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運命の分かれ道39

「おい、何かあったのか?」
小声で尋ねてきたのは、ベルナールだった。
昼前のひとときのことである。晴れて穏やかな空気がベルナールの滞在する客間にも満たされていた。尋ねられたル・ルーは、彼との有意義な会話でうまれた喉の渇きをお茶で潤しながら首を傾げる。
「何かって、なあに?どれのことかしら?正直、何も起こらない日なんてないんだもん。」
「ほら、あれだよ、あれ。」
小声のベルナールがあごで窓際を示した。そこには椅子を窓に寄せて座り込み、ぼうっと外を眺めているロザリーの姿があった。
「・・・それと、あれだ。」
別の方向に彼は視線を移す。窓から離れた場所にも椅子が置いてあるのだが、そこにはアンドレがうつろな瞳で座り込んでいた。長い脚を伸ばし、腕を組みながら、もう先刻から何もしゃべっていない。それはロザリーも同じだった。彼女自身は無意識なのだろうが、もう何十回ものため息をついている。
「ロザリーとあいつ、何かあったのか?ここんところおかしいんじゃないか?あの男なんか、三日ぶりにここに現れたかと思ったら、ずっとあそこに黙って座っているじゃないか?女主人のお供はいいのか?」
「う~ん・・・」
ル・ルーは困ってしまった。
彼女にも確実な理由が分からなかったからだ。
そもそもル・ルーだとて、アンドレの顔を見るのは久しぶりだったのだ。風邪を引いていたというアンドレは、やっと今日、屋敷の仕事に戻ったのだが、顔色は悪く、少しやせていた。さすがに孫息子の体調をおもんばかったばあやに、ル・ルー係を仰せつかり、朝からベルナールの部屋に入りびたりの彼女に付き合って、この部屋に来たのであるが、なんというかただ居るだけで、心ここにあらずで何か考え込んでいる。
ロザリーもまた変だった。いつものようにベルナールの部屋に食事と着替えを持ってきた後、先に部屋にいたアンドレに何かを話しかけたいそぶりを見せたが、その言葉を飲み込むと、いつものようにル・ルーたちの会話に入るでなく、ベルナールの世話もせずに、窓のそばに椅子を運ぶと、独りの世界に入ってしまった。
「ル・ルーには、わかんない。だってまだ子供だもん。」
子供らしくニコニコした少女に、ベルナールは憮然としたようだった。その表情のままロザリーを見たが、彼女は彼を振り返りもしない。
「ああ、もう、やめだやめだ。俺は寝る。」
諦めたように寝転がる彼に、こんどはル・ルーが憮然となる。
「ひっどーい、議会についてのお話を、もっと聞きたいのに!」
「お嬢ちゃんの勉強熱心は認めるが、俺は疲れた。続きはあとあと。とっとと、あの暗い男を連れて出て行ってくれ。」
「も~う!」
ル・ルーは立ち上がって、腰に手をあて、ベルナールを睨んだが、彼は上掛けの中にすっかり入り込んでしまって、出てくる気配はなかった。
・・・もう、ロザリーお姉ちゃまに相手にされないからって、すねてるんだわ、大人のくせに。
首をふりふり、ル・ルーは手元の紙やらペンやらを抱える。
・・・あ~あ、残念だわ。今日は平民も政治に参加できる議会の仕組みについて教えてもらっていたのに。絶対、ル・ルーの将来に役に立つわ!だって、ル・ルーは将来、政治家か貿易商になるんだもの。そして新しい世の中になった時に、お母様やお父様、お祖父様とお祖母さま、そして、オスカルお姉ちゃまとアンドレを守ってさしあげなくちゃ。オスカルお姉ちゃまなんて、頭がお堅くて不器用なんだから、この先に訪れる災難から逃れた後のことも、ル・ルーが代わりに考えてあげておかなくちゃいけないわ。
「・・・ル・ルー?」
さっさと部屋を出ようとする彼女に気づいたアンドレが、立ち上がった。もういいのか、と問いかけてくる顔に、少女は口をとがらせてみせた。
「なんだかね、黒い騎士さんは眠いらしいの。・・・まったく、将来有望な子供の向学心にもっと敬意を払ってもらいたいわ。」
「はあ・・・向学心か。」
寝台の上から抗議の目を向けてきたベルナールの視線を代わりに背中に受けながら、アンドレは久方ぶりの笑みを浮かべた。悪かった顔色に、少し明るいものが宿る。
「さぞやこの先、大物になるんだろうな、お姫様?」
「アンドレも安心していていいわよ。オスカルお姉ちゃまにお首を切られても、ル・ルーが一生面倒をみてあげるんだから。」
ガタッ、と音がした。
びっくりしてル・ルーが音の先を見ると、ロザリーが立ち上がっていて、勢いで足元に椅子が倒れていた。
「・・・どうしたの?お姉ちゃま!」
「な、なんでも、なんでもないわ。」
明らかにロザリーは狼狽えていた。
「・・・さあ、ばあやさんのお手伝いにいかなくては・・・」
椅子をガタガタと何度も倒しながらも、やっと元に戻すと、彼女は誰とも目を合わさずに部屋を飛び出していった。
「・・・どうしたのかしら、ロザリーお姉ちゃま・・・ねえ、アンドレ?」
そう言いながら彼を見上げると、その顔に浮かんでいた笑みはすっかり消えていて、ロザリーの消えた扉をじっと見つめていた。
・・・何があったのかしら?何があったのかしら?
ル・ルーは頭を痛めた。
・・・アンドレもロザリーお姉ちゃまも・・・オスカルお姉ちゃまもご様子がおかしいわ。オスカルお姉ちゃまに未来のお姉ちゃまのことをお話ししたけれど、あのせいだわ、きっと。ううん・・・それもあるけど、そもそもお姉ちゃまがル・ルーにあんなことをお尋ねになったこと自体、何かあった証拠だわ。でも・・・あれ以来、オスカルお姉ちゃまは何もおっしゃらない。お部屋に一人で閉じこもっているか、お一人でお出かけになるかで、ちっともル・ルーとお話ししてくれないんだもの。だからって・・・
チラリ、とアンドレを見る。
・・・駄目、アンドレには尋ねないほうがいい気がするの。ロザリーお姉ちゃまも、ずっとため息ばかりだし・・・
「ねえ、アンドレ。」
努めて明るく彼女はアンドレに話しかけた。
「なんだか暇だし、お天気もいいし、ル・ルーをお馬に乗せてくれない?」
「・・・は?」
暗い顔から一瞬にして使用人の顔になったアンドレは、不遜にもそんな返事をした。
「冗談だろ?その足の長さに合った馬はこの屋敷にはいないぞ。」
「だ・か・ら、アンドレと一緒に乗るの。いいでしょ?」
「・・本気か・・?」
「今日は、ル・ルーのお側にいる日なんでしょ?滅多にこんな機会はないんだもの。」
「俺はそんな気分じゃないんだが・・・」
しぶる彼に、後ろから声が掛かった。
「いいじゃないか、行ってやれよ。行け行け、静かに俺を寝かせてくれ。」
ベルナールが上掛けの中から叫んできた。
「馬でも走らせて、その湿気た面、なんとかしてこい!」
・・・なんだ、分かってるじゃない。
ル・ルーは感心した。彼女は元気のないアンドレが心配だったのだ。良く分からないけど、気分転換が必要なんだと感じていた。
・・・黒い騎士さんて、やっぱり良い人なんだわ。ロザリーお姉ちゃまに相手にされていないのに、ちゃんと他の人の心配するんだから、意外とお人よしなのかも。
「ね?」
ル・ルーが微笑むと、アンドレはため息をついた。
「・・・分かったよ。馬を用意するから、着替えておけ。」
「はーい!」
ル・ルーは部屋を飛び出した。
階下から怒号が聞こえてきたのは、廊下に出てすぐのことだった。
「お前というやつは、何を考えているのだ!」
怒号の主はル・ルーの祖父であった。
「近衛をやめるとは、どういうつもりだ!オスカル!」
ジャルジェ将軍の声が鋭く響いた。それは廊下や階段を行き来していた大勢の使用人たちの歩みが、瞬時に止めた。まるで屋敷の中の時間の流れが凍りついたようであった。
「答えろ!オスカル!」
あっけにとられたル・ルーの横を走り抜けていく影があった。
アンドレだった。
その後ろ姿は猛スピードで廊下の角をまがり、たちまちル・ルーの視界から消えていった。
・・・まったく。
ル・ルーは呆れるのを通り越して、感心してしまった。
「アンドレってば、オスカルお姉ちゃまが一番なのよね・・・いつだって。」
今からでもいいから自分にも、アンドレのような忠実な幼馴染兼従者が現れないかしら・・・
そんなたわごとがル・ルーの心に浮かんだ。だが淡くて気まぐれな願いは、階下からさらに響いてきた怒号に泡のようにはじけ、アンドレを追うように走りだしたル・ルーからあっけなく消えさったのだった。



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No title

大人たちが膠着状態になって、身動きが取れないなか、ル・ル―は唯一自由な発想で飛び回れる…!でも小さな体ではロザリーのように馬を駆ることもできない…はたしてどんな知恵を働かせてくれるのか、ワクワクしながら期待しています!!更新ありがとうございます!!

あんぴか様

いつもありがとうございます。

ル・ルーの回は、軽やかに話が進んで、非常に楽です。
自由な発想で、何かしでかしてくれるような気がしますよね。

次回は40話。
50話までには終わるでしょう。

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す・・・様

いつもありがとうございます。

これからアンドレはどうなるのでしょうね?
運命の分かれ道にドンドンと近づいております。

拍手のカウントもされていないのですね・・・
それは残念です。
お言葉に甘えまして、心の中で上乗せしておきます、100くらい・・!
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kakonokaori

Author:kakonokaori
「ベルサイユのばら」の二次創作です。個人的な楽しみで執筆しております。原作関係者の方々よりクレームを受けた際には、中止します。お目汚しではございますが、お好きな方はご訪問下さいませ。

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