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希望の行方2

ル・ルーの背後から慌てたようにロザリーが駆け寄ってきた。
「ル・ルーちゃん!一人で外に出ては危ないわ!」
・・・やれやれ・・
オスカルは、我が姪をにらみつける。
恐らくル・ルーは、ロザリーを待たずに勝手にシャトレ家を飛び出してきたのだろう。パリの街は以前にも増して物騒になってきている。深窓の令嬢の雰囲気からはほど遠く、活発に街を恐れずに闊歩するル・ルーであるが、貴族の娘だとはさすがに思われなくても、服装からは少なくとも裕福な家庭の娘であることは明らかだ。金目的に誘拐されないとも限らない。シャトレ家に出入りするようになって、ロザリーがどれほど気をつけているか、細やかな世情に疎いオスカルにも理解できた。
「ああ、よいよい、ロザリー・・」
青くなっていたロザリーの顔が、すでに待っている馬車の中に麗しの人の姿を見つけて、申しわけなさに今度は白くなっていくのに、オスカルは鷹揚に声を掛けた。
「ル・ルーには、いつものことではないか。トルコに売られそうになった娘たちを助けた時には、一人でパリの下町をうろちょろして迷子になったらしいが、平気で帰ってきたぞ。こいつには何なら野生の本能が備わっているのだろう、例えばキツネとかイタチとか・・」
「まあ、ひどいわ!オスカルお姉ちゃま!」
アンドレが開けた扉から乗り込みながら、ル・ルーがぷりぷりと怒る。
「ル・ルーはイタチではないもの。いずれはおしとやかで立派なレディーになりますわ。それにロザリーお姉ちゃまのお家でずっと待っていたのに、いつまでたってもお迎えがこなかったのですもの。ひょっとしてアンドレってば事故にでもあっているのでないかと心配して様子を見に出ていたのですわ。まさか停まっている馬車の中でオスカルお姉ちゃまに怒鳴りつけられているとは思いませんでしたけど。」
一瞬言葉に窮したオスカルの前で、弾けるような笑い声がした。
アンドレだった。
・・・こいつ。
腕を組みながらオスカルは彼に視線を刺した。
・・・こいつ、変わったな。
胸に絶えずくすぶっている情愛と照れ、加えていくばくかの頼もしさと寂しさが、その視線を紡ぎだしていた。
あの夜、彼に自分の想いをぶちまけた時から、アンドレは変わった。
このオスカル・フランソワはアンドレを愛している・・・とはまだ言葉としては告げてはいない。
そんな言葉に出来ないもどかしい気持ちを、彼は真正面から受け止めてくれた。
自分から決して離れない、と誓ってもくれた。
だが、それからのアンドレの変化に、正直オスカルは戸惑っていた。
穏やかすぎるのだ、アンドレが・・。
それまでの彼は、どこかいつも無理をしているようだったと、今更ながらオスカルは振り返る。もちろんいつも明るく自分の傍にい続けていた。だが、その明るさは作られたものだったのかもしれないと・・思い至る。
・・・今のお前の笑い声は、じゃれつきながら遊んだ子供の頃のようだな。もう何年、いや何十年、その邪気のない笑い声を耳にしていなかっただろう・・・
自分への長く絶望的な片恋に苦しんだゆえ・・とまでは彼女は思い至らない。それは彼に対する理解が低いためではなく、自身の女性としての魅力を知らぬゆえであった。
そして、オスカルが最も戸惑っているのが、今の彼の持つ透明さだった。
・・・お前は、私の衣服を引き裂くほど、私を求めていた。涙を流しながら、熱く私に触れた。まして、私ではない私ではあるが、男女の契りを交わしたはずなのに、今のお前からは熱も、私への執着も感じられない・・
愛情が感じられないわけではない。それどころか彼の果てのない深い愛情に、息が苦しくなるほど包まれている己がいた。
・・・分かっている。なのに、なんだこの寂しさは・・。
先ほどル・ルーが聞いたというオスカルの怒鳴り声も、平気で死ぬことを口にしたアンドレにいら立ったのだ。
・・・本当に、私のために平気で死にそうだな。
その点に、激しくいらだつ。
自分はいずれ軍人として納得のいく末にたどり着いたあと、地位も何もかも捨て、彼と新しい人生を歩む覚悟だった。そのためにどれほど困難な道であっても二人で生き抜くのが当然だと思っていた。
だが、アンドレは違うのかもしれない。
この男には、別の行く末が見えているのかもしれない。
・・・お前は、私とは違うものを見ているのではないか・・
微かな懸念が、胸の奥にずっと巣くっている。
どう言葉にすればよいか分からない懸念は、波乱で幕開けしたまま常に騒動が続いている衛兵隊での激務の底に静かに沈んでいたが、折にふれオスカルの胸に寂しさをもたらしていた。
傷を見るために遠慮もなく無造作に腕を掴んでくるくせに、身体の中までえぐりだすような男の視線ではもう見詰めてこない。
夢の中にももう現れてこない。
女としてのこの身体をもう欲してはいない・・。
「あら、お姉ちゃま、ご機嫌ななめですわね。今日も大変な一日だったご様子ね。」
オスカルの頬の擦り傷をしげしげと眺めながら、ル・ルーが言った。その言葉に、ロザリーも叫び声を重ねた。
「まあ、なんてこと!オスカル様のお顔に傷だなんて!」
優し気なすみれ色の瞳が、キッとアンドレに向けられる。
「もうアンドレ!あなたがお傍についていながら、どうしてオスカル様にお怪我をさせたの?信じられないわ!」
怒りの矛先になったアンドレが、再びハハハっと笑った。
「ほら、言った通りだろ、オスカル?」
「ふん!」
向けられた無邪気な笑顔に、オスカルはそっぽをむいた。
「まあ、笑いごとじゃないのよ、アンドレ!女性の大事な顔を何だと思っているの!」
屋敷を出る前頃から、何故かアンドレと対等のロザリーだったが、一家の主婦となった自信からか、腰に手を当てながらアンドレを叱りつけている姿にはすっかり貫禄が備わっていた。屋敷にいた頃よりも質素なドレス、後ろに束ねただけの地味な髪形なのに、夕暮れ空の下でも、明るい金髪は輝き、瞳は宝石のように澄んでいた。
「ロザリー・・」
思わずオスカルは言った。
「幸せなのだね、ロザリー・・」
「オスカル様・・」
オスカルに向けられた瞳から、たちまち涙がにじみ出る。
「オスカル様・・・オスカル様のおかげですわ。」
「ああ・・泣くのではない。もう人の妻なのだからね。私がベルナールに恨まれる。」
オスカルが差し出したハンカチを遠慮がちに受け取りながらロザリーは、しみじみ言う。
「オスカル様は特別ですわ。ベルナールとは全く違いますもの。私、本当は屋敷をでたことを何度も後悔しそうになりましたもの。ベルナールは仕事だといって、中々帰ってこないし、今日だって休みのはずだったのに、飛び出していったのですもの。こんなことならオスカル様のお顔が毎日拝見できるお屋敷にいたらどんなによかったかと思っているところに、こうやって思いがけずお会いできてロザリーは幸せですわ。」
「おやおや、ロザリー・・・縁があって一緒になったのだ、ベルナールのこと私からも宜しく頼む。」
「ありがとうございます、オスカル様・・やはりお優しい・・」
背後でル・ルーとアンドレのため息が聞こえて、オスカルがキッと振り向くと、二人は視線を泳がせた。
「・・また来るよ、ロザリー。今日は勤務が早く終わったので、私もアンドレについてきたのだ。機会があればベルナールともゆっくりと語り合いたいものだ。彼によろしく伝えておくれ。」
「ええ、お待ちしておりますわ、オスカル様。」
ハンカチを握りしめながらロザリーは頷く。アンドレが御者に合図を送った時、彼女がそっと小声でオスカルに尋ねてきた。
「・・オスカル様は、お幸せですか?」
真実の愛を知った女同士の眼差しが重なる。
「ロザリー、私は・・」
オスカルは答えようとした。
私もアンドレの愛と思いやりに包まれて幸せだよ、と・・。
だが、馬車が走り出す時間の中に、その言葉が喉から出てこなかった。
馬のいななきと共に、後方に取り残されたロザリーの瞳に寂し気な色が浮かんだ。
その色は、オスカルの瞳をそのまま映し出したものであったろう。
夕暮れ時を越え、黒ずみ始めた空の下、じっと佇んだままのロザリーのシルエットは段々小さくなる。
そのシルエットも角を一つ曲がると、すぐに見えなくなった。


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No title

一度ならず死の覚悟を迫られ自らを責め立て続けた末に、達観してしまったかのようなアンドレ・・・苦しみを乗り越えて、どこか透明な境地に落ち着いて、オスカルを守ることだけに心を定めているような…
だけどオスカルにしてみれば、ちょっと寂しい・・・!

「肝心の私を置いてどこまで行ってるんだ?」(゚Д゚;)

・・・といったところでしょうか・・?
どこまでももどかしいお二人♡そこがたまりません!!
早めの更新、ありがとうございます!(^◇^)

あんぴか様

早速、コメントを頂き、ありがとうございます。

今日は目覚めがよかったので、サクッと更新してみました。

今回までは助走といいますか、前回のシリーズのまとめみたいなものです。
いよいよ次回からは衛兵隊の面々が出てくるのでしょう。

「肝心の私を置いてどこまで行ってるんだ?」
!!!!
その通り!

どうなるのでしょうね・・
では、また!

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す・・・様

お読み頂き、ありがとうございます。

も一つ女心には疎いアンドレでございます。
この温度差が何をもたらすのか、オスカルは他の男性をどう虜にしていくか、
アンドレの透明さはどこまで続くのか、思わぬ伏兵が現れるのか・・!

こうご期待!
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kakonokaori

Author:kakonokaori
「ベルサイユのばら」の二次創作です。個人的な楽しみで執筆しております。原作関係者の方々よりクレームを受けた際には、中止します。お目汚しではございますが、お好きな方はご訪問下さいませ。

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