FC2ブログ

運命の分かれ道45

まるで火が消えたようだ、と屋敷の戸締りをしながらアンドレは思った。
玄関ホールには他には誰もいない。深くかんぬきを掛けたあと、残しておいた燭台を手に取り、扉を振り返る。
ロザリーとベルナールの乗った馬車は、パリに向けて一直線に駆けているはずだった。急な出発だったが、かえってそれが良かったのかもしれない、とアンドレは考える。別れの時間が長いほど、送るほうも送られるほうも辛くなる。
・・・妹のように慈しんだ娘だ、オスカルもさぞかし寂しかろう・・・
遠ざかっていく馬車をいつまでも見送っていた彼女の背中が不憫で、アンドレはどんなに肩に手を置いて力づけてやりたいと思ったことか。だが、二度と触れぬと誓った身、幼馴染の資格さえ失った手を握りしめた。
別れを告げたのは、オスカルと自分だけだった。
ベルナールの正体について屋敷を騒がせてしまったせいもあり、今後のことを考えると、ひっそりと旅立たせたほうがよいだろうというオスカルの意見で、屋敷中が寝静まった夜半、ル・ルーに知らせることもなく、ロザリーの嫁入りを見送った。
・・・ロザリー、幸せになれ。
唯一の同志・・ル・ルーを除いては・・を失った喪失感も大きかったが、それ以上に彼女の幸せを想う気持ちの方が強かった。
・・・お前がいなければ、俺はとっくにオスカルの側を離れていた。お前が引き留めてくれたから俺は、オスカルを守ることが出来る。ありがとう、ロザリー。
若夫婦の乗った馬車は希望の光が灯るように、薄暗闇の中でも輝いていた。灯りは一筋の道を迷いなく進んでく。
・・・運命。
馬車が走り出した瞬間、まさにロザリーたちと自分たちの運命の道が分かれた・・・と。
見送りながら、手に持つ燭台が作り出すオスカルと自分の影の長さを、アンドレは見つめたのだ。
二つの影は・・・近づくこともなく離れることもできず並んでいる。
想う者と結ばれる運命があり、そして想う者と結ばれぬ運命も、またある。幸せに向かって走り続けている灯りと、地面に凍り付いている影の間には、人知ではどうしようもない神の意志が及ばされているのだと、静かにアンドレは心に告げる。ならば・・・神のご意思であれば、自分はこの運命を進んでいく・・・と。
運命の女性は、金髪を翻し、すでに自室に戻っている。
「・・・ワインを選ばなければ、な」
アンドレは独り言をつぶやいた。
彼を残してさっさと屋敷の中に引きかえそうとしたオスカルが、ふと立ち止まり言ったのだ。私の部屋へワインを持ってきてくれないか、と。
「もう遅い。明日は衛兵隊への転属初日だ。早く寝たほうがいいんじゃないか。」
至極まっとうなアンドレへのオスカルの返答は、妙なものであった。
「そう、明日からだ。衛兵隊への入隊日はな。反対に言えば、今夜はどこにも属していないのだ。少しぐらいハメを外してもよかろう。」
そして、まだ渋るアンドレに、彼女は真顔になった。
「ロザリーへの祝杯だ。お前のグラスも持ってこい。」
気が重かったが、彼女のささやかな望みだからこそ、アンドレに無下にできようはずもなかった。また、そんな小さなわがままを言いだすオスカルに、取り返しがつかないほどの決裂の後だからこそ、面映ゆくなる。どんな心境の変化があったのか、ロザリーを説得したあとから、オスカルの自分への反発が緩んできている実感があった。
・・・側にいることを、認めてくれたのならよいが・・・
明日からアンドレもまた衛兵隊に入る。認めてもらえなければ、オスカルも地獄、自分も地獄なのだ。
運ぶトレーの上で、二つのワイングラスが触れ、かすかな響くをたてた。
慣れた手つきでバランスをとりながら、アンドレはオスカルの部屋の扉をそっと叩く。
入れ、と小さな声がした。
暖炉の火が、彼女の横顔を照らしていた。
その美しさに息を呑みながら、アンドレはゆっくりと彼女が座り込んでいるソファーの横のテーブルにトレーを置く。
「銘柄は適当に選んだが、これでいいか?」
赤ワインのボトルを持ち上げ、ラベルを主人に見せる。
「・・・ああ。」
チラッとそれを見た、オスカルは頷いた。
「お前も付き合え。」
返答の代わりに静かな笑みをかえしたアンドレが、赤い液体で満ちたグラスを彼女に渡し、自分も一つ持ち上げる。
「我らが妹の幸せに。」
「ああ、幸せを願って。」
眼差しを交わして、グラスを持ち上げる。
すると、オスカルはそれを一気に飲んだ。
「おい・・・!」
アンドレは驚く。
「無茶をするな、体に良くないぞ。」
オスカルは空のグラスを手に持ったまま、俯いていた。金髪がさらさらと流れ、その顔を隠す。肩も背も硬くこわばっているようだった。
「・・・疲れたのか?もう寝たほうがいい。」
申し訳ない程度にワインに口をつけたアンドレは、やはり以前のように打ち解けることは叶わないのだと寂しく思いながら、オスカルの手に触れないように空のグラスを取り上げようとした。
その彼の手を、オスカルは掴んだ。
「・・・オスカル?」
男の理性が引こうとする手を、女は引き留める。
「・・・アンドレ・・・」
か細い声がした。
「・・・教えて欲しい・・・お前が抱いたのは・・・お前が愛したのは・・・」
暖炉で揺れる炎が照らし出したのは、女の顔であった。ゆっくりとアンドレに向けた顔には、バラの艶やかさが満ちていた。
「・・・未来の私なのだな・・・?私ではない、別の私を・・・お前は愛したのだな・・・」
「・・・オスカル・・・」
アンドレは息を呑んだ。
「お前・・・知って・・・?」
「分からぬはずがないだろう!お前が隠すことなど、私が分からぬわけが・・・!」
オスカルは、目じりに涙をにじませながら叫ぶ。
「なぜ正直に話さなかった?話せなかったのか?お前が愛したのは、この私ではないからな・・・!」
「違う、オスカル!」
白い手を握り返しながら、アンドレは否定する。
「話さなかったのには、理由があるんだ!そのような事、お前を混乱させるだけだ!だから・・・俺は・・・」
涙があふれ出した青い瞳を、いたましく見つめる。
「俺は・・・いつかお前に愛してもらえるまで、黙って守ろうと、そう誓ったんだ・・・」
「嘘をつけ!」
男の胸にこぶしを当てながら、なおもオスカルは叫ぶ。
「私の服を破り、私の身体に触れた時、お前は、もう一度、愛していると言って欲しい、と私に訴えた。私は・・・身代わりだったのではないか!お前が抱いた女の身代わりを、私に求めたのではないのか!」
高ぶった感情で荒くなっていく息に、アンドレの胸は痛んだ。
「違う!俺が愛しているのは、お前だ!お前なんだ!」
「では、どうして・・・別の私を抱いたのだ!・・・どうして!・・・私には記憶がないのに・・・!なぜ私ではなかったのだ!お前が愛したのは、なぜこの私ではなかったのだ!なぜ、私では・・・なぜ・・・!」
「オスカル!」
爆発するような愛しさが、アンドレに溢れた。もう触れぬという誓いを忘れ、彼女を抱きしめようと腕をのばす。だが、オスカルは全力で抗い、ソファーを離れ、窓際に逃げた。
「私に近づくな!」
きつい目が、彼の動きを封じる。荒い息の音が静寂の中に響く。
「いいだろう、お前の望みをかなえてやろう。」
冷静さを取り戻したようにオスカルが言った。
「お前が望むなら・・・お前を愛していると・・・私が代わりに告げてやる。今宵一夜・・・私を自由にすればいい。私の身体を抱けばよい。」
「何を言い出すんだ、オスカル!」
なにを馬鹿な・・・と茫然するアンドレを無視して、彼女は続けて言った。
「お前の愛した女の代わりを務めてやる・・・もし、子供を孕んだら、産んでもやろう。だが・・・アンドレ・・・その代わり・・・」
青い瞳が揺らめいた。
「その代わり、夜明け前にお前はこの屋敷を出ていくのだ。二度と、ここに戻ることは許さない。」
悲痛な空気の中に、女の低い声が一筋の太刀のように走った。それは女も男も傷つけられることの逃れられない鋭い凶器であった。
・・・ああ、俺はお前を追い詰めてしまった。
アンドレは、立ち上がった。うかつな言葉は口に出来なかった。事情がどうであれ、彼女を裏切ったのだ。何を言っても、言い訳にしかならないと、ただ彼女を見つめるしか出来ない。
何十年もの間、ただひたすら愛した想いを宿しながら、見つめることしか・・・
彼の黒い瞳に浮かぶ積み上げられた愛情に、オスカルも気づいたのだろうか、軽くしゃくりあげるような息をつき、目を伏せると窓ガラスに向かい、そこに手を当てる。
「・・・だが、もしアンドレ・・・」
心細げな声がした。
「もし、お前が愛しているのが・・・この私なのなら・・・この私を愛しているなら・・・」
「・・・オスカル?」
切なく自分の名を呼ぶ男に、毅然と彼女は振り向いた。
「私から離れることは許さない!この私のそばから離れるなど、一生許さない!」
誇り高いバラが愛を叫んでいた。
美しい花びらと共にあるバラのとげが、花を手にするものを刺し、血を流させる。
血を流しても愛せ、とバラは叫んでいた。
アンドレは全身がしびれた。
・・・オスカル・・・お前という奴は・・・
気高い野生の動物のように彼を睨み付け、身体を震わせているオスカルから、アンドレは視線を外さなかった。もう隠しも誤魔化しもしない男の荒い瞳で、ゆっくりと自分の上着を脱いでいく。その下には薄いブラウスのみで、たくましい身体を隠すのには十分ではない。
オスカルの瞳に、失望が宿った。それはゆっくり近づいてくる男にひたりと当てられながら、哀しげに細められていく。
「馬鹿だな・・・」
アンドレは笑った。
「お前に手出しをするものか。一生許してもらえないんだろう?」
手にした上着を、オスカルの肩にそっと掛ける。
「本心を言うと、俺はお前を自分のものにしたい。俺は・・・今目の前にいるお前が愛おしくてたまらない。お前が一番大事なんだ。お前の心も体も、俺だけのものにしたいよ。だけど、いつか・・・オスカル、お前が心から俺を許してくれて愛してくれるまで・・・俺はお前に触れない。いいんだな、それで?」
「ああ・・・アンドレ」
女の唇がわなないた。
「アンドレ・・・アンドレ・・・私のアンドレ・・・」
上着を掛けられたオスカルは、その中から子供のように見上げてくる。涙を隠そうともしない無防備な姿には、准将として肩肘を張って生きてきたオスカル・フランソワはいなかった。そこには、他の誰とも同じではない茨の運命の道を共に切り開いてくれる唯一の男性にしか見せない、むき出しで純粋なオスカル・フランソワがいた。
「触れないと約束した。だが・・・」
感動で抑揚がきかなくなった声で、アンドレは告げた。
「この上着の上から、抱きしめたい。いいか・・・許して、くれるか・・・お前を・・・愛して・・いるんだ。」
「・・・ああ・・・ああ・・・!アンドレ・・・!」
胸に飛び込んできた女を、アンドレは抱きしめた。
汗ばんだ金髪が、彼の頬に触れる。熱を帯びているそれに、唇を鼻を頬を当て、何度も何度も口づけを繰り返した。
その汗のにおいは、幼い頃の彼女を思い出させる。子供のようにしゃっくりをあげて泣き出した彼女への、心から湧き出す愛情に大きく息をつき、彼女の不安も悲しみもあますことなく包み込むように強く抱く。
二人にしか分からないこれまでの長い時間が、そこにあった。
空気のように無色透明であった時が、ようやく変化のための期を迎えた。
濃厚な色になったそれは、二人の運命を美しい時で彩り始めたのだった。





スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

す・・・様

読み直し、ありがとうございます!
ぶっちぎり読み、大歓迎です。
多少の矛盾は気になさらずに楽しむのが、ベストです!

当サイトも、ここまで続くとは思いもしませんでした。
(悪魔のくすりの初回は、何にも考えずに書きました・・・)

今回で最後の山場を越えたので、後の残り(二回ぐらい?)は安心してお読みください。


No title

おぉ、45話待った甲斐がありました。なんて素直で、素直じゃなくて、オスカル様らしい愛の告白…!「…この私のそばから離れるなど、一生許さない!」の場面、脳内の絵は完全に、「一生涯、私だけを愛しぬくと誓うか、誓うか!」と叫ぶオスカル様でした。

…でもこれで、衛兵隊編のオスカル様とアンドレ、互いの愛を確かめ合っているがゆえに、原作よりもさらに「簡単に結ばれることが出来ない葛藤」の中でお互いを意識してしまうのでしょうね。。。前話で頂いたkakonokaoriさんからのリプライには、その葛藤こそが「ベルばらをここまでの名作にした」とありましたが、個人的にはこの観点から見た作品の萌え度の高さは、圧倒的にkakonokaoriさんに軍配(笑)! 

その意味でも、ぜひ次作を期待しております。…むろん、その前に今作も、ラスト2回(?)、アップを楽しみにしております。…ル・ルーちゃんがお姉ちゃまをぎゃふんと言わせるシーン、まだあるかなあ???

追伸:個人的には、kakonokaoriさんのご負担が小さい形でのPW設定も大歓迎なのですが…(笑)

No title

なんとも雄々しいまでのツンデレっぷり・・・!!さすがオスカル様!こう出られては、アンドレも手が出せませんよね( *´艸`)♡
それにしてもkakonokaori様は五感、特に嗅覚の描写が素晴らしいです!私は今夜、オスカル様の額の汗の匂いを確かに感じました!!残りの数話も、五感全開で味わわせていただきたいと思います!

ぶうとん様

私もまさしく、それをイメージしておりました。
オスカルはまだ、アンドレに「愛している」という言葉は告げていないので、
セリフは変えておりますが。

萌え度、高いですか?
ありがとうございます!
アントワネット登場シーンなど思いっきり省いている分、萌えポイントに力を入れられるからでしょうね。

ル・ルーは、ちょっと登場します。
後味よろしく終えるための清涼剤です。

パスワード部門は、現時点では、まあ無いでしょうね。
パスワード設定をせずにすむギリギリを狙う、っていうのが最初からの目標でしたので・・・。




あんぴか様

それはもう、どこまでもアンドレをいたぶり続けるサイトでございますので。
でも原作より、はるかに幸せでしょう・・・たぶん。

私の拙く勝手な文章から、様々なものを感じ取って頂き、光栄です。
残り2話(くらい)も五感をフルパワーにて、書いていきます!

No title

今話をアップ頂いてから2日目となりました。この間、何度か読み返すうちに、オスカルの「お前が望むなら…」から「…もし、子供を孕んだら、生んでもやろう。だが…」までの一連のセリフが、どんどん重く、心にのしかかるようになって来ました。このセリフ、アンドレが「愛した」のがこの自分ではない、という悲しさや口惜しさから発せられた言葉というだけじゃなく、アンドレを心から愛しつつも、今、それを受け入れることで、自分が歩むべき道を変えることは出来ない、女性としての自分に対する(少なくとも現段階での)決別宣言でもあるのでしょうか。…でも、だからその分、女性としてアンドレを受け入れた未来の自分に嫉妬してしまう。。。この45話、何度読んでも泣けます…。。。

追伸の追伸:PW設定の件、おっしゃること、ごもっともです(^^;)。kakonokaoriさんの作品が上品かつ萌え度が高いのは、その「ギリギリ」を行っているから、なのでしょうね(笑)。

ぶうとん様

何度もお読み頂き、ありがとうございます!

大体、そんな感じです。
そのための44話(長い伏線!)でした。
でも絶対の正解はないので、自由にお読み頂ければよいかと。

ギリギリが、一番楽しいのですよ。



管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

A・・・様

楽しみにお読み頂き、ありがとうございます。

残り2回(?)です。

結構大変でした・・・
(ストーリーを考えるよりも、キーボードを打つ手間が・・・)

次回作は、ある確率は高いですが、未定です。
物語が天から降りてきて、さらに私自身が、書くのが楽しい!と思えたら、始めます。

なので、あまり期待はなさらぬように。

「なかなか続きが始まらないなあ、もう無いのかなあ・・・」
と見切りをつけたけど、数か月後にひょいと思い出して覗いてみたら、
いつの間にか始まっていた・・・!

以上のようなスタンスで、みなさん、お付き合い下さいまし。

だって、アランは難しいもん。
プロフィール

kakonokaori

Author:kakonokaori
「ベルサイユのばら」の二次創作です。個人的な楽しみで執筆しております。原作関係者の方々よりクレームを受けた際には、中止します。お目汚しではございますが、お好きな方はご訪問下さいませ。

最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ