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運命の分かれ道24

・・・なんて豪華な金髪なのかしら・・・
運ばれてきたティーカップに手を伸ばすのも忘れて、ソフィアは目の前の人に見とれていた。紅茶の良い香りが、二人の間に立ち上っている。長いまつげを伏せて、紅茶の香りと味を楽しんでいるその人は、彼女の真っ直ぐな視線に気づいて、にこやかな笑顔を向けてきた。
「どうかなさいましたか?ソフィア嬢。」
女性にしてはいささか低いが、男のものとは全く違う声。
ソフィアは、頬が熱くなるのを感じながら、うつむいた。
・・・なんてやさしい眼差しをお持ちなのかしら?とてもお美しいのに、冷たく感じないわ。男性とも女性とも思える不思議な方。
彼女・・・オスカルは、自分を貴婦人として完璧なエスコートを見せてくれた。イタリアへ向かう馬車が、まだ出発間もないパリで動けなくなり、困っていたソフィアだったが、偶然オスカル達と出会い、救いの手を差し伸べてもらったのだ。
動けぬ馬車の横で困り果てていた彼女に、騎乗で近づいてくる近衛の二人は眩しかった。女性でありながら臆せず近衛隊隊長を務める麗人は、状況を見てとると傍らの副官に、ソフィアの兄のフェルゼン伯爵の屋敷への使者の役目を与え、オスカル自身は忙しい身であろうはずなのに、ソフィアをこのカフェ・フラスカティへ誘い、相手をしてくれている。
・・・フランスの宮廷の若いご令嬢方が夢中になるのも無理ないわ。
隙のない上品な仕草。
軍人としての厳しさを感じさせない柔和な笑み。
透き通るような青い瞳。
女性ならば一度は夢見る理想の王子が、目前に存在している・・・。
・・・なぜか落ち着かない気持ちにさせられる方。女性だと分かっているのに。このような方と行動を共にされるのだから、きっとあの方だって・・・
ジェローデル大尉。
オスカルの後ろから、自分に黙礼を送ってきた男を思う。以前、兄の使いに赴いた際の窮地を救ってくれた男性。一夜を語り明かして過ごした・・・男性。
・・・あの方も、オスカル様に魅かれていらっしゃるような気がする。あの舞踏会で、お兄様と踊っていらしたオスカル様をじっと見つめていらしてた、私はそれが少し心苦しくて・・・
しかし、ソフィアはその感情を押しとどめる。スウェーデンでも王族に準じる家柄に生まれた彼女であった。愛や恋などの優先度は高くなかった。価値観が自分に似ている男性と異国の地でめぐり合おうとも、彼女の人生を変えようなど思わない。結婚は、王家と彼女の生家の利益を最優先にされるものであった。
だが例外は、あった。
他ならぬ・・・兄であった。
「オスカル様。」
意を決して、彼女は尋ねた。
「兄はもうスウェーデンには帰らぬつもりなのでしょうか?父がそれはそれは心配しておりますの。」
彼女の心を占める最大の懸念であった。祖国に戻ろうとしない兄。戻ればどんな栄達も思いのままの恵まれた身であるのに、異国に留まり続ける彼を、父も自分もどんなに心配したことか・・・。だが、例えどれほど悩んだところで、彼女は心の中を容易くみせるほど迂闊な人間ではなかった。多くの声が静かに飛び交うカフェで、兄の親友が相手ならばこその告白であった。
オスカルは、真摯に耳を傾けてくれた。
「ソフィア殿・・・」
一呼吸置いて、彼女は続ける。
「女性がそうであるように、男性にとっても地位や名誉よりもっと大切なものがあるのですよ。」
穏やかな言葉なのに、裏に隠された様々な感情・・・。敏感にソフィアは感じ取った。
「・・・兄とアントワネット様のことですわね?」
答えの分かり切った問いを、まっすぐにぶつける。心の覚悟は出来ていた。ジェローデルに口づけされ、自室に匿われたのも、兄から王妃への伝言を危険を押して届けに行ったからであった。王妃との仲をどんなに反対しようと非難しようと、兄は兄であった。切り捨てることなどできようはずがない。
色恋で歩む道を決めるなど、ソフィアには女々しくすら映った。彼女は退廃の色を濃くしだしたフランスとは違う北欧の誇り高き血の持ち主であり、独りで異国を訪問するほどの勇気と度胸の持ち主であった。
しかし・・・家族を見捨てることは出来なかった。
「私にはこのフランスで兄の側にいるのも、兄の側から離れるのも辛うございます。私が男であれば、兄を力ずくでも国に連れ帰ったと思いますのに。」
「あなたは、お強い方だ。心からご心配なさっているのですね。しかし私は・・・」
ついと、オスカルはソフィアから視線を外した。
「誰よりもフェルゼン伯の心はよく知っているつもりです。マリー・アントワネット様あるかぎり、兄上は決してこのフランスを離れなさいますまい・・・」
視線の先には、何もなかった。
テーブルの近くを通りすぎていく紳士、淑女。
シャンデリアに反射する光が肩に背に、跳ね返る。
麗人は、カフェの何かに注意を向けたのではなく、思う人の顔を心に描いたようだ。物憂げに髪をかきあげる。
仄かな香りが、流れた。
・・・ああ、この方は紛れもなく女性なのだわ。
虚をつかれたように、ソフィアは息を止める。
青年士官然としたオスカルの態度を前に、いつぞやの舞踏会に現れた伯爵夫人の姿が幻のように思えていたのだが・・・間違いなく、そうあれは・・・
・・・やはりオスカル様。お兄様とだけ踊っていらした・・・お兄様と踊るためだけにいらした・・・
「オスカル様・・・恋をなさったことがおありですの?」
率直な質問に、オスカルの顔色が明らかに変わった。ソフィアは慌てて付け加える。
「ごめんなさい、とつぜん。私なんて不躾な・・・お許し下さいませ。ただ、あなた様が女性でなければ、私はあなた様に恋焦がれていましたわ。恋するあまり死んでしまっていたかもしれませんわ・・・」
焦がれ死になど、決してしない己を自覚しながら彼女は言った。しかし、オスカルの姿に平静でいられないのも本当だった。男性として生きながら、胸の奥に女性としての想いを灯しているアンバランスが、胸を打つ。
同性としての共感なのか・・・
それとも、兄の人生のためならフランスなど、どうなってもいいと冷静に思う男のような心を持っている自分が、普通に女として生きているからなのか・・・
・・・私たちは、正反対なのだわ。きっと、この方のほうが、男性を心から愛することができるのではないかしら。素直に愛を示せるのだわ、女性として・・・。
一抹の寂しさが、ソフィアを襲った。
自分は、想う男性に愛を告げぬ女だろう、と自覚がある。
告げぬ愛を察する男だけが、自分の本当の理解者になるのだろう・・・。
寂しいことかもしれない。だが、彼女にとって、寂しさとは誇りでもあった。凛と背筋を伸ばす。
オスカルが快活な笑い声を響かせた。
「それは光栄です。このような素敵な女性を妻にしそこねました。」
そして内緒話のように声を落とす。
「ソフィアどの、お信じにならないかもしれませんが・・・私は小さい頃、ずっと自分が男だと思っていたのですよ。それこそ何の疑いももたずに、ずっと・・・今でも、本当の男ならば・・・」
苦いものがその言葉に、滲む。
「本当の男ならば・・・どんなに良かっただろうと・・・」
「オスカル様・・・」
言葉の切なさとは裏腹の微笑を浮かべるオスカルを、美しいとソフィアは思った。
・・・この方と愛し愛されるのは、どのような男性なのかしら?この世に・・・そんな男性が存在するのかしら?
オスカルにとって酷なものだろう、その質問はソフィアの胸に留まる。
「ソフィア。」
兄の声がした。振り向くと、知らせを聞いて駆け付けたのであろう兄の姿があった。
「まあ、お兄様。」
彼女は手をあげた。安心したような表情が彼の顔に浮かぶ。
「オスカル。」
続けて、親友の名も呼ばれた。
ソフィアは、オスカルに視線を戻した。
そこにはもう、本当の男ならば・・・と吐露した彼女はいなかった。
男同志の親友に再会した青年貴族が、あいまいな笑みを浮かべて、冷めかけた紅茶をすすっている姿があるだけだった。









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拍手ありがとうございます。

いつもありがとうございます。

こちらの方こそ、拍手を下さる皆様に同じく拍手をお送りしたいです。


そう、この物語もこれからいよいよ山場を迎えます。

前半は淡々と進んでおりましたが、後半は激しく!

・・・なるかどうかは分かりませんが、

楽しんで頂けましたら光栄です。

プロフィール

kakonokaori

Author:kakonokaori
「ベルサイユのばら」の二次創作です。個人的な楽しみで執筆しております。原作関係者の方々よりクレームを受けた際には、中止します。お目汚しではございますが、お好きな方はご訪問下さいませ。

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