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運命の分かれ道19

・・・どうなさったのだ、この方は。
パリであっても日頃足を踏み入れたりしない区間を、馬で黙々と進んでいく上司をジェローデルは訝しげに見つめた。汚物が放つ悪臭と、いつ体を清めたかもしれぬ人々の得体の知れぬ視線に嫌悪感を感じるが、目の前の女性は、むしろ華やかなパリのそんな暗部を選んで進んでいるように思えた。道の分岐点に差し掛かるたび、その馬は確実に細く薄暗い方に足を踏み入れていく。
・・・オスカル嬢。このような汚らわしい場所は、あなたにはふさわしくない。あなたに相応しいのは、清潔な空気に、温かい屋敷、おだやかな生活であろうはずなのに、どうしていつもいつもあなたは、苦しい場所へ自分を追い込もうとされるのだ。
オスカルの背中に悲壮なものを感じ、ジェローデルは痛ましく感じた。
准将という立場に相応しい重々しいが華やかな軍服から、白い首筋、細い手首が垣間見える。彼女の胸元の豊かさも、くびれた腰の線も、隠しきれるものではない。馬の上で揺れるそれは、背後のジェローデルに微かな劣情を感じさせる。流したままの豪華な金髪が揺れて、時たま注がれる青い流し目もまた、冴え冴えとする色気を感じさせるのに十分であった。
オスカルは近衛に入隊した時から、少年のような美しさが群を抜いていたが、年月が流れるにつれさらに磨かれ、彼女を女性として意識し続けてきたジェローデルには、おいそれと触れることが出来ないほど眩しい存在となっていた。
・・・本来なら、男性の愛を一身に受けて、屋敷の奥で優雅にお暮しになるのが相応しいお方であるのに、軍人としての生き方を貫こうとされている。どんどんと苦しい道ばかりを選んでいかれる・・・そういう方なのだ。
彼女が、女性としての幸せを手にしていないのも、ジェローデルは知っていた。
そう、あの舞踏会の日。
フェルゼンと踊る、外国の貴婦人がいた。
それは優雅で美しく、美しさゆえ悪魔に姿を変えられた白鳥のようなしなやかな体の線が、フェルゼンの腕の中にあった。
どこかで見たような・・・と記憶を探っていたジェローデルに、ソフィアが囁いた。
「あれは、オスカル様だわ。」
女性の確かな勘を感じ、ジェローデルは息を呑んだ。
・・・まさか。
あまりの印象の違いゆえ、すぐには信じられなかったが、確かにオスカルであった。だが、その姿はすぐに幻のように消えていき、真実は分からない。
・・・オスカル嬢、あなたはフェルゼン伯爵を・・・?
愛しているのか、とは言葉にしない。
ジェローデルは、簡単に愛しているというこの国の貴族の風潮が嫌いだった。まるでさかりのついた犬のように、あちらこちらで情交に励む貴族たちの姿にうんざりとしていたのだ。自分の母も公然の恋人を持っている。いろいろな物に斜を構えたような見方をするのも、子供だった自分よりも、肉欲を満たす恋人の方が大事であった母に大いに原因があったかもしれない。だからといって傷つくような繊細な心の持ち主ではない。前途有望な貴族の士官として、尊敬も女性の人気も集める彼であったが、変わり者と呼ばれる生き方を・・・自ら好んでいた。
それは、ある女性の背中を知らずに追っていたのかもしれなかった。
今も自分の前にいる・・・その女性。
幼い頃の不器用でくそ生意気だった彼の前に、金髪をなびかせながら登場したくそ生意気な少女。
女なのに男言葉を話し、剣を扱い、少し年下の彼を子供扱いした、類を見ない変わり者。
彼女の存在のおかげで、ジェローデルもまた未だ妻帯もせず、鬘も被らず、好きでもない女性の誘いを平然と断ることに何の躊躇も感じない生き方を選ぶことが出来たのだ。
身だしなみにも手を抜かぬ一見優男だが、軍人としての腕は鍛え抜いている。その彼に、もう父母ですら彼の自由は奪えなかった。
・・・そんな私の自由にならないのは、この方のお心・・・。
ジェローデルにとってオスカルは、自由にはばたく鳥であった。男たちより凛々しく、王妃を支え、思うように意見を言う。近衛隊の隊長として指揮をし、長年見事に統率をとってきた。
・・・誰か一人の男のものになるなど、考えはしなかった。普通の貴族の女性として生きる道などお選びになるはずがないと、確信していた。だが・・・この方もやはり女性だったのだ。ドレスを身に着け、男の腕の中で踊る・・・。おそらくフェルゼン伯にずっと思いを寄せられていたのであろう。だが、フェルゼン伯にはもうあの女性がいらっしゃるのだ。オスカル嬢の思いが実ることは、あるまい。この方は・・・お独りなのだ。
痛ましさがさらにつのる。軍服の中に秘かに息づいている女性の身体に悲哀を感じた。この体は、思いを寄せる男に抱き寄せられることを求めているのだ。そしてまた、抱き寄せて、苦難から遠ざけ、心の重荷をゆっくりと降ろしてあげる男性が現れねば、どこまでも辛い道を歩むことを決してやめることはできぬのだ・・・。
・・・私ではいけませんか?オスカル嬢。
ジェローデルは、物思いにふけっているオスカルに熱い視線を向けた。
自分の中にずっと脈を打ち続けていた思いの正体を、彼はずっと以前から自覚していた。いずれその思いに決着をつけるつもりだったが、その日は近いのだろう。
ジェローデルは、微笑みをオスカルに向ける。
・・・私が生まれて始めて、愛していると告げるのは、オスカル嬢・・・あなたですよ。
まぎれもない決意だった。緑の瞳に愛おしさが覗く。
その彼の瞳の奥に一瞬、ここにはいない黒い髪の男性が浮かんだ。
ジェローデルにとっても旧知の、オスカルが自らの傍らに好んで置く幼馴染の姿。
彼女にとって、紛れもなく大事な存在の、しかも男だった。
・・・いや、従者の身分では、大空を飛び続けた鳥の、疲れた羽を休める懐は持てぬのだよ。この方は貴族なのだ。身分も財産も無い平民の君には守ることは出来ぬのだ・・・
僅かに浮かんだ懸念を一笑に伏し、ジェローデルは毅然と頭を上げた。
己に天から遣わされた女神を守ろう、と。
その女神がふっと、振り向く。
「ジェローデル大尉。」
オスカルが、彼の名を呼ぶ。馬の歩みが遅くなり、彼と駒を並べる形になった。
「君は、自分の容姿に自信があるか?」
「は?」
思いもかけぬ言葉に、彼は驚いた。
だが、青い目は、真剣に問いかけていた。






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「ベルサイユのばら」の二次創作です。個人的な楽しみで執筆しております。原作関係者の方々よりクレームを受けた際には、中止します。お目汚しではございますが、お好きな方はご訪問下さいませ。

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