリーの手が震えた。お茶を入れようなどという気持ちは、さっぱりと消えていた。
「ル・ルーちゃん、アンドレは?アンドレは今どこにいるの?」
「お外にいますわ。」
にっこりと、ル・ルーは表情を変えた。
「一緒にきておりますもの、すぐにここに参りますわ。」
いつもよりも丁寧な言葉使いの少女の言葉に、ロザリーは扉へと歩み寄る。
扉の向こうから訪いの声が聞こえたのは、すぐのことである。
「ル・ルーちゃん、二階にベルナールが寝ているわ。」
軽く振り向いて、花柄模様の質素なドレスの腰に手を当てながら、ロザリーは言った。
「そろそろ起きる時間なの。着替えもしないでひっくりかえっていたから、遠慮せずに起こしていいわよ。政治の事でも、最近の情勢でもなんでも聞き出してしまいなさいね。」
「はい!お姉ちゃま!」
ピョンと立ち上がると、ル・ルーは二階に駆け上がっていった。初めてこの家を訪れたときに探検を済ませ、間取りはすでに熟知している。タンタンタン、と軽快な音が響いた。その音に、玄関の扉が開く音が重なる。
「やあ、ロザリー。」
扉の向こうには、アンドレの笑顔があった。貴族の従者らしく手入れの行き届いた服装と、きれいに刃を当てたさわやかな顔が、温かく微笑んでいた。妹を慈しむ光が浮かんでいる。
「久しぶりだね、元気にしていたかい?」
「・・・アンドレ・・」
沸いてくる怒りを隠そうとも思わず、ロザリーは兄とも慕うアンドレを見上げる。その様子にいつもと違うものを感じたのか、怪訝なものが、彼の表情に浮かんだ。
「どうしたんだい、ロザリー?まさか・・ベルナールと何かあったのかい?」
「ギャ~!」
二階から、ベルナールの叫び声がした。
心配そうな色が、アンドレの瞳に浮かび、すぐさま二階に上ろうとした。
だが、ロザリーは行く手を阻む。
「ベルナールは大丈夫よ。」
「しかし、叫び声が・・?」
「叫んでいるのは、オスカル様の心だわ!」
そうロザリーも叫んだ。
「この前だって、寂しそうなご様子だったわ!アンドレ、あなたがいながら、どうして?」
幸せですか・・・と問うたロザリーに、寂し気な表情を浮かべたオスカルの姿が思い出される。ロザリーは自分が幸せだからこそ、その姿が・・・忘れられなかった。
大粒の涙が、すみれ色の瞳からポロポロとこぼれる。
「ロザリー・・」
困惑を見せたアンドレが、ため息をついた。
「・・・分かった。すまなかった。話を聞いて欲しい。だが・・・あれは、本当にいいのか・・?」
再びベルナールの叫び声がした。
だが、ロザリーはそんな質問など眼中になく、アンドレの腕をグイグイと引っ張った。
勢いあまった彼女は、テーブルに当たる。
出番のない食器が、カチンと響いた。


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No title

ルルー・ロザリー連合,強し!(女性陣の中では,やっぱりオスカル様が一番ナイーブなのですね。笑) それにしても,kakonokaoriワールドのアンドレは,どこに行っても苦行僧… 

さっそくの6話アップ,ありがとうございました!

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ぶうとん様

早々に発見して頂き、ありがとうございます。

修行僧とは、なんのなんの、大いなる幸せ者ですよ、彼は(ハハハ)
でも次回は、キュウキュウに締め上げられるかもしれませんね。

では、また!

す・・・様

早々にお読み頂き、ありがとうございます。

すっかりベルサイユの水に染まってしまったル・ルーと、
人妻になってさらにたくましくなったロザリーです。
怖いです・・。

次回は平和ではないかもしれませんよ、お楽しみに!

A・・様

お読み頂き、ありがとうございます。

そうです、その解釈で大体正解です。
何しろ身分の差もありますし・・
次回、何やらかんやら、ロザリーに対して申し開きがあるでしょう。

次期にアランも苦悩するでしょう。

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No title

いいぞル・ルーもっとやれ(^皿^)v
この時のベルナールの状態も知りたいです!

あま・・様

そうですね、このもどかしい関係には起爆剤が必要ですね。

それが妹のロザリー、姪のル・ルーなのか、

それとも、アラ・なのか
それとも、ジェ・・なのか、
もしくは、意外な・・・なのか、
以降の展開をお楽しみに!

冷奴様

次回、ベルナールも登場するでしょう。
どんな状態だったか、彼の口から語られるかもしれません。
ベルナールには、こう、もっと政治的な話を引っ張ってもらいたいと思っているのですが、なかなかそうはなりませんね。
なぜでしょう・・?

No title

せっかく結びついたお二人の心が、なぜかすれちがってしまう・・・
お互いを思い合うほどに。

ああ、もどかしいですね( *´艸`)
ロザリーでなくても、アンドレに檄を飛ばしたくなります!!

『これからますますオスカル様が大変な目に遭う(でしょ?)ってのに、
なに寂しい思いさせてんのよっ!!(´゚д゚`)』

今回は穏やかでしたが、次回以降の展開にドキドキしながら
お待ちしています!

あんぴか様

もどかしくて、ややこしい関係ですねぇ
どこでどうボタンを掛け違えているのだか。

アンドレもね、一生懸命なんですけどね・・

しばらく穏やかに進むかもしれません。
嵐の前の静けさです・・
プロフィール

kakonokaori

Author:kakonokaori
「ベルサイユのばら」の二次創作です。個人的な楽しみで執筆しております。原作関係者の方々よりクレームを受けた際には、中止します。お目汚しではございますが、お好きな方はご訪問下さいませ。

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