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運命の分かれ道36

木の葉がさわさわと揺れていた。
晴天なのに、風が強い。
物思いにふけりながら窓から外を眺めていたロザリーは、思いがけずに流れ込んできた冷気に我に返った。
「・・・寒くなってきたわ。窓を閉めましょうね。せっかく傷が治ってきたのに、風邪を引いてはいけないわ。」
独り言のように、背後のベルナールにささやく。だが返事はない。黒い髪に隠れた横顔が静かに息をしている。
彼に昼食をとらせた後、ロザリーは休む間もなくにアンドレの部屋に食事を持っていったのだが、彼の部屋で思いがけずに時間をとってしまい、やっとこの部屋に戻った時には、ベルナールはぐっすりと眠っていた。
・・・世間を騒がせた黒い騎士だとはとても思えない寝顔だわ。まるで少年のよう・・・
どんな夢を見ているのだろうと、ロザリーはそっと覗き込む。無防備なその寝顔は、ロザリーを信じ切っている証拠だった。
その男の頬に、彼女は静かに手をのばした。触れるか触れないかでとどまる指先が熱くなる。
・・・ああ、ベルナール。
自分のすみれ色の瞳が潤むのを、ロザリーは気づいていなかった。ただ昨夜から続いている胸の痛みが、少し和らぐのを感じるのが救いだった。
昨夜の出来事が、心を激しく痛ませている。
先ほどようやくアンドレから聞き出したそれは・・・あまりに悲しくてつらいものだった。
打ちひしがれた彼がまるで懺悔するかのように打ち明けたのだ、自分はオスカルに愛を求めてしまった・・・と。
何も知らない彼女を、未来からきたオスカルと愛し合ったように触れてしまった、嫌がる彼女を乱暴に扱い、泣かせてしまった・・・と。そして・・・自分とオスカルが契りを交わした事を告白してしまった・・・と。
一睡もせずに己を責め続けたように、アンドレは憔悴しきっていた。体を横たえて休んだ気配もなく、椅子に腰をかけ机の上に組んだ手に額をつけたまま、微動だにしていなかった。それは昨夜、アンドレは風邪を引いたということにして、誰にも会わせないように面倒を見てやってくれとオスカルが伝えにきた後、ロザリーが心配して様子を見にきたときの姿そのままだった。
・・・昨夜は何も教えてくれなかったけど。
昨夜アンドレは何を尋ねても、うつむきながら首を振るばかりだった。
せめて傷の消毒を、というロザリーにただ小声で、一人にしておいてくれ、というばかりであった。
彼の前に見慣れぬ短剣が置かれているのも、彼女の不安をあおった。
思い詰めて何か過ちをおかすのではないかとの危惧から、その場を離れられない彼女に気づいたようで、アンドレは一度だけ顔を上げて暗い目で告げたのだ。
俺はオスカルの傍から離れないよ、と。
仕方なくロザリーは部屋をあとにし、すぐにオスカルの部屋に向かったのだが、オスカルもまた疲れたからと寝室にこもってしまっていた。
・・・何かが二人の間に起きたのだと思って心配していたのだけど、まさかこんな・・・
ロザリーの大きな瞳からにじむものがあった。
彼女も眠れぬ夜を過ごしていた。大きな不安が払っても払っても黒い霧のように思考から離れなかったのだ。その不安が・・・現実のものとなった。
ただアンドレを軽蔑しようとも、嫌おうとも思わない。あの日から彼がどんな気持ちで過ごしてきていたか、ロザリーほど知るものはいない。あの未来からきたオスカルが去った後、オスカルに極力触れないように自制し、彼女にグラス一つ渡すのさえ躊躇っていた。近寄ることさえできずに、なのに離れることもできずに想いのこもった眼差しを与え続け、オスカルが自分と共に黒い騎士に監禁された時には、危険をいとわずに助けにきてくれた。
・・・そう、いつだってさりげなく、オスカル様を守っていたわ。オスカル様自身が気づかないことまで心配して・・・
エベーラの薬の影響からすっかりオスカルが回復した頃、アンドレは言いにくそうにロザリーに耳打ちした。
オスカルにもし身ごもった気配を感じたなら、すぐに教えて欲しいと。
・・・もし、そんなことがおきたなら、どうするのと尋ねたら、アンドレはきっぱりと言ったわ。全てオスカル様に話して許しを請う、と。そして、自分の罪が露見するのは怖くないが、オスカル様がどれほど傷つき怯えるかと考えると、怖くてたまらないと。幸い身ごもっていらっしゃらなかったけど・・・。
重いため息をロザリーはつく。
・・・ひたすらオスカル様を愛して、守って、明るく支えて。それに何と言っても・・・アンドレはベルナールも許してくれたわ。ああ、私にはアンドレを責めることはできない。心から人を愛することを、私も知ってしまったのだもの。
ロザリーは目の前のベルナールから目を離せなかった。
母を亡くした見ず知らずの自分を支えてくれた恩人。それだけではない、この屋敷に滞在しはじめた彼の一挙手一投足から目が離せず、どうしようもなく心を惹かれていく自分。人を愛するのに理屈はいらない。運命の糸で結ばれた相手に向かう感情は、止めることなどできないものなのだと実感する。
・・・もし・・・私とベルナールが結ばれて、そのことをベルナールが忘れてしまったとしたら、私は心が壊れてしまうわ・・・アンドレ、あなたを責められない。あなたが未来のオスカル様と結ばれたのは自然なことだったもの。だけど・・・オスカル様は・・・?
ロザリーの指はつつましやかに、男の頬の上を流れている。
女の自分たちとは違う体がそこにあった。自分の白い肌の色とは違う、浅黒い肌の色。巻いた包帯に隠しきれない肩が、腕が、男のたくましさを感じさせる。
抱きしめられたい、と思う自分に、ロザリーは羞恥を感じた。自分は女なのだと、否応なく思う。
・・・オスカル様は、どうお思いになっているのかしら?アンドレを憎まれた・・・のかしら?ううん、昨夜、アンドレの部屋に慌てて向かわれたオスカル様だもの、お見捨てになったはずがないわ。彼の部屋からお戻りになられた後も、やさしくアンドレのことを私に頼まれたのだもの・・・。
ほんの少し前、アンドレはロザリーに罪を告白すると、ようやく崩れ落ちるように眠りについた。
まだ腫れている頬に濡らした布を当て、左目の傷に薬をぬりながら、オスカルにはアンドレを罰する気持ちがないのでは・・・とロザリーは願うように思ったものだった。
「・・・ううん、ママン・・・」
ベルナールがつぶやいた。
苦しげに眉がゆがむ。
「ベルナール・・・?どうしたの?」
はっと彼女は寝台の上のベルナールに意識を戻した。
彼は汗をかきながら、寝返りをうつ。夢を・・・とても嫌な夢を見ているようだった。
「・・・ママン、冷たい・・・体がちぎれそうだ・・・どうして・・・」
「ベルナール?」
ロザリーは彼を揺り起こす。ゆっくりと開いた瞳には涙がにじんでいる。
「・・・ロザリー?」
ロザリーに気付いた彼の視線は、すがるようであった。
「・・・夢を・・・夢を見たんだ、母の・・・」
「あなたのお母様の夢を?・・・お辛い夢だったのね。」
優しく語りかけながら、ロザリーは彼の手を握る。ベルナールも強く握り返してくる。
「ああ・・・また、あの夢を・・・父に捨てられた母が、俺を胸に抱きながら冬の川に飛び込んだ、あの時の夢を・・・」
ロザリーの手を握ったまま、ベルナールは涙を流す目を閉じる。悔しさが肩を震わしていた。
「貴族の愛人だった母にはもう行くところもなかった。助けてくれる人もなく、絶望して死んだ。ああ・・・俺は今でも父が憎い、貴族が憎い!」
「ベルナール・・・可哀そうに・・・」
自分も涙を流しながら、ロザリーは言った。
「私も同じだった・・・母を殺して平然と去ったあの人が憎くて、貴族が憎くて・・・でも、お願いベルナール、もう苦しまないで。人を許すことを・・・許すことを、自分に許してあげて。私がそばにいるわ。あなたが辛い夢を見ないように祈るから・・・!」
黒い瞳が、まっすぐにロザリーを見た。
「・・・母に似ている。」
ベルナールの手がロザリーの頬に触れる。
「だが、母よりもずっと強い・・・ロザリー。」
涙がポロポロと流れるのをとめられない彼女に、ベルナールは告げた。
「・・・好きになってもいいか?」
熱いものがロザリーを貫いた。返事をしようとしても、言葉がでてこない。言葉のかわりに、ロザリーはコクリとうなずいた。
男の腕が彼女の背中にまわされ、引き寄せられる。
初めての口づけは、熱かった。ロザリーを気遣ったであろうそれは、やさしく触れるものだった。
・・・ああ、ベルナール、愛しているわ、愛している。
この屋敷でオスカルやアンドレ達に囲まれながらも、どこか心の隅で感じていた孤独感が、たちまち幸福に満たされる。愛する者に愛される幸せがどんなに大きなものか・・・。
・・・未来のオスカル様・・・ロザリーには、分かります、分かりますわ、自分の幸せよりも願える相手を想う気持ちが・・・
唇がだんだんと深く重なっていく。もう恥ずかしさよりも、ベルナールに応えるのに夢中だった。
ようやく男の腕から解放されたロザリーは、ベルナールと静かに見つめ合う。
満たされた沈黙が流れていた。
かすかだが、毅然とした扉を叩く音がしなければ、二人はそのまま幾刻も見つめ合っていたかもしれなかった。
「・・・誰かしら?」
ゆっくりと立ち上がったロザリーが扉を開ける。
「まあ・・・オスカル様!」
何故だかロザリーは目がくらんだ。
眩かったのだ、もう何年もお側で過ごしてきたというのに、かの方の美しい姿が神々しいほどに・・・眩しかった。
「すまないね、ロザリー。」
オスカルが優しく微笑んでいた。
すっと背を伸ばし自分に向けられた笑みは、かって宮廷で貴族の若い女性に向けられて騒がれたもの、そのものであった。他の女性たちに向けられてどれほどロザリーも嫉妬しただろう、青い瞳が、形のよい唇が中世的な魅力を湛えている。光る金髪がゆるやかに完璧なカーブをえがいている。
ロザリーはポカンと口を開けた。近頃の女性らしさを増したオスカルを見慣れていたため、あまりの意外さに心を奪われてしまったのだ。
どんな男性よりも凛々しく端正な顔に、ふと陰りがうまれた。長いまつげが伏せられ、申し訳なさそうに麗人は言った。
「・・・どうやら、私は邪魔をしてしまったようだね。許しておくれ。お前の手が空いたときでよいから・・・ロザリー、後で私の部屋に来ておくれ。」
「今すぐ参りますわ!オスカル様!」
えっ、という ベルナールの声が背後から聞こえたような気がしたが、ロザリーは構わなかった。
「何かお話があるのでございましょう?オスカル様のご用事より大事なものは、ロザリーにはございませんわ。さっそく参りましょう。」
再び、そして今度は更に大きく、えっ、と叫ぶ声がしたので、ロザリーは声の主を振り向いた。
「ごめんなさい、ベルナール。また戻ってくるわ。」
エスコートをするように恭しく扉を開けてくれるオスカルに、顔を熱くなる。その胸の前を、頬を押さえながらロザリーが過ぎると、オスカルが部屋に残された男に声を掛けた。
「悪く思うな、ベルナール。私は野暮な人間ではないが、いささか緊急な用なのだ。」
寝台に取り残されたベルナールが、どんな表情を見せたか、ロザリーには分からない。
その大きな瞳には、この上なく優しく凛々しく自分に注がれる眼差しだけしか映っていなかった。




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す・・・様

お読み頂きありがとうございます。

ベルナールには、申し訳のない話になってしまいましたが、

彼にも幸せが訪れるでしょう。

近い将来・・・たぶん。

No title

真実の恋に目覚めたロザリー!しかし、やはり「オスカル様ありき!」の彼女ですね!こんな事態に陥ったオスカル様とアンドレのために働けるのはロザリー(と、ル・ルー♪)だけですもの!動けないアンドレの分も頑張って!!

あんぴか様

お読みいただきありがとうございます!

今回のオスカルは、舞踏会でアントワネットと踊ったときのようなカッコよくて凛々しい姿をイメージしたのですが、
どういう言葉をもってきても陳腐~な感じがしてしまい、皆さんに上手くお伝えできておりませんが、
・・・そんな感じです!
したがって、ロザリーは頑張るでしょう。

アンドレファンの方々は、今しばらくお待ちくださいね。

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ポ・・様

初コメントありがとうございます!

大事なお時間をさいて、読んで頂いたり、拍手を頂いたり、コメントを頂いたり、
嬉しくなったり、切なくなったり、非常に嬉しいです。
気おくれなんてとんでもないです。
(こんな話を堂々と公表していることに比べれば・・・)

更新はスローペースになりますが、ぼちぼちと続けますので、よろしくお願い致します!
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Author:kakonokaori
「ベルサイユのばら」の二次創作です。個人的な楽しみで執筆しております。原作関係者の方々よりクレームを受けた際には、中止します。お目汚しではございますが、お好きな方はご訪問下さいませ。

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