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運命の分かれ道13

直視が出来なかった。
オスカルは、客間におおらかに入ってきた従者の笑顔から目をそらした。
ベルナールのために使用されている客間には、自分のほかにベルナールはもちろん、ル・ルーもいる。だがアンドレは、真っ先に自分を見つめて、やさしく笑ったのだ。そして、もう起きたのか、と気遣う。
・・・お前は、いつもそうだった。
彼女は、苦く過去を振り返る。少年だった彼が現れた時から、アンドレはその年齢に応じた気遣いを彼女に示してきた。
共に剣の稽古をし、共に遊んでいた頃は、歳の近い友達として何くれと世話をやいてくれた。二人ではしゃぎすぎ、藪の中につっこみ、全身に細かいかすり傷を受けた時は、彼は自分の手の甲の傷はペロッとなめただけなのに、オスカル頬にできたごく小さな傷に驚き、慌てて自分の祖母を呼びに走っていた。後で祖母に大目玉をくらうのを覚悟の上で。
少し成長して、オスカルが士官学校に進みだした頃には、アンドレも屋敷の使用人として一人前に働きだしていた。そこには自然に身分や境遇の差が生じだしていたが、彼は距離をあけるわけでもなく、卑下するでもなかった。オスカルに豪華な食事の給仕をする使用人の彼は、貴族のマナーを懸命に覚え、彼女の食事が進まない時は体調の心配をし、その合間にワインやショコラなどの飲み物の知識を増やして、女主人が軍事の勉学にいそしむ横で、ワインの産地がどうの、銘柄がどうのと一人でブツブツ呟いていた。
そして、アントワネット様にお仕えするために近衛に入隊したのちは、彼女の従者として宮廷にも同行し始めた。この従者は、長く伸びた黒髪を主人に自慢し、可能な限り主人と行動を共にしてくれた。ジャンヌ・・・ロザリーの姉を捕えに向かった時も、彼は同行し、オスカルの命を救ってくれたのだ。
・・・平民のお前は、貴族の中で気苦労もあっただろうに。
貴族中の貴族であるオスカルには分からない苦労があったはずなのだが、この従者はいつも快活に、朗らかに、オスカルに接し、また時には苦い意見もあたりまえのように告げてくるのだった。
・・・だから、私は。前国王がお前を死刑にしようとされた時、自分が死んでもいいと本気で思った。
王太子妃だったアントワネットの乗馬に付き添っていたアンドレが、危うく王太子妃に怪我を負わせようとしたため、国王は激怒した。アンドレは皆の前に引きずり出され、死刑を宣告されたのだ。だがオスカルは、彼が苦痛を与えられながら無残に死ぬのが、耐えられなかった・・・自分の大切な者を奪うな、と。
「オスカル?」
視線を床に落とし、黙ったままのオスカルに再度声が掛けられた。
「具合でも?」
「いや。」
心配が加わった黒い瞳を拒否するように、彼女は軽く頭を振る。
「ただ客人の様子を見にきただけだ。そうそう、この客人の面会者リストに、一人加えてくれ。」
そう言って、目の前の少女をあごで示す。アンドレは呆れたようにル・ルーを見ていた。
「いろいろとベルナールと議論したいようだ。お前か・・・ロザリーが同席してやってくれ。」
「よろしくね、アンドレ。」
フワフワと、少女の頭が揺れた。何か思案しているときの、少女の仕草であった。
「・・・でも、アンドレはお姉ちゃまのお世話で忙しいから、ロザリーお姉ちゃまにお願いするわ。ね、いいでしょ、オスカルお姉ちゃま?」
「・・・私は、構わぬ。お前たちに全て任せる。」
そっけなく答えたオスカルは、アンドレの顔をチラッと見たあと、すぐに彼の手元に視線を落とした。
「ああ、これか。」
察したように、アンドレは答えた。
「ベルナールの着替えだよ。ロザリーに頼まれたんだが・・・ロザリーは、まだ来てないようだな。」
「・・・ああ。」
「仕方ない、それでは・・」
アンドレは、どこか楽しげにベルナールの寝台に近づいてきた。
「俺が着替えさせてやろうか?ベルナール?ん?」
「馬鹿野郎!男に着替えさせられてたまるか!」
ベルナールは、上掛けを被りながら怒鳴った。
「お前ら、揃いも揃っておかしいんじゃないか?もう放っておいてくれ!引き渡すなら、とっとと引き渡せ!」
「おい、食事もろくに取ってないそうじゃないか?ロザリーが心配していたぞ。」
怒鳴り声などに頓着せず、アンドレは親身に話しかけた。
「着替えは冗談だ、安心しろ。だけど、食事は取るんだな、ロザリーが、今から持ってくるはずだ・・・ロザリーのためだと思って、食べてやれ。」
そう言って、彼は手に持っていた着がえを、寝台の上に丁寧に置いた。ベルナールは反論しかけたが、その口は動きをやめて閉じてしまった。
・・・ロザリーのため、か。
オスカルは、アンドレの背中の動きを追っていた。
寂しさが、ブラウスに隠された彼女の白い胸に風穴をあけていく。
常に自分に向けられていた温かさが、ようやく別の女性に向けられる日が訪れたのかもしれない、と。
そう・・・一人前の男性なら、当たり前のことなのだ、伴侶を得るということは。ただ、今までアンドレにそんな日がやってくることになど、オスカルが考えなかっただけのことだった。彼女に向けられていた微笑みが、やがて・・・・別の女性に、より多く向けられていくということを。
もっとも彼女は、自分が彼の伴侶になるなど、これっぽっちも思ってはいなかった。
二人の間に歴然と存在する身分の差のため、であった。今のオスカルには、その慣習に疑問など挟む余地もなかったのだ。
・・・だが。
風穴から、彼女にも名前がつけられぬものが、どんどんと溢れ出していた。
それは、胸に強く押し当てられた右のこぶしですら、
もはや・・・止めることは出来なかった。
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「ベルサイユのばら」の二次創作です。個人的な楽しみで執筆しております。原作関係者の方々よりクレームを受けた際には、中止します。お目汚しではございますが、お好きな方はご訪問下さいませ。

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