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運命の分かれ道37

アンドレとロザリーと同様に、オスカルもまた眠れぬ夜を過ごしていた。
いや、眠りにはついたのである。
何と言ってもムードンへの王太子の護衛、フェルゼンとの別れ・・・そしてアンドレとの出来事。
身体も神経も疲れきり、食事もとらずに寝台に倒れ込んだ。
しかし、深い眠りが訪れようとするたびに彼女を悪夢が襲った。最初に見たのは、哀しげなフェルゼンの姿であった。儚い笑みを浮かべながら彼はだんだんと遠くなっていく・・・。オスカルは彼の姿を求めて叫ぶのだが、幾重もの檻が二人を遮り、やがて冷たい金属の棒のかたまりの向こうにフェルゼンの姿は消えていった。
次に見たのは、悪魔のような表情を浮かべたアンドレであった。その手は乱暴にオスカルを押さえ、衣服をちぎるように剥ぎ取り、むき出しの肌に噛みつくような愛撫を加えてきた。その手から逃れようとオスカルは抵抗するのだが、やがて力尽き、やめてくれるように繰り返す哀願の言葉もむなしく、強引に体内に入りこんでくる悪魔に絶望の高い叫びをあげるのだった。
それらの夢はオスカルをさいなみ、夢から現実へと戻るたび、大量の汗と涙で体が濡れていた。
だが・・・最後に見た夢があった。
それは幼いアンドレが泣く姿・・・。
この屋敷にきてしばらくの頃だったか、オスカルは物陰でうずくまっている彼を偶然見つけたことがあった。彼は人目を避けて泣いていた。いつもの彼らしい大らかな泣き方ではない、声を押さえつけるような、ひっそりとしたものだった。誰か心無いものに何か言われたのかもしれない。自分の祖母にもオスカルにも内緒にしたいような嫌なことがあったのかもしれない。
誰にも見られないように、縮こまってかすかな声を漏らしているアンドレの姿が辛くて、オスカルは無言で背を向け、人影のない庭の隅に走った。それは恵まれて大切にされて育った自分には覚えのない姿だったのだ。
自分には悔しくても言い返す力がある。子供だからといって侮られない地位もあった。女と侮られることは度々あったが、生まれながらの自信の高さが自分を支えていた。だが、彼は・・・そうではない。ばあやの孫とはいえ、使用人の平民の、何の力もない子供でしかなかったのだ。
・・・泣かないでくれ。お願いだから・・・
夢の中で・・・オスカルは、あの時と同じように、静かに震えている彼の背中を目に焼き付けたまま、庭の隅の大木を見上げていた。葉の間からこぼれてくる光が微かにしんしんと音を奏でている。
・・・ああ、まだ彼は泣いている。
苦悶に満ちた夜が過ぎた後・・・。
夢の名残りの中で目覚めたオスカルは、光の密やかな音を覚えていた。それはアンドレの泣き声に思えた。
寝台から滑るように降りて、開けたカーテンの隙間から降り注ぐ朝日に身を任せる。
・・・泣いている。今もこの屋敷の中で、アンドレは泣いている。
そう、彼は悲しさも苦しさも自分の中に押し殺しながら、一睡もせずに泣いているはずであった。
新しい一日の始まり、自然の恵みの大気の中に、アンドレの苦しみが溶けて漂ってくるのを、息をするたびにオスカルは体内に入り込むのを感じた。彼女の細胞の一つ一つに染み入ってくる。
・・・この苦しみを長引かせてはいけない。
オスカルは涙の跡の残った顔を上げ、口元をひきしめると、誰も呼ばずに身支度をし、ジェローデルへの使者をたてた。
出仕を取りやめ、今日一日を自由に動ける時間にしたかったのだ。
「すまないね、ロザリー」
オスカルは隣を歩くロザリーにやさしく声をかけた。
「寒いが少し庭を歩こう。部屋の中で話をするよりも・・・そのほうがいい。」
心もち頬を染めたロザリーは、微笑みながら頷いた。妹とも思う娘は、いつもよりも艶やかな空気を身にまとっているようだった。
・・・ロザリー、お前は愛する男性を得たのだね。
オスカルの心に温かい思いが宿る。ベルナールの部屋を訪れたときに、かすかに開いていた扉の隙間から漏れ聞こえてきた二人の会話を聞いてしまったのだ。ロザリーがベルナールと・・・と、思いがけないことであったが、そうして二人を見詰めてみると、これ以上ないほど似合いの男女であった。
・・・お前とアンドレの仲を疑った私が愚かであった。アンドレに関して、私は平静でなかったのだろう・・・だから・・・。だが、ロザリー、私は嬉しいのだ。苦労の多かったお前に、やっと幸せが訪れたのだから、ね。
その思いが眼差しに表れていたのだろう、ロザリーは首まで赤くしていた。
「オスカル様・・・どうなさったのですか?いつもとご様子が違います。」
「ふふ・・・そうかい?」
久方ぶりの笑いが、オスカルの口からもれた。
「そうだね・・・随分野暮なことをしたものだと、反省しているからかもしれないね。」
「・・・まあ、どういうことでしょう?」
おずおずと見上げてくる大きな瞳に、オスカルはニッコリと笑いかける。
「私の春風を奪い去る男が、とうとう現れたのだといささか悔しかったのだよ。だから思わずお前とベルナールの邪魔をしてしまったのだ。今頃ベルナールはどんなに悔しがっているだろうね。」
「あ・・・」
すみれ色の瞳に、見る間に涙が盛り上がった。
「オスカル様・・・私・・・お許し下さい。ロザリーが一番お慕いしていますのは、今でもオスカル様です。だけど、だけど・・・」
「ああ・・・なぜ泣くのだい?」
樹の影で、オスカルはロザリーの頬の涙をぬぐい、両手で包み込む。
「私もお前を愛している。私が本当の男であれば、ベルナールに決闘を申し込んでいたかもしれないね。だけど・・・その心配は無用だよ。私はお前を妻に娶ることは・・・出来ぬのだ。私が持っているのは、女の体だ・・・男女の愛を与えてはやれぬ。それに・・・ロザリー、お前はベルナールを愛しているのだろう?」
「・・・オスカル様・・・」
ロザリーは困惑しているようだったが、オスカルが首を傾げて返事を促すと、コクリ、とうなずいた。その額に、オスカルは唇をよせた。
「幸せにおなり、ロザリー・・・。」
どこか寂しげな声だったのかもしれない、ロザリーがハッと、顔をあげた。
「オスカル様・・・オスカル様こそお幸せになられるべきですわ。そう・・・誰よりも・・・」
「ロザリー?」
涙にあふれた瞳が何かを訴えていた。オスカルはロザリーをなだめる。
「私の幸せ・・・?私は十分恵まれて生きていると思うのだが・・・」
「いいえ・・・!」
激しくロザリーは首を振る。
「いいえ、オスカル様・・・!ロザリーは、オスカル様が一番大事です。他の方にオスカル様をとられるのは、嫌です!とても、嫌!だけど・・・オスカル様も愛する方と、愛しあえる男の方と、共に生きて行かれる・・・そんな道を歩まれるなら、ロザリーは心より祝福します。全力でお力になります。オスカル様のことを自分の命よりも大切に思う人と、守り守られて時を過ごしていく・・・そんな生き方を、どうかご自分にお許しになってくださいませ!」
思いがけない激しさであった。
普段は穏やかだが、そんな一面がロザリーにはあると、オスカルは再認識した。
・・・この娘もまた、ル・ルーとはまた違った芯の強さを持っているのだ。私には欠けている・・・幸せを手にする強さが。
「・・・ロザリー、私は女の幸せは求めぬ。そう決めたのだ。」
後から後から無限に流れるような涙に、胸がしめつけられながら、オスカルは言った。
「私はね、ベルナールと出会って、自分の無知と愚かさを知った。今まで私は国のためと言いながら、安全な高みに身を置いて、全てのものを批判していたのだよ。思い上がりがあった。貴族だからという傲慢さも持っていた。・・・恥ずかしいのだ、今の自分の生き方が。私はそれを少しずつ変えていきたいと思う。どこまでやれるか分からない。だが・・・これは人間としての欲なのだよ、力の限り生きたいという、ね。」
まぎれもない本心だった。昨日、くもりのない目で見たパリの貧しさが甦る。人間としての最低の尊厳すら放棄して、ただその日を生きているのがやっとの大勢の人たち。
「・・・私は器用な人間ではない。思い定めた道を歩くだけで精いっぱいの人間なのだ。その上に女としての幸せなど、思い描くことすらできぬ。私は・・・女としての自分を扱う器量すら持たぬのだ。だから・・・」
ふいにこみ上げてきた涙を、オスカルは押し殺した。
「・・・私は女の幸せを求めぬ。」
「・・・そんな・・・」
ロザリーは胸の前で指を組んだ。
「そんなことを、おっしゃらないで下さい!オスカル様!オスカル様の全てをそのまま愛している人が、必ずおりますわ!どんな道を歩こうとも、共に歩いていこうとする・・・そんな男性が!」
風がやんだ。
葉鳴りがしずまり、木漏れ日だけが静かに二人に降り注いでいる。
光の音が、目覚めた時に聞こえていた光のしんしんとした音が、オスカルの耳に再び聞こえた。
「ロザリー・・・」
自分でも思いがけずに密やかな声であった。
「それは・・・アンドレのこと、だね。」
「あ・・・」
一歩あとずさりをするロザリーの腕を、オスカルは捕える。
「お前は・・・知っているのだね。私とアンドレの間に起きたことを・・・?」
「お許しください、オスカル様。あ・・・私、つい言い過ぎただけですわ。」
顔をそむけて逃れようとするロザリーを、オスカルは離さなかった。
「お願いだ、ロザリー・・・隠さないでおくれ。知っていることを、全部私に話してくれ。」
「何も、何も知りません・・・お許し下さい。」
「ロザリー・・・」
自分よりもさらに細い彼女の手首をとらえながら、オスカルは静かに告げた。
「・・・ル・ルーが話したのだよ。エベーラの館で意識を失った私に何が起きたのか・・・にわかに信じられない話であったが。」
あのね、未来からオスカルお姉ちゃまがやってきたの・・・。
少女はそう言った。
未来からきたお姉ちゃまはね、自分のそばにいたら、アンドレが不幸になるからって。アンドレを守るためにやってきたのよ・・・。
・・・ル・ルーが教えてくれたのはそれだけだった。子供の自分には、それだけしか分からない、詳しいことはアンドレとロザリーから聞き出して、と。
それ以上、少女に尋ねるわけにもいかない理由もあった。
・・・なぜアンドレが私を抱いたのか、どういういきさつがあったのか、ル・ルーが知っているとも思えぬ。どういう思いで、私があいつを受け入れたのか、思いあう心があったのか・・・どうしても知りたいのだ・・・。
「なんとも荒唐無稽な話だったが、ル・ルーは真剣だった。私は一笑に付すことができなかったのだ。アンドレとて、私に何かを隠している。」
「・・・痛い、オスカル様。」
強くにぎりしめてしまったのだろう、ロザリーの瞳に苦痛と驚愕が浮かんだ。オスカルはその手を緩めることができなかった。
「お願いだ、ロザリー。今のままでは・・・私もアンドレもお互いに傷つけあうばかりなのだ。私はあいつを男として愛することは出来ない。だが・・・あいつを苦しめたくないのだ・・・もう、これ以上。」
オスカルは自分の瞳に浮かんでいるものが何か、気づいていなかった。
アンドレの名を口にするたびに、体の中で燃えるものが、青い瞳に濃く薄く映し出されている。
それがロザリーには見えたのかもしれない。
哀しい瞳がオスカルを見詰めていた。
なぜ、お気づきにならないの・・・と。
訴える瞳に、風が走り、光が走り、涙が日を反射した。
再び吹き始めた風が、二人の金髪を揺らし始めていた。






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No title

オスカル様の怒涛の追撃に、さしもの春風も押され気味ですね!でもでも幸せから遠ざかろうとされるのだけは、阻止したい…!ロザリーとシンクロしたような、もどかしくも切ない気持ちになりました。いつもありがとうございます!(^^)/

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Re: No title

ロザリー強し!です。

ただオスカルも幸せから遠ざかっているように思えますが、男女の愛だけが彼女にとって幸福ではないのでしょう。
原作の奥に脈々と流れている、理想のような女性の生き方を大事にしたいなと思っております。

しかし当サイトはMっ気たっぷりですので、まだまだもどかしく参ります!

ポ・・様

お仕事お疲れ様です。

当サイトが癒しになるのであれば、嬉しいかぎりです。
私は仕事のちょっとした合間に書くだけのつもりが、夢中になり、自分の首をしめている状況です。
ぼ、ぼちぼちの更新で頑張ります。

No title

ちょこっとだけご無沙汰致しました。前回、今回と、(もしかして今作初めて?)バックに薔薇をしょったようなオスカル王子様の登場に、ロザリー同様、胸をときめかせております(ベルナールには同情しつつ、でもやっぱり、女子のハートを射抜く力で、オスカル様に叶う男性はそうそういないから、仕方ないわなあ、などとかわいそうなことも思ったりしています)

…と、ここまでは冗談。話題は変わるのですが、オスカルが反転攻勢に出始めたここ数回を拝読して、なんとなくがん患者の方へのインフォームド・コンセントのことを連想していました。もちろん、ロザリー、ル・ルー、そして言うまでもなくアンドレにとってオスカルは、ある意味で自分よりも大切な身内で、そのオスカルに「近い将来、何らかの悲劇が起こって、あなたは血まみれになって死ぬ」なんてこと、とても言えないと思ってしまう気持ちは、よく分かります。彼等は皆、とても思いやりがある人たちだし、特にアンドレは、オスカルには絶対に気づかせず、自分でしょい込んだうえで彼女を守ろうとするだろうことも、原作も含め、彼の行動パターンから容易に想像できます(だから私、33話から34話のアンドレ、泣くに泣きました! ロザリーやル・ルーも、程度の差こそあれ、同様の発想をしていると、kakonokaoriさんは解釈しておられるんですよね?)。

でも、ことオスカルのような性格の人間にとって、そうした形で一方的に守られることはよしとできないし、むしろどんな困難でも真正面から立ち向かっていこうとするであろう強さと誠実さを持っていることは、ここ数回の今作の展開からも理解できるわけで、そんなオスカルの性格を一番よく分かっている彼らにこそ、むしろ情報をオスカルとも共有して、共闘していこうと思ってほしい、とも考えてしまうんです。もちろん、この辺りの微妙なやりとりこそ、これからkakonokaoriさんが描こうとなさっているところなのでしょうから、それを楽しみに待つのが一番なのでしょうが…(笑)

考えてみれば、医療現場でのインフォームド・コンセントなんて考えが注目を浴びるようになったのもここ十数年の話だから、自分で自分の人生について責任を持つということを含めて個人を尊重するという発想それ自体、200年前の個人観や社会観とは違うものかもしれないのですが、でも、そもそもオスカル様の生き方には、いま、社会や家庭で頑張っておられる女性たちも、尊敬の念を持って共感できるわけですから、逆もまた然りか、と…

長文になってしまいすみません。次回は、またも山場かな?と期待しつつ、アップを楽しみにしております。

追伸:先の話になってしまいますが、読者リクエストとして、原作とは異なる未来に向けての「4人の共闘」編も、ぜひ期待しております!

ぶうとん様

この話は、そんな深いものだったのか・・・!
と驚いております!

正直、そこまで考えてはおりませんでした・・・ごめんなさい。
拙作でいろいろ考えて頂けるとは、幸せなことです。
色々な想像をふくらませていただき、思考の発端の役目も負うなんて、文豪みたい(冗談です冗談です)!

でも、あまり期待しないほうが良いですよ、次回でいきなり全バラ(全部ばらす、の略)するかもしれません。
飛び道具OK、無差別級デスマッチも厭わないサイトでございます。
いや本当に。
それに考えてストーリーを組み立てるというより、勝手に話が進んでいくのを書き出しているというのが真相です。
実は誰かに書かされているのでは・・・私。

皆さんご存知のことで今更ですが、原作連載の時にはその時代の、アニメ放映の時にはその時代の女性の願望のようなものが、
オスカルやアンドレに反映されていると読んだ覚えがあります。では、今の十代の女の子たちの「ベルばら」を讀んだ感想って、どうなんでしょうね?
ちょっと気になりました。

No title

お忙しい中、さっそくのお返事、ありがとうございました。

「勝手に話が進んでいくのを書き出している」なんて、ほんと、うらやましい! ここ数日、あらためて前作含め、全話読み返しておりましたが、こんな豊かなストーリー展開が、自然と湧き出てくるなんて、kakonokaoriさんへの尊敬を新たに致しました(もしかして、これも未来のオスカル&アンドレのパワー? 笑)。

…で、今の私の最大の懸案事項は、オスカル様同様、「ズダボロアンドレを一刻も早く救ってやりたい」ということですので、いつでも対オスカル全ばれ大歓迎です(爆)。あとは、妙に生真面目なオスカル様の倫理観をどうにかしてくれれば、OAペアもRBペアも晴れてハッピーエンドへ(前作でロザリーが未来のオスカルに約束したことが、今のオスカル様にも当てはまるなら、オスカルが自分の気持ちを素直にみとめてアンドレの愛を何らかの形で受け入れないと、ロザリーちゃんも結婚できないってことですよね???)。。。そんな道筋が少しでも早くつくことを願っています(あ、でも話は長く続いてほしい。うーん、困った!)。

追伸:最近、ベルばらブーム再来と、30歳前後の男性後輩から聞きました(ほんと???)。彼も読んで「オスカル、かっこいいっすよね」ですって…うひゃ!!
プロフィール

kakonokaori

Author:kakonokaori
「ベルサイユのばら」の二次創作です。個人的な楽しみで執筆しております。原作関係者の方々よりクレームを受けた際には、中止します。お目汚しではございますが、お好きな方はご訪問下さいませ。

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