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運命の分かれ道30

打たれ続けていたアンドレは、頬の痛みなど感じなかった。
鈍い音が響くごとに痛んでいるのはオスカルの心だと、嗚咽をもらしながら手をあげる彼女の姿がいっていた。
・・・俺は、なんという・・・あさはかなことを・・・
心の弱さに、悪魔につけいる隙を与えてしまったのだと。
取り返しのつかないことをしてしまったと。
本来の分別を取り戻し始めたアンドレは、己の行為に愕然とする。
彼はただ・・・もう一度、彼女の言葉が欲しかっただけだった。
女にしては低いが透き通った声。それがかって耳元でささやいてくれた言葉。
愛している、という一言だけを、アンドレは渇望していた。いずれ本当にオスカルと愛し合える日がくるのを待つ覚悟を決めていたが、その日々は想像以上に不安で苦しいものであった。その苦しい気持ちを押し隠し、やっと耐えていた彼の均衡は、この寝室の暗闇で、誰かを、何かを想って泣いているオスカルの姿に崩れたのだ。
・・・俺は、酷なことを望んでしまった。お前は・・・あのオスカルではないのだ。お前は、何も知らぬというのに。俺は・・・なんという馬鹿なことを・・・お前の体に触れて、俺を愛してくれたオスカルが甦るなどと、思ったのか?あのオスカルは、目の前にいるお前ではないのだ。オレは、お前の人格も尊厳も踏みにじってしまったのだ・・・。
「なぜだ・・・!アンドレ!答えろ!」
何も言葉を返さぬ彼の胸元を、オスカルはつかんで揺さぶる。
「なぜ、答えぬ!なぜ、私を裏切った?」
怒りだけではなく、救いを青い瞳が欲していた。絶え間なく流れる涙が、彼を憎みたくない、彼の裏切りなど認めたくないと、絶望の淵のぎりぎりで訴えていた。
「・・・」
アンドレは、口を開きかけたが、言葉が見つからなかった。
・・・未来から、俺を救うためだけに現れたなど、言えるものか。お前を混乱させるだけだ・・・。
かといって、この場をおさめるためだけの嘘など、彼につける訳もなかった。嘘いつわりの言葉など、愛する女性をさらに侮辱するだけだった。
「・・・なぜ、何もいわぬ・・・」
オスカルの腕が、力なく彼から離れた。その両手は彼女のうつむいた顔を覆う。長い金髪が乱れながら追った。
「・・・無理やりだったのか…意識のない私を無理やりお前は・・・」
「違う・・・!」
ハッとして、アンドレは叫んだ。
「それは違う、オスカル!俺は無理やり、意識のないお前を奪ったのではない!それだけは・・・お願いだ、信じてくれ。」
「・・・では、なぜ、私は覚えていないのだ・・・」
体が震えていた。
「記憶がないのだ・・・。そのようなこと・・・忘れるはずもない・・・お前も、話してはくれぬ。このままでは、お前を憎んでしまうのだ・・・」
「オスカル・・・!」
アンドレは、彼女の腕をとった。ビクリと警戒する彼女に、大きく首を振る。
「これだけは、真実だ・・・俺はお前を愛している。生涯でただ一人の女性として・・・心から愛おしく思って、お前を抱いた・・・。お前も・・・覚えていないだけだ、あの時のお前は、いつものお前では・・・なかったのだ。お前もまた・・・」
必死に彼は、告げる。
「お前も、俺を・・・愛してくれたんだ。こんな平民で何も持たぬ俺を・・・!俺は、お前のためなら命さえ捨てられる!旦那様に殺されてもかまわない!俺を恨むなら恨め、憎むなら憎め!だが、分かってくれ・・・」
大きく開いた青い瞳に、心から告げる。
「愛している。愛しているんだ。無理やりではなかった・・・それだけは信じてくれ・・・」
「・・・アンドレ・・・」
様々な感情が交差しているのか、オスカルは固くうつむいてしまった。アンドレは、つかんだ彼女の腕を自分によせ、抱きしめようとしたが、無言の拒絶を感じる。彼は、その腕をそっと彼女のひざにおき、やさしく彼女を寝台に横たえて、上掛けをかけた。オスカルはなされるがまま、身を横たえる。
「許してくれ・・・。」
上掛けからのぞいている、オスカルの右手を、壊れ物のように彼は触れる。白く愛おしいそれに、おずおずと頬ずりを与えた。
「愛している・・・ああ・・・死んでしまいそうだよ・・・。」
「・・・アンドレ。」
横たえられた姿のまま、彼女はまっすぐ自分を見つめていた。よろよろと立ちあがった彼は、その背中から視線が離れないのを感じる。この屋敷から出て行け、との命令が飛んでくるだろうと、覚悟していた。むしろ、すぐに命令され、処罰されるのが、当然の事態である。いくら自分に寛容なオスカルであっても、死刑に値する罪を犯したのだ。
地獄からの扉を、彼は開けた。続き部屋となっているオスカルの居間は、寝室よりも明るかったが、アンドレにとっては新たな煉獄の始まりでしかなかった。
「・・・うっ・・・」
居間の灯りが、赤く見えた。左目に血が流れこんでいる。オスカルに打たれたためであろう、治りかけた傷口が開いていた。やっと感覚が戻ったのか、沁みる痛みに彼はよろめき、立ち止まった。
「・・・どうしたんだ、アンドレ・・・?」
意外にも、心配そうな声が寝室からかぼそく届いた。思わず振り向いたアンドレに、寝台の上のオスカルは、体を隠しながら上半身を起こして、不安そうな視線を投げかけてくる。
「・・・なんでもない、心配するな・・・少しまぶしかっただけだ・・・」
感じたことのない慟哭が、胸にあふれた。
・・・こんな俺を、なぜ心配できる・・・?お前という人間は・・・ああ・・・!
「ロザリー・・、ロザリーに、灯りを持ってくるように頼んでおく・・・。」
それだけをやっと言い終えると、アンドレは逃げるように駆け出した。
煉獄の中に、自分の逃げる場所などないことを知りながら・・・。
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ありがとうございます。

待ちわびて頂いて、ありがとうございます。

あまりの暗さにクラクラするようなお話にお付き合い下さり、感謝しております。
なにせ、書いている本人がクラクラしてきたくらいです・・・。

今後とも、宜しくお願い致します。

No title

こんばんは、お邪魔します。

初めてコメントさせていただきます。
ずっと読ませていただいております。
更新を日々楽しみにさせていただいてます。

しかし...
切ないです...ハラハラします。

どうか私のアンドレが哀しい想いをしませんように。
と祈っています。

No title

もう続きが気になって気になって・・・悶々としておりましたが、僅かに光明がさしたような・・・?希望の欠片が見つかったようで、ホッとしました!
これからも楽しみにしておりますのでよろしくお願いします!陰ながら、「アンドレ、前向きに頑張ってね!!」とエールを送ってます!

素敵な作品、ありがとうございます

他の方々の公開コメントに背を押され、私も「受け身の読者」の立場を越えて、はじめてお便りさせて頂きます。

kakonokaoriさんのサイトには、今年に入ってから偶然出会い、一気に読ませて頂きました。様々な過酷な経験を経たオスカル様を過去に連れてくるという大胆な発想を通して、原作読者の多くが一度は夢想する「幸せなオスカルとアンドレの未来」への光を見せて下さる魅力的な物語構成!しかもそれが、様々な登場人物の視点から丹念に語られる重層的描写の中にしっかりと位置付けられることで、全く不自然に感じられず、前作も今作も、毎回毎回、引き付けられながら拝読しています。

あんぴかさんがおっしゃるように、昨夜は「僅かな光明」を見だして、私も少しほっと致しましたが、でもまだまだ、ドキドキの回が続きそうですね。皆さま同様、次回のアップを心待ちしております。…あ、でも、ご自身の生活のご負担が過度にならないことが一番… むしろ、ご無理なく長く楽しませて頂けることを願っております。 

追伸:それにしてもわれ等がオスカル様、一日の内に魅力的な男性二人から求められるなんて…きゃ、すてき(…パニックのご本人には申し訳ありませんが…笑)

ありがとうございます!

いつもお読み頂いて、ありがとうございます。

あまりに救いが感じられない展開でしたので、先ほど31話を急ぎ、アップしました。
少しは安心して頂ければ、嬉しいです。

これからも宜しくお願い致します。

ありがとうございます!

ご安心下さい、希望の光は用意されております!

アップ済の31話は、オスカルが主役の座を奪取いたしました。
少しはご安心頂けたかと・・・。

これからも宜しくお願い致します。

こちらこそ、ありがとうございます。

コメント、ありがとうございます。

「受け身」なんて、とんでもない!
お読み頂けるだけで、素晴らしい方です。

仕事の時間を削って、ちまちま書いているかいがあるというものです。

これからも宜しくお願い致します。
プロフィール

kakonokaori

Author:kakonokaori
「ベルサイユのばら」の二次創作です。個人的な楽しみで執筆しております。原作関係者の方々よりクレームを受けた際には、中止します。お目汚しではございますが、お好きな方はご訪問下さいませ。

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