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希望の行方5

「ちょっと待て。」
練兵場で衛兵隊員の行進を見届けていた時であった。
その異変に、オスカルはすぐに気づいた。
太陽を浴びながら整列する隊員の数に対して、掲げられている銃の数があきらかに少なかった。それも一人や二人ではない、十人近くの者が、見えない銃を平然と掲げているのだった。しかもそのうちの少なからぬ人数が、一班に集中していた。
「アラン・ド・ソワソン」
低くはあるが、男とは異質の声が兵士の頭上に凛と響き渡る。
「君たちはなぜ銃を持っていないのだ?」
大勢の男たちが、シンと静まり返る。
確実に現在、彼らに共通するものは、女性の上司に対する反感であった。だが自分たちの目の前に騎乗している連隊長は、極めて高位の貴族である。外見も地位に相応しく華やかで、表立って逆らうほどの度胸はない。
だが、一班の班長のアラン・ド・ソワソンは違った。まるで怖いものなどないかのように、この新隊長への反感をむき出しにしている。彼がこのフランス衛兵隊の雰囲気を作り出しているのは、オスカルから見ても明らかであった。人望も統率力も秀でている。
さて、どんな言い訳をするかと、怖気も見せないアランの顔を馬上から見下ろす。
周りの若い隊員たちが動揺する中で、彼は真っすぐにオスカルを見た。アンドレと似た黒い瞳だが、すさんだ色がそこにあった。
「ヘン、失くしたんだよ。」
「・・失くした、だと?」
思わず声が裏返った。長年、近衛の隊長を務めていたオスカルである。様々な性格と資質の男たちと接してきたが、やはり王宮の飾りである、育ちの良い者たちばかりであったので、さすがに銃を失くす愚か者はいなかったし、まして、失くしたなどと平然と言い放つ者など皆無であった。
アランのあまりの面の皮の厚さに、しばしオスカルは茫然とした。
「朝起きたら、消えてたんだよ。悪いか?」
ふてぶてしい笑み、であった。
「消えていただと?大事な銃にどんな管理をしているのだ、君たちは?」
茫然の次に怒りを覚えたオスカルの叱責が飛んだ。
「アラン・ド・ソワソン、班の責任者として答えたまえ!」
「知るかよ、そんなの。誰かが知らぬまに持ってっちまったんだろうよ。それとも、何か?一日中見張ってろっていうのか?夜も抱いて寝ろっていうのか?・・俺は嫌だね、抱くなら女がいい。まあ・・あんたなら一晩でも二晩でも抱いてやるさ。何だったら毎晩、俺たちで交代で抱いてやろうか?え?」
静まっていた空気が、ザワリと動いた。
「ア、アラン・ド・ソワソン・・や、やめたまえ・・!」
おろおろとしたダグー大佐の叱責が、飛んだ。他の士官たちも互いの顔を見合わせている。これは紛れもない上司への不敬罪であった。オスカルが赴任して以来、幾つもの騒ぎが起きていたが、彼女はその全てを自分の胸の内に収め、不問に付してきている。だが、今度こそは只ではすまないだろうという雰囲気が漂っている。
「ふん。」
しかし、皆の意に反して、オスカルはアランの発言を鼻で笑った。
「あまり、私をみくびるな。お前たちに相手にしてもらう必要などない。相手なら、ちゃんといる。」
ベルサイユの空の下、この一角に、波のような騒ぎが広がった。
若い兵士たちの中には、奇怪な叫びをあげるやつがいたし、喜んで腕を振り上げるやつもいた。
平然としているのは、オスカルただ一人である。
背後に立つアンドレは何も言わない。オスカルも振り向かないので、彼の表情を直には見ることはないが、彼があえて無表情を貫いていることは確実であった。内心どう思っているのかも、どれほどハラハラしているかも手に取るように分かったが、無視することにする。
自分をさらけ出し、腹を割らねば、このアランという男は、そして衛兵隊の皆との距離は永遠に縮まらないだろうと、オスカルは身に染みていたのだ。
貴族と平民、その身分の差はオスカルが思う以上に広く、深いのだと。
兵士たちの視線は、オスカルと背後のアンドレに交互に向けられた。アンドレが隊長の相手だと、その目が雄弁に語っている。
騒ぎと、突き刺さる視線を前に、オスカルは悠然と笑った。
「だから、その件は却下する。そして銃の紛失件だが、失くしたというなら、仕方あるまい。新しい銃を手配しよう。・・アラン、今度こそは君の真の管理能力を発揮してくれ。」
騒ぎが止まった。
あんぐりと口を開けた面々を前に、オスカルはとどめの一言を加えることも忘れない。
「ああ・・兵営は女人禁制だと言ったのは君たちだが、それは廃止するということでいいな?でなければ、私がもし万が一、相手に困ることがあっても、君たちのもとに忍んではいけないからな。」
言葉の後に浮かんだのは、艶然とした笑みだった。
オスカルは女という性を武器にしようなどとは、全く思っていない。
逆に以前の彼女なら、女を匂わせるのすら拒否反応を示しただろう。
何かが変わったのだ。
女、という自分を受け入れることができたからなのだと、彼女は感じていた。
それは、アンドレのおかげなのだ、とも。
・・・アンドレは真実の愛で私を包み込んでくれる。私は、女として生を受けたことを初めてうれしいと思ったのだ。そうして、やっと分かったのだ。男と女は、神が生み出されたもの。男なら偉くて、女なら偉くないなど、人が勝手に決めたことだ。私は今まで男になろうと懸命になっていたが、今は違う。女として生まれた私が、人間としてどう生きていくのかが大事なのだ。それは・・平民に生まれた彼らが人間として誇りを持って生きるための礎になるかもしれないのだ。
心の在りようが決まれば、あとは何の抵抗もない。
性に関する他愛のない話など、士官学校時代に聞き飽きている。男とはそういう生き物なのだと知っているのだから、自分もそれに倣えばよい、と。
馬上にいるのは・・・自分の性から解放された人間であった。
今まで頑なに隠していた女が、硬い軍服を越えて、柔らかに吹き始めた風に舞い上がる。金糸に彩られた顔は、生まれながらに与えられた優しく温かいものであった。香りが陽光に煌きながら放たれる。
衛兵隊員たちの表情が変わった。不思議なものを見るような眩しい表情になる。しかし当のオスカルは、それが自分のためだとは気づいていない。
「ダグー大佐。」
傍らでやきもきしている副官を、振り向いて言う。
「彼らに新しい銃を支給する手配をお願いする。」
「は、はい、隊長!」
慌てた彼から返答を受け取ると、オスカルは目の前の全員に毅然と命令する。
「では、解散!気を引き締めて任務に当たるように!」
衛兵隊員たちは、呆けたように散らばっていく。
ダグー大佐や他の士官たちも、緊張を解きながらそれぞれの持ち場に戻っていく。
オスカルの前に、緩やかであるが、兵士特有のきびきびとした動きのある流れができる。
が、その流れの中で動きださずにいる者がいた。
オスカルとその背後で彼女を常に守っているアンドレ、
そして、アランである。
アランは、班の仲間が去っていくのにもかまわず、オスカルに視線を留めたままだった。
痛みを抱えたような、憎々しい瞳だった。
「・・・今に見ていろ。苦労も知らぬ貴族なんか、すぐに逃げ出すに決まっているさ。ここは、あんたなんかのいる場所じゃない。」
低い低い声だった。
彼自体、貴族でありながら、大貴族が憎くて仕方がない理由だけではない、抑えきれない何かがあった。
「アラン・ド・ソワソン」
彼と前任の隊長とのいきさつを知っているオスカルである。不運な彼の身の上に同情もしていた。だが、彼と剣を交わしたオスカルには、軍人としての彼の資質を見抜いていた。だから反対に、彼女の資質もまた見抜かれているはずだと判断している。
・・・それでもまだ、私を女だとあなどっているのか。
それが残念でもあり、不思議でもあった。
・・・私は軍人として、自分を鍛えてきたつもりだ。あなどられるような力量ではないつもりだ。
だったら、なぜアランはこれほど自分を毛嫌いするのか、オスカルには解することができないでいた。
「・・・持ち場に戻るように。」
感情を抑えた瞳でオスカルが見つめていると、彼は不意に目をそらし、何も言わず走り去っていった。
「なんだというのだ、あいつは・・・」
思わず、オスカルは呟く。
すると、
「なんだろうな、オスカル。」
背後で男の声がした。アンドレだった。
「なんでこんなことになるんだろうな・・・」
静かな抑揚に、紛れもなく怒気が混じっていた。
「・・頼むから、もっと自分の身を心配してくれないか・・」
「アンドレ・・」
オスカルは、唇をかんだ。
滅多にない、彼の怒りをかったのだと・・直感した。
「・・・すまない、アンドレ。だが私は力で彼らを従わせたくなかった。そのために、彼らの言葉で話をつけたかったのだ。だから・・」
ゆっくりと彼女は振り向く。
すさんだアランとは違う黒い瞳が、そこにあった。
オスカルの身を深いところから揺すぶる、男のものであった。
「オスカル、お前は・・・まだ分かっていない。」
怒りの底に悲しみを抱えているように、彼は言った。
「男の・・・怖さを。」
オスカルは、ハッとした。過去のアンドレの強引な行動が、彼の苦しみが脳裏に浮かんだ。あれは、自分が女であり、彼が男であったからだ。
「・・・すまない・・」
うつむく彼女の口から、一言だけがようやく絞り出される。
「うん・・・」
苦し気なアンドレの声が答える。
風が吹いた。
草の匂いが、立ち上った。




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す・・・様

素早いコメントありがとうございます。

今回は書いていて、えらく疲れました。
こんな感じで続いていくのかあ・・
またドロドロになりそうな予感が・・

でもアランをあんまり責めないでくださいね。
たぶん、いいやつになるはずです。

では、また!

No title

ここからアランがだんだんオスカルを好きになっていく過程が読みたいです!

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No title

傍らに立っているアンドレの心中を慮ると、冷や汗が流れるようです!自らの罪を思い起こし、かつこれから起こる(かもしれない)事態に心を砕き・・・ああもう、オスカル・・・!
でもこれからが正念場ですね…
匂い立つほどに美しく、女性としての美を隠そうともしない彼女を
アランがどう遇するのか・・・( *´艸`)
楽しみにお待ちしています!
いつもありがとうございます!

爆弾発言…

隊員の懐に飛び込もうと奮闘するオスカル様。お気持ちは分かりますが…でも,爆弾発言,出ましたねえ…(苦笑)! 「相手はいる」にせよ,「兵営の女人禁制廃止」にせよ,オスカルが自分の発言の帰結について何を考え(または考えずに)発言したか,思わず想像しちゃいました。

①兵営に引きずり込まれることも覚悟で,それでも自分で切り抜けられると考えている

②兵営に引きずり込まれたらアンドレが助けてくれるだろう。無意識にであれ,そんな安心感を持っている

③そもそも自分の発言の帰結(または,自分の発言から兵士たちが何を想像するか)については,さほど考えていない

(う~ん,想像力が貧困なので,他の選択肢はあんまり思いつかない…)

自分の感情に素直とはいえ,いたって思慮深いオスカル様のこと,①であってほしいと思いつつ,でもそりゃ若干自信過剰では?ともつっこみたくなります(笑)。②だとしたら…このシチュエーションでは,オスカル様,アンドレに甘えすぎよ。③…一番あり得るのは,やっぱり,これかなあ??? でもでもでも,「男とはそういう生き物なのだから,自分も倣えば…」というのなら,自分もよけい男(ないしはオヤジ)になんなきゃねえ。。。

…というわけで,今回ばかりは,あんぴかさん同様,アンドレに深く同情。…というより,オスカル様に,女性としての自分の魅力に対する自己認識も含め,この手の性的なことをあまり考えなくてよい状況を作り上げてきたジャルパパやアンドレ自身に「お気の毒さまだけど,こう育てたのはあなたたち…」と言いたくなっちゃいました。

…と色々書きましたが,今回も,ドキドキわくわくしながら楽しく拝読したのです! 今回のお話で,よけい,「拉致事件」のスリル度が高まりましたし…(あ,このエピソードの前にはもれなくフェルゼンとの再会がついてましたね。こちらも楽しみ!)

アップありがとうございました。

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冷奴様

はい、そうなるでしょうね。

アランはどんどん、オスカルに惹かれていくでしょう。
お楽しみに!

あま・・様

私の予想を越えて、面白くなりそうです、この三名!

続きを書くのが楽しみです。
続き、どうぞお待ちくださいね!

あんぴか様

美しすぎるのです、彼女は!

しかし、ただの美女としてじゃなくて人間として認められないと、アランは動かせません。
さあ、どうするオスカル&アンドレ・・!

次回をお楽しみに!

ぶうとん様

基本③でしょう。
加えて、自分の力で何があっても乗り越えようと決意しているみたいな・・
その自信が崩れ去るかもしれないですけどね・・

だけど女であるという壁を乗り越えないと、衛兵隊のみんなとの壁も崩せないので、仕方がありません。
なので、苦しむでしょう・・
誰がというと、主にアンドレ。

結局、アンドレ。



t・・様

アランには頑張ってほしいですよね。

原作でも、オスカル・フランソワの生きざまを一番理解したのは彼のような気がします。
ただ素直じゃないんですよね。
口は達者ですが、とても純情な男です。

では、Sの方もMの方も、自分は普通だと思いこんでいる方も、楽しみにお待ちくださいね!
プロフィール

kakonokaori

Author:kakonokaori
「ベルサイユのばら」の二次創作です。個人的な楽しみで執筆しております。原作関係者の方々よりクレームを受けた際には、中止します。お目汚しではございますが、お好きな方はご訪問下さいませ。

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