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運命の分かれ道22

ベルナールは、ひっそりと食事を終えた。
食欲もあまり感じず、食事も冷めていたが、悔しいが全て平らげた。独身なうえ新聞記者という仕事柄、外食が多く自炊とはとんと縁がない彼は、飯など腹がふくれればそれでいい程度の重きしかおいていなかった。だが、この屋敷で出される食事は、美味しかった。どうやら使用人が口にするものと同じらしいのだが、質素ではあるが、栄養も味付けも十分なものであった。
・・・この貴族の屋敷は、悪い働き口ではないらしいな。ロザリーも生き生きとしている。あの男なんか、女主人を呼び捨てにしているじゃないか。
匙をおきながら、部屋のすみでロザリーやル・ルーと話をしているアンドレを見る。
・・・ずいぶん長い間、ここで働いているようだが、栄養がいきわたったおかげなんだな、俺より少し背が高い。男っぷりもいいじゃないか。
左目のキズを差っ引いても・・・、ベルナールはそう思いながら、心が痛む。
・・・おおらかというか、鷹揚というか、俺に腹を立てて当然なのに、特に怒りもしない。生まれついての馬鹿なのか、もしくは、この屋敷でよほど大事にされてきたんだろうな。こせこせと卑屈なところがない。平民だが、幸せな奴なんだな。しかし・・・こいつ、あの女と出来ているのか?
職業柄もあって、ベルナールはついつい下世話な想像に走り出した。
先ほどのあの男への准将のそっけない態度は、ベルナールから見れば痴話げんかの一種のようにしか見えなかったのだ。女が、好いた男の態度に腹を立てて、わざと冷たくあしらう・・・。
・・・あの女も貴族だ。しかも結婚もせず独り身だ。愛人を持っていても不思議だとは思わん。いや、逆に、女ながらあの迫力、手腕、しかも馬鹿ではない・・・愛人の一人や二人持つぐらいの甲斐性はあるだろう。口は悪いが、とにかくあの美貌だしな、相手には不自由するもんか。大体、あの歳で・・・男を知らぬわけがない。まあ、俺の好みではないがな。俺は、もっと女らしく優しく、そして芯がしっかりとした、そんな女が・・・いい。
彼は、ロザリーの柔らかな金髪に目をやる。オスカルの豪華なそれとは趣が違う、つつましく好ましいものであった。
好ましい髪の持ち主は、ベルナールの食事中、一度も彼に注意を向けることなく、「どうしてオスカル様は・・・」とか「でもオスカル様は・・・」と、小生意気な少女と従者と話をしていたが、その会話は未だ途切れる気配がない。
ベルナールはいらいらしていた。
・・・いくら恩義があるにしても、心配しすぎじゃないか?・・・まさか・・・!
ある事件を思い出し、彼は驚愕した。
・・・た、たしか、女近衛隊長にはレズ疑惑があった。王妃の女愛人だと、暴露本に書かれたことが・・・!ひょっとして・・・ロザリーに手を出したりしてないだろうな?
おぼろげな母の面影を彷彿とさせる優しげな面差し・・・この数日で存在が急に大きくなった女性。
彼女には思いを寄せる人がいるのか、とベルナールは自然に気にしだしていた。
・・・ジャルジェ准将が、あの噂通り、女にしか興味がないとすれば、従者は愛人ではないのかもしれん。では奴が・・・ロザリーと出来ていることも、ありうる・・・
じっと見つめる彼の視線に気づいたのか、ようやくアンドレがベルナールに注意を向けてくれた。
「ああ、食べ終わったか・・・少し、横になったほうがいいんじゃないか?起きたままだと、傷の治りが遅くなるぞ。」
「おい、お前、」
寝台に近づいてくる男に、ベルナールは、お前はロザリーの何なのだ、と男らしく尋ねようとした。だが、アンドレの歩みに伴ってこちらを振り返ったロザリーにたじろぎ、
「お前は・・・ジャルジェ准将の愛人なのか?」
と、つい尋ねてしまった。
「きゃー!!」
少女の叫び声が間髪入れずに轟いた。
「いや~!」
ロザリーも叫んで、顔を覆う。
「な、なんていうことを言うの、ベルナール・・・!オスカル様に愛人なんて・・・」
しかし、彼女はハッと、何故かアンドレに視線を移し、真っ赤になった。アンドレは、何も言わずロザリーに首を振り、困ったように笑った。
「・・・そんな訳がないだろう。まあ、宮廷に頻繁に出仕していた頃は、俺の愛人説には慣れっこだったけどな。だが・・・誤解だよ。俺は幼馴染でもあるから、普通の主従とは接し方が違うだけなんだ。オスカルは、愛人を持つような腐った貴族とは、人間の出来が違う。清廉潔白な人間だよ。」
「・・・では、まだ男を知らないというのか?」
疑問が、そのままベルナールの口から飛び出した。
「バカ、バカ、バカ、ベルナール!」
ロザリーは、さらに顔を赤くした。
「いやだわ、ル・ルーちゃん、あちらのお部屋に行きましょう!」
「でも、お姉ちゃま、ル・ルーはまだここにいたいわ。」
手を引っ張られながら、少女は興味深々で踏みとどまろうとしていた。
「ル・ルーは世間知らずになりたくないの。そろそろ大人のお話にも、混ぜていただかなくては・・・」
「許しません!あなたはまだ子供です!」
ル・ルーに最後まで言わせず、ロザリーはぐいぐいと少女を引っ張り、たちまち部屋を出ていった。
部屋には、男二人が残される。
ベルナールは、後悔に襲われた。自分はロザリーに呆れられたのだろう、と思ったままを口にする己の裏表のない性格を・・・呪った。膝の上のトレイで、食器がガチガチと音を立てた。
「はあ~」
従者が大きなため息をつく。
「・・・あいつに会った男は、誰しも一度は考えるんだろうな。普通の貴族の令嬢のように結婚もせず、普通の貴族の男のように公然と愛人を持つことのない女の軍人。果たして、閨の相手がいるのか・・・と。」
見上げるベルナールに、彼はわずかに遠い目になる。
「お前は、思ったことをはっきり口にするだけましだよ。ほとんどの人間が、隠れて噂に興じるんだ。あいつが国王夫妻からの寵愛が深まるほど、聞くに堪えない噂を、宮殿の柱の裏でこそこそと・・・。俺にねちねちと遠まわしに聞いてくるやつもいたさ。だけど、俺は真っ向から否定もしなかった。俺が愛人かと尋ねられても、笑って聞き流していたのさ。なぜなら・・・」
真摯な瞳が、傷の奥から語ってきた。
「あいつの女らしさが、そんな奴らに分かってたまるか。オスカルは、心から愛した男にしか許さない、そういう女だ。姿形だけじゃない、心映えさえ天から遣わされた類まれな人間だよ。ベルナール・・・お前には、理解して欲しい。」
アンドレの言葉は、強烈にベルナールの胸に刺さった。
男の愛情が、溢れていた。
共に黒い髪と黒い瞳の男たちは、どちらも口をつぐんだまま、睨み合っていたが、ベルナールの方が根負けした。頷き、言う。
「・・・どうして、俺に理解してもらいたいんだ?」
「さあな、強いていえば・・・俺の生き別れの兄弟だから、かな。」
「お、お前が、兄弟だと、そっちこそ、馬鹿は休み休み言え!」
「はは・・・これも噂だよ。この屋敷の中のな。まあ・・・正体を知られたくなかったら、そういう風に振る舞っておけ。」
怒鳴るベルナールに、愉快そうに笑いながら、アンドレは寝台の上のトレイを持ち上げ、部屋を出て行きかけて振り向いた。
「ああ、そうそう、ロザリーに嫌われたくなければ、オスカルの悪口は言うなよ。」
閉じられた扉を眺めながら、ベルナールは考えていた。
数日前まで、黒い騎士として暗躍していた時の自信は何であったのかと・・・。
・・・黒い騎士も、お払い箱だな。
ベルナールは寝台の隅に置いてあった衣類を見て、着替えようかと思案した。
だが、その気力もわかず、仰向けになり天井を見つめているうちに、やがて眠りに落ちていったのだった。



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いつもありがとうございます。

いつも応援ありがとうございます!

更新した後、お読み下さる方が果たしていらっしゃるのかとドキドキしていますので、
拍手大歓迎です。まして、1番を狙って下さるなど、いやほんとにありがたいです。

更新はゆっくりになってまいりましたが、
その反動で、1回の文章が長くなってきたような・・・

これからも運命は続いていきますので、宜しくお願いいたします。



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kakonokaori

Author:kakonokaori
「ベルサイユのばら」の二次創作です。個人的な楽しみで執筆しております。原作関係者の方々よりクレームを受けた際には、中止します。お目汚しではございますが、お好きな方はご訪問下さいませ。

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