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悪魔のくすり8

まだ明けやらぬ空をいくつもの窓越しに過ぎながら、アンドレは自室にたどりついた。
足音を殺して進んだ廊下や階段には、他の人間の気配は感じなかった。
この屋敷の中でとびっきり働き者の祖母は、体調を悪くして寝込んでいる。オスカルを心配しながらも、おそらくロザリーが看病しているものと思って任せているのであろう。ロザリーはあれからル・ルーの側を離れ、再びオスカルの部屋に戻ったはずだ。鍵の掛かった扉を前に、どう思っただろう。だが、アンドレを信頼する彼女なら、むやみに騒ぎたてることはないとアンドレには確信があった。
それより問題なのは、自分自身。
自室に入ると、彼は窓を全開にして冷気に身をさらした。日の出の気配を漂わせ始めた空が、暗闇にはない世界をさらしていた。希望も困惑も未来も現実も、太陽の明るい陽射しの影に隠れることなく漂っているわずかな刻。それは、アンドレの罪悪感を心臓の奥からつかみ出し、彼の目の前に腐ったワインのようにぶちまけた。
「俺は、なんということを・・・」
自分の所業を振り返る。
最愛の女性。しかも婚姻を得て初めて男性と結ばれることを許される、貴族の乙女。どんなに強く、軍人であっても、オスカルは未婚の貴族の女性なのだ。その彼女を自分は、欲望の対象に落としてしまった。自由が利かぬ彼女の体に熱く触れ、手で唇で這い回り、自分と結びつけるためにその手足を、体の向きを、力ずくで思うように変えた。その時のオスカルの背中の美しさ、首筋のはかないラインが脳裏から離れない。こんな自分は、死んでしまうしかない。
しかし、彼は自分のもっとも重い罪を認めるのが怖かった。
それは、喜び。
彼女のためなら命を捨てても構わないほど愛する女性に、平民の従者に体を奪われるという屈辱を与えてさえ、今までの人生で一番の幸福を感じている彼の心。
あの濃厚な時の流れの中、たしかに自分たちは愛し合っていた。
・・アンドレ、アンドレ、愛している、愛している・・・
行為の間ずっとオスカルは、痛みに耐えながらも彼の耳にささやき続けていた。
・・・忘れるな、アンドレ、お前をずっと愛している・・・
熱情が過ぎ、オスカルを抱きしめながら己を責めだしたアンドレに、彼女はやさしくそう言い、彼の髪を力の戻らぬ手でなで続けた。
・・私はお前を愛している。これは私が望んだことだ。早まるような事はしないでおくれ・・・
まるで慈母のように。
「なぜだ、オスカル。お前の愛しているのはフェルゼンだろう?なぜ、俺を受け入れた?」
肌をさらした彼女の横で、冷静さを取り戻した彼はその時、旦那様にすべて告白し、死を受け入れる覚悟だった。この先、生き続けても、これ以上の幸福など、もう。しかし、オスカルはそれを恐れるかのように彼を諭した。
・・誰にも言う必要はない。そして、皆には、私がまだ眠り続けていると思わせて欲しい。いろいろ考えたいことがあるんだ。お前は、皆が起き出す前に一度部屋に戻れ。今日一日は、この部屋にはお前とロザリー、そして・・・ル・ルーしか入れないで欲しい。出来るな?アンドレ、私の頼みを聞いてほしい・・・
青い潤んだ瞳で訴えられたことに、どうして逆らうことなど・・・!!
苦悶するアンドレは、窓枠を両手で力任せに握った。木のささくれが手のひらに刺さったが、さらに握る。血がにじみ出したようだが、彼はオスカルが寝台で流したそれを思い、情景を振り払うように額まで木枠に強引に打ち付ける。
「俺は最低な男だ・・」
扉を軽くたたく音が響いた。
アンドレの部屋の扉を誰かがノックしている。
アンドレの背中が凍りついた。
あってはならない事態を悟った者が、やってきたのだろうか。
早かったな。
彼はため息をつくと、ゆっくり扉を開けに向かった。
逃げる気持ちなど、さらさらない。できるならば、彼女の恥は最小限の耳目に留めたい。
そう決意した彼がしかし、開けた扉の向こうに見たのは意外な姿だった。
「ル・ルー!」
オスカルのお転婆な姪が、自分そっくりの姿の人形を抱きかかえながら、ニッコリ笑ったのだ。
「アンドレ、助けてあげる。」
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「ベルサイユのばら」の二次創作です。個人的な楽しみで執筆しております。原作関係者の方々よりクレームを受けた際には、中止します。お目汚しではございますが、お好きな方はご訪問下さいませ。

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