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運命の分かれ道12

・・・わあ・・・
ル・ルーは心中で呟いた。
・・・オスカルお姉ちゃま、非常にご機嫌が麗しくなさそうだわ。
扉からぬっと現れた敬愛すべき叔母は、一見穏やかそうだが、それはただ、そう見せているだけだとル・ルーは感づいていた。その証拠に・・・目が笑っていなかった。
・・・お祖母様にそっくりだわ。
新たな発見に、嫌な予感が掻き立てられた。彼女の祖母、すなわちオスカルの母はとても控えめで、争いごとを好まず、怒鳴ったりなど絶対しない女性なのだが、怒らせると、ある意味・・・怖かった。あのエベーラの薬が引き起こした事件以来、ル・ルーが少し、そう、ほんのすこ~し羽目を外しただけで、口元は笑っているが目が笑っていない祖母が、幼気な孫を自室に呼び出すのだ。そして、こう言うのだ。
「さあ、今日は何をお教えしましょうか?刺繍でも結構ですし、クラブサンをお弾きになりたいなら、私が聞いて差し上げますよ。あなたのお好きなものをお選びなさい。ああ、でも、剣のお稽古は、私には無理ですからね、それはご遠慮して下さいね。」
そこで、やっと楽しげにホホ、と笑う祖母。それと同じ匂いが、目の前の叔母からプンプン匂っていた。
「ごきげんよう、オスカルお姉ちゃま。」
ベルナールの寝台から離れ、スカートをつまんで挨拶する少女に、オスカルは腕を組みながら、答える。
「ル・ルー、ここで何をしているんだ?」
「あら、お勉強よ。」
オスカルの普段よりも数段低い声に動ずることなく、ル・ルーは可愛らしく首を傾げた。
「これからの貴族の女性も、物知らずでは生きていけないわ。折角、黒い騎士がこの屋敷にいるのですもの。ル・ルーには、お尋ねしたいことが山のようにございます。よろしいでしょう?お姉ちゃま?」
・・・大体、誰のためだとお思いなのかしら・・・?
ル・ルーは、ゆっくり近づいてくる美しい叔母に無言で訴えた。
・・・未来からきたオスカルお姉ちゃまは、アンドレにぞっこんだったわ。お二人は、結ばれる運命にあるの。だけど、今のままの世の中では、ご一緒になれない。神さまの前で夫婦となれないのよ。誰も知らないところお逃げになるか・・・新しい世の中になるのを待たなくっちゃ。それに・・・
あの夜、庭園で遭遇した血まみれのオスカルを思い出す。
・・・それほど遠くない未来、何かが・・お姉ちゃまを傷つける何かが起こるの・・・!それがなんなのか、まだ分からないけど、この黒い騎士になった人には、少し力を感じるの。時代を動かす力・・・?のような。
だから、ル・ルーはどう叱られようと、一歩も譲る気持ちはなかった。
そもそも、子供だから、女だから、貴族だからこのように生きなさいなど、母のオルタンスはほとんど言わなかったのだ。妹が男として軍務につくなど一風変わった家に生まれた母は、のんびりとした気性もあってか、ル・ルーに大きな制約は課さなかった。むしろ、一人でベルサイユに送りだすほど、娘の不思議な実力を一番理解していたといってもいい。幼少からそんな環境にいた彼女だ・・・
・・・ル・ルーは、自分で決めるのだから。
頭上から、静かな青い目を向けてくるオスカルに、唇をとがらしながら、ル・ルーはあれこれ反論を考えていた。だが、ふーっと吐く息に続いて、オスカルは言った。
「彼は、黒い騎士ではなく、私の客人だ。不手際があって怪我を負っているのだ。話をするのはいいが、無理はいけない。それに、お前と二人きりというのも、彼には荷が重かろう。これからは、ロザリーかアンドレが同席の時だけにするのだな。」
「は~い!」
意外な許可が下りて、ル・ルーは驚きながらも元気に返事をした。驚愕していたのは、寝台の奥で黙って成り行きを見守っていたベルナールだった。
「・・・俺が、客人だと!馬鹿も休み休み言え!」
前に身を乗り出した彼の肩で、包帯が揺れた。
「し、しかも、こんな子供を、俺の部屋に入れて平気なのか?き、貴族というのは、子供が可愛くないのか?え?」
つばがル・ルーの側まで飛んできた。黒い瞳が、オスカルを睨んでいる。オスカルは、その瞳を直視し、微笑んだ。
「子供に愛情を持つのに、身分は関係あるまい。私は、このル・ルーを尊重しているだけだ。先ほどの二人の会話を聞いていたが、なかなか鋭いことを言っていた。どうすれば、皆が幸せに暮らすことができるのか・・・そんな答えがあるなら、私も知りたいと願う。そしてル・ルーは、普通の子供ではない。端的にいうと、変わり者だ。議論したら、お前といい勝負になるかもしれぬしな・・・」
「まあ!」
ル・ルーは喜んでいいのか、憤慨していいのか、首を傾げながら考えた。
・・・オスカルお姉ちゃまのことだから、誉めているのかしら。でも、ル・ルーを怒らないなんて、お姉ちゃまのご機嫌が悪く思えたのは勘違いだったのかしら。
だが、オスカルは笑みを張り付かせたまま、ベルナールに鋭い視線を投げかけた。
「しかし、・・・もしル・ルーを人質にしようなどと考えたなら・・・お前の命は即刻無いと思え!」
・・・やだ、やっぱり、機嫌が悪いわ!それも、物凄く!
理由の分からぬ怒りを漂わせているオスカルと、気迫に押されて黙ってしまったベルナールの間で、少女は視線を交互に動かしていた。
・・・オスカルお姉ちゃまは、なぜこんなに怒っているのかしら?
黒い騎士に怒りを感じるのは当然だと、ルールーは思っていた。なにせロザリーを誘拐した上に、あのアンドレに深手を負わせたのだから・・・!しかし・・・いささか時間が経ち過ぎている。アンドレも何事も無かったように屋敷の仕事に復帰し、オスカルの当初の怒りは、理性のもとに和らげられてきたように感じていたのだ。
・・・だったら、理由は別にあるはず。今は何だか分からないわ。いつ向くか分からない怒りからは、距離を置いた方がいいわね。そうと決まれば。
とばっちりを受けないように、いざとなったら逃げるべく、彼女はそっとペンとインクと紙を手に抱えた。
その時、場の雰囲気を全く気にしないように、大きく扉が開いた。
「ああ、オスカル、もう起きたのか。」
衣服のような物を片手に持ちながら、アンドレが立っていた。彼は、まずオスカルを気遣うように見て、そこで自然に優しい光を浮かべた瞳を、今度はル・ルーとベルナールに向けた。
・・・あら?
ル・ルーは不思議に感じた。
彼女の目の前に、オスカルの白い手があったのだが、アンドレが姿を見せた途端、それが両手とも握りしめられたのだ。
血の気が引き、爪の跡が残らんばかりに・・・きつく。
思わず見上げると、叔母は不自然にアンドレから視線を外していた。
ほんのわずかなさざ波。
海のような青に揺れたそれが、
寂しさのように、少女には思えたのだった。



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Author:kakonokaori
「ベルサイユのばら」の二次創作です。個人的な楽しみで執筆しております。原作関係者の方々よりクレームを受けた際には、中止します。お目汚しではございますが、お好きな方はご訪問下さいませ。

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