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運命の分かれ道38

・・・なぜお気づきにならないの。
ロザリーは不思議でならなかった。
目の前の麗人の瞳の中には、愛する男への想いが溢れている。
木漏れ日が揺れて、オスカルの深い青色の瞳にキラリと当った。それは鼻梁を通り過ぎ消える。
「オスカル様は・・・アンドレを愛していらっしゃらないのですか?」
思わず訴えるような口調になったロザリーに、オスカルは僅かな動揺を見せながら首を振った。
「ああ。愛してはいない。」
「うそです!オスカル様は、ご自分の心を偽っておいでです。ロザリーには分かりますわ!」
「ロザリー?」
「ロザリーは、ずっとオスカル様をお慕いして、オスカル様を見つめて生きて参りました。だから私には分かります。オスカル様は・・・アンドレを・・・」
「それ以上、言ってはいけない、ロザリー・・・!」
毅然とした言葉が風と共にふってきた。
はっと、ロザリーは息を呑む。オスカルは彼女をなだめるように微笑んだ。
「それ以上、言ってはいけないよ。分かってくれ・・・」
「あ・・・」
ロザリーは、ぎゅっとこぶしを握った。
真実が、オスカルの真意が、暗黙の約束事のようにそのこぶしの中に入り込んできた。
・・・ああ、オスカル様は・・・ご自分のお気持ちも全てご存じの上で・・・
この方は、幼馴染で従者の彼を愛していることなど当に自覚していらっしゃるのだと、厳しさが混じった雰囲気の中で彼女は悟った。
煌めく光が強さを増した中にたたずんでいるその姿は、まるで殉教に赴く聖者さながらに、強く寂しいものであった。
「・・・なぜ、なぜですか、オスカル様・・・?」
ロザリーの問いかけに、金色の光が揺れて、透明な横顔が空を見上げる。
「私は器用な人間ではない。そして強い人間でもない。誰かに甘えてしまえば、どこまでもその甘えを許してしまう・・・そんな弱い人間なのだ。今、私には・・・甘えて逃げることは許されぬ。なぜならね、ロザリー・・・この世に生を受けた限り、そしてフランスに貴族として、軍人としての地位を得た限り、私には果たすべき使命があるのだと思っているのだよ。それは、女の身でありながら自由に世の中を生きてきた私にしかできぬことかもしれぬ。また、私には世の中に何か・・・生きた証を残したいという欲望があるのだ。それが何か、まだ私には定かではない。だけど・・・近い将来、私はその道を探そうと思う。」
独り言のような告白が、ロザリーの身体を通り、空に溶けていく。
「そんな私に、男女の愛は重荷でしかないのだよ。あいつの想いに応えることは出来ない。あいつには気の毒だが・・・許して欲しい。そしてその上で、あいつに無理な願いをしなければいけない。もし出来うるなら、今までのように側にいてくれ、と。卑怯者なのだ・・・私という人間は。」
「あ・・そんな・・・」
ロザリーは夢中で首を振る。
「卑怯者だなんて、おっしゃらないでください!オスカル様がそのような方ではないことを、ロザリーも、そしてアンドレも承知しております!だけど・・・」
胸から溢れるものが言葉になる。
「アンドレが可愛そうで・・・昨夜もずっと眠れなかったみたいで、やつれていて・・・見ているのが辛いのです。」
「ロザリー・・・」
振り向いたオスカルは、意外な行動にでた。
「あ・・・」
ロザリーは驚いた。なんと憧れの人が、膝を折り、自分の前に片足を立てながらひざまづいたのだ。オスカルがそのような姿を見せるののは、国王夫妻以外にはいなかったというのに。
驚愕するロザリーの右手を、オスカルが貴婦人のそれのように、恭しく手に取った。
「お願いだ、ロザリー。アンドレのために、知っていることを全て私に話しておくれ。あいつの力になりたいのだ・・・愛を返す以外なら、何だってやってやりたいのだ・・・」
「オスカル様・・・」
白昼夢の中に漂うような感覚に、ロザリーは襲われた。他には誰もいない庭の一角で、人生で大切な長い時をかけて恋焦がれ続けた方が、請うように自分だけを見つめている。葉に反射する光が万華鏡のように廻る。ベルナールと口づけを交わした時とは異質なときめきが、心臓の鼓動を激しくさせる。
「オスカル様は・・・アンドレを・・・?」
「もちろん、大切だよ。ロザリー、お前と同様にね。」
「オスカル様・・・」
ロザリーはうずくまった。もう・・・隠し事などできようはずもない。オスカルは本気なのだ。全てを知るまで、自分を離しはしないだろう。
「・・・どうかお立ちになって下さい。ロザリーが知っていることであれば、お話しします。だから・・・」
目の前で強く光る瞳に、ロザリーは懇願する。
「でも・・・全てを知っているわけではないんです。あの方は・・・詳しいことは何もおっしゃいませんでした。おっしゃらないまま、私たちの前から消えていかれました。」
「それは・・・誰だい?」
自らも地面に両膝をついたまま、オスカルが尋ねる。
「まさか、お前まで・・・よもやル・ルーの言うことが本当だということはあるまいね?」
「いいえ、本当のことですわ・・・!」
覚悟を決めたロザリーの声が響いた。
「ル・ルーちゃんの言ったことは本当です。あれは・・・未来から訪れたオスカル様でした。薬でお眠りになったオスカル様のお体に、あの方の意識が目覚められたのです。」
驚愕がオスカルの表情にも浮かぶ。彼女はロザリーの言葉の真偽を確かめようとするように、唇を引き締めロザリーから目を離さなかった。ロザリーはその手を握る。それは冷たかったが、どちらの手がより冷たいか分からないほど、二人とも凍えていた。
「あの方がここにいらっしゃったのは、わずか一昼夜ほどのことでございます。未来に何があったのかは、ロザリーは知りません。教えて下さらなかったのですもの。だけど・・・未来からやってこられたオスカル様はおっしゃいました・・・ご自分はアンドレと夫婦なのだと・・・そして・・・」
ロザリーの頬に涙が伝った。
「そして・・・ご自分のそばにアンドレがいると・・・彼が不幸になるから・・・この過去で、彼がまだ無事なうちに、安全な所で生きて欲しいからと・・・アンドレを、ル・ルーちゃんに託されようとしたのです!だけど、だけど・・・アンドレは・・・」
あまりの内容に驚きさえ失ったようなオスカルの手を、ロザリーはさらに握った。言葉では足りない想いを、どうしても伝えたかった。
「アンドレは・・・それを知りながら、自分の意志で戻って参りました。この先どんな運命が待っていようと、オスカル様を側でお守りしていくと、運命を変えていくからと・・・!そしてお二人はわずかな時間を・・・ご夫婦として・・・想いあって過ごされたのです。お二人は、愛し合っていました、この世の他の誰よりも・・・!」
未来のオスカルの寂しげな笑顔が、ロザリーの脳裏に懐かしく思い出される。
それは不思議にも、目の前のオスカルと重なった。
・・・オスカル様は、いかなる時でもオスカル様だわ。私はそれに賭けてみたい。
ロザリーは涙の向こうのオスカルに願った。
「・・・ロザリー・・・」
それ以上の言葉を忘れたかのように、オスカルは蒼白のままうつむき、ゆっくりと立ち上がった。ロザリーの視線の先でその背中は樹に歩み、寄り添う。木々の葉を見上げたのだろうか、それとも空を望んだのだろうか、オスカルは無言で天を仰いでいた。
そのまま、どれほどの時が経ったのか・・・。
涙をぬぐうのも忘れたままのロザリーに、静かに語りかけてくる声があった。
「・・・アンドレが愛したのは・・・アンドレと愛し合ったのは、私ではない。ここにいるオスカル・フランソワではない、別の女性なのだよ。彼女の代わりなど、出来ない。私は・・・未来がどうあれ、今を精いっぱい生きることしか選べないのだ。」
「・・・オスカル様、そんな・・・」
「ロザリー、話してくれて感謝する。知ることが出来なければ、私は前に進めなかった。ただいたずらにアンドレを傷つけるだけであった。それは私にも不本意なことだ。」
振り向いたオスカルは、泣いてもいなかった。傷ついている様も浮かべていなかった。ただ冷静に、ロザリーに答えを返してきた。
「ならば、私も決断せねばならないね。あいつを・・・アンドレを、この屋敷から出すことを。」
「あ・・・」
「心配するのではない、少し落ち着いたころに私から彼に話そう。ロザリー、お前は自分の幸せだけを考えておくれ。」
後から後から溢れる涙が、独りで運命に立ち向かおうとするオスカルの姿をにじませた。穏やかなその姿が、ロザリーの膝の力を奪う。
・・・オスカル様、どうして、どうしてあなたという方は、全てをご自分で背負おうとなさるの・・・!
真実を打ち明けてしまった後悔に打ちのめされたロザリーに、微笑みと共に、手がゆっくりと差し出された。
手の主に自分へのいたわりを感じて、彼女は自分が情けなく感じた。
この事態に陥って、彼女はようやく痛感したのだ。
どの時間であっても、オスカルはオスカルであること・・・を。
ロザリーはその手に触れた。
相変わらず冷たい手であったが、この世のものと思えぬほどやわらかだった。
「・・・ごめんなさい、オスカル様・・・、あ、私・・・」
泣きじゃくるロザリーを、オスカルは抱きしめる。
バラの香りが、ほのかに香った。


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No title

アップありがとうございました。

ロザリーがオルカル様にお話してくれたのは良かったけど、でもやっぱり、今も未来も「オスカル様はオスカル様」なんですねえ。ううっ。ル・ルーがオスカルをもどかしく思う気持ち、心底、共感です(涙)。あとは、未来のオスカル様との経緯から経験値があるはずのアンドレ(+ル・ルー、ロザリー)に期待して、「最後に、愛は勝つぅ~」ってなってくれることを心から祈っております。

No title

どの時間であっても、オスカルはオスカル…!やはり未来のオスカルと同じ結論に達してしまったのですね…でも、アンドレの決意も尊重してあげてほしい…やはりそう思ってしまいます。お二人が離れ離れになるなんて、考えただけで胸がしめつけられます!!今後の展開を想像して、きゅんきゅんしてしまいました!いつもありがとうございます!

ぶうとん様

いつもありがとうございます。

こういう展開になったのか・・・と、私も感慨深いものがあります。
最後に愛は勝つと思いますが、愛にもいろいろありますからね、
どうなるんでしょうね・・・
というところで、続きは来週!
またまたしばらくお待ちください!

あんぴか様

いつもありがとうございます。

アンドレはどうするんでしょうね・・・
またまたル・ルーと旅立つ途中で暴徒に襲われた危機をフェルゼンに救われ、そこに馬に乗ったロザリーが現れる、
という展開だけはありえないことは保証します。

それは絶対に、保証します。
お楽しみに!

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す・・・様

いつも耐えて頂きありがとうございます。

何度か読み返して頂いてるとのこと、光栄です。
私は恐ろしくて読み返せませんので、もし矛盾している箇所があれば、
密かにお教え下さいませ。
こっそりと直しておきます。

最後は明るい兆しが見えるはずですよ、それだけは保障します!
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kakonokaori

Author:kakonokaori
「ベルサイユのばら」の二次創作です。個人的な楽しみで執筆しております。原作関係者の方々よりクレームを受けた際には、中止します。お目汚しではございますが、お好きな方はご訪問下さいませ。

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