FC2ブログ

運命の分かれ道28

ようやく馬のいななきが聞こえたのは、日暮れを越えた頃だった。
ジャルジェ家の玄関に、出迎えの人が集まる。侍女たちや祖母と共に、アンドレは待ちわびたオスカルの帰宅に安堵する。ここまで遅くなるのであれば、途中まで迎えにいく段取りをすべきだったと、後悔していたのだ。ロザリーとル・ルーは、どうやらベルナールと話しているようで、姿がない。
たいまつが煌々と光る屋敷の前に、騎乗で帰還したオスカルに精彩が感じられなかった。うつむいたまま、頭を下げる使用人たちに無言でうなずく。
「お役目大変でございましたね、お嬢様。」
祖母が率先して、声をかけた。
「もう少し早いお帰りだと思っておりました。お疲れでございましょう?すぐにお着替えのお手伝いに参ります。」
馬から降り、使用人に手綱を渡したオスカルは、心配げな祖母に力なく笑いかける。
「ああ・・・ありがとう、ばあや。気が重い任務だったからか、さすがにいささか疲れた。しばらく一人で休みたいのだ。呼ぶまで、悪いが手伝いは無用だよ。」
そう言い置いて、彼女は足早に自室に向かった。
「オスカル?」
アンドレの声に、オスカルは少し足をとめ、告げる。
「・・明日は、午後からの出仕だ。まず無いだろうが、急な伝達が届いた場合のみ、知らせてくれればよい。」
そのまま、彼と目を合わさずに階段を上っていくオスカルであった。
・・・オスカル?
アンドレは、胸騒ぎを感じた。出立した際のものとはまた別の違和感を感じた。出立の時は、何か機嫌をそこねたのだとも思えたが、今は違う。泣きはらしたようなまぶたが、夜の明かりの中でも見てとれたのだ。
何かあったと、祖母も見て取ったのだろう、孫の自分に、追いかけていくように目で指示を送ってきた。アンドレは、彼女の後から階段を上がり、ゆっくりとオスカルの部屋の前に立った。そっと扉を叩いたが、返事はなかった。
「・・・オスカル、入るぞ?」
アンドレは、いぶかしげに思いながら、そっと扉を開ける。
オスカルの帰宅が告げられ、すぐに灯りが用意されたのだろう、居間には十分な明るさと、ろうそくのチリチリとした匂いで満たされていた。しかし、彼女の姿はなかった。
そのかわり、奥の寝室から、微かな音が聞こえてくる。
それは・・・むせぶような泣き声。
「オスカル?」
アンドレは、胸がしめつけられるように感じられた。
彼女は・・・愛する女性は、人目を忍んで・・・泣いている。
「ああ、オスカル・・・」
あの日、何も知らずに彼女が目覚めた日から、心の奥底に押し込んできた愛情が、堰を切ったようにあふれでてくる。アンドレは、甘く苦しげに彼女の名前を呼びながら、寝室の扉に手をかけた。
寝室の中は、真っ暗だった。
直前に灯りが消されたかのように、ろうそくの匂いだけが漂っていた。
オスカルが消したのであろう。彼女があえて暗闇にしたのだ。アンドレが開けた扉からもれる光で浮き上がった彼女は、寝台に身を投げ出し、止まらぬ嗚咽に身を震わせていた。哀しく孤独な調べが、アンドレの冷静さをさらに失わせる。
「オスカル、どうしたんだ?」
決して寝室には入ってはならない、と理性が押しとどめようとするのもむなしく、アンドレはオスカルに駆け寄った。
「何を泣いているんだ?何があったんだ?・・・王太子殿下はそんなに悪いのか?」
オスカルの背中が、ビクッと震えた。そのまま、顔を両手で押さえ、アンドレに背を向けたまま首を振る。
「・・・そうでは、ないのだ。王太子殿下のことではない・・・頼む、アンドレ、私を一人に・・・」
涙声でやっと告げる彼女に、アンドレはそっと手を伸ばす。その手は、強張りながらも彼女の頭をなでた。
「・・・こんなお前を、一人にしておける訳がないだろう?俺たちは何年、共に生きてきたと思っているんだ?俺は・・・伊達にお前の側にいたわけじゃない。お前がこんなに泣いている姿は始めて、だよ。お前が哀しいと、俺も同じ気持ちになるんだ。哀しくて、仕方がない・・・」
静かにつぶやく彼の声に、オスカルはまたも頭を振る。だが、拒否の言葉はなかった。アンドレは高ぶった彼女の感情を静めようと、きわめて優しく語りかける。
「・・・オスカル、お前は覚えているか?俺とお前が初めて出会った日のことを。あれは、俺が八歳の時だった・・・」
鮮明な記憶が、アンドレの脳裏によみがえる。
あの日は、紛れもなく、自分の人生の転機だった。父と母を失い、ベルサイユの祖母のもとに身を寄せるまで、自分は平凡に生きていた。両親を失くすという不幸に襲われたが、元来楽観的で能天気な自分は、祖母のいうところの「それはそれはお美しいお嬢様」の遊び相手になれると聞いて、有頂天になっていた。だが・・・
「・・・それは驚いたさ。今でもあの驚きは忘れやしない。階段の上に現れた男の子が、俺に剣を投げて言ったんだ。ぼくが欲しいのは、遊び相手ではなく、剣の相手だって・・・!悪夢だ、うそつきだ、と慌てふためく俺に言った、お祖母ちゃんの一言がまた強烈だった。一番すえのお嬢様のオスカル様だよ、って。ふふ・・・儚かった、俺の人生。」
何とかオスカルの心をほぐそうと、アンドレは笑いを交えながら話し続けた。どんな哀しい事があったのかは知らないが、俺はいつもお前の味方だよ、子供の頃からずっとお前の側にいるんだよ・・・。その想いを、笑いの中で必死に伝えようとした。
「・・・アンドレ・・・お前はいつも、そうやって私のそばに、いてくれた・・・」
撫で続ける彼の手の下から、オスカルの細い声がした。
「・・・なぜ?なぜ年月はこんなに早くたってしまうんだろう・・・なぜ子供は大人になり、苦しみの中に我と我が身をおき・・・」
「オスカル?」
アンドレの手がとまった。尋常でない苦しみが、愛する人から伝わってくる。
「何があった?誰かと会ったのか?」
その瞬間、この世で唯一、彼女の心をかき乱せる男性の存在がひらめいた。
「・・・フェルゼン・・・か?彼に会ったのか?」
「・・・あ・・・」
肩をつかむ男の手から、彼女は逃れようとした。
・・・フェルゼンに会ったのだな、そうなのだな、オスカル?
アンドレは確信した。途端に、激しい嫉妬が噴出した。
・・・オスカル、お前、お前はこんなに泣くほど、あの男が好きだというのか?お前に恋愛感情はないとはっきりと告げた男を、お前はまだ想っているのか?
彼は、オスカルの肩をつかみ、彼女の半身を寝台の上に起こした。強引な彼に驚いているオスカルの目をしっかりとみすえる。
「は、離せ・・・」
「いやだ。」
嫉妬が怒りに変わっていく。
「離せ、アンドレ・・・!」
「いやだ!」
そのまま、彼女の顔に口を寄せ、強引におののく唇を割った。悲鳴をも呑んでいった。
寝台の上に、二人は倒れこんだ。シーツにオスカルを押し付け、手も足も自らの下に封じたあと、アンドレは唇を離し、驚愕するオスカルに叫ぶ。
「なぜ、分からない!なぜ思い出してくれないんだ・・・!オスカル、お前は俺の大事な女性だ!頼む、あの時のように、愛していると・・・俺を愛していると言ってくれ、オスカル!」
「あ・・・やめろ、アンドレ・・・」
オスカルは、激しく抵抗する。
「いやだ、助けて・・・フェルゼン・・・!」
思わず助けを求めたのだろう、男の名。
それがアンドレの火に、油をそそいだ。
男の手が、力任せに女の薄いブラウスを引きちぎった。
「いや~!」
抗えない女の叫び声が響いた。
男は、露わになった首筋に、胸に、熱く口づけていく。
確かに愛し合った記憶。
・・・ああ、神よ。俺を愛してくれたオスカルの記憶が、身体に残されているのなら、お願いだ。思い出させてくれ・・・
ただの愛欲ではない、アンドレの祈りにも似た狂気が、オスカルの白い身体を翻弄していった。大きな手のひらで、唇で、彼女の体を必死にまさぐり続ける。
「・・・いやだ、こんなことは、アンドレ・・・お前が愛しているのは、私ではないのに・・・」
オスカルの瞳からは、新たな涙が流れ始める。
その涙の滴り落ちる音は、狂気の混じったアンドレの息の音と、堪らずに漏れ出した彼女の吐息にかき消されていった。

スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

ア…様

いつもお読み頂き、ありがとうございます!

少しハードな回が続きましたね。
いろいろとご心配頂き、ありがとうございます。
でも大丈夫です。ちゃんと収まるところに収まる予定です。
それに、原作のハードさに較べたら・・・まだまだ未熟者でございます。

ご結婚記念日、おめでとうございます!
バレンタインとは、素敵ですね。

今後も楽しみにして頂ければ、嬉しいです。


管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

こ・・様

いつもお読み頂き、ありがとうございます!

コメントもありがとうございました。
非常に嬉しいです。(なんだか催促してしまった感がありますが・・・)
お気持ち、十分届きました!

さて、これからどうなるのか?
この話も半ばは過ぎましたが、まだまだ続きます。

これからも楽しんで頂ければ、私も嬉しいです!
宜しくお願い致します。





あ・・・様

こちらこそ、ありがとうございます。
まだまだ頑張りますので、宜しくお願い致します!

す・・・様

お読み頂いて、ありがとうございます。

いえいえ、プロなど滅相もない、気軽に書きだしたが最後、
ズブズブとはまってしまった、皆さまの一員でございます。

拍手も大変嬉しく思っております。

私も、前々回だけは、深夜にどうしてもアップしたくなりました。
普段は、明るいうちにアップしているのですが・・・

これからもボチボチと続けていきますので、
こちらこそ宜しくお願い致します。



プロフィール

kakonokaori

Author:kakonokaori
「ベルサイユのばら」の二次創作です。個人的な楽しみで執筆しております。原作関係者の方々よりクレームを受けた際には、中止します。お目汚しではございますが、お好きな方はご訪問下さいませ。

最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ