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運命の分かれ道10

鳥が、ツィーと鳴いた。
それを合図に、ソファーの上の金髪が、日の当たらぬ場所から、太陽が煌めく中に一気に踊り出た。艶やかに波打つ、金の色。適度な重みを持ったそれは、ソファーの背もたれから、滝のように落ち、その麗人の背中に到達し、とまる。その光の頂点で、白い顔が、こらえていた息を深く吸い、吐き出した。
オスカルは、とっくに二人の気配が消えた室内を、胸の動悸とともに見渡した。
「あの二人・・・アンドレとロザリー・・・」
形のよい唇から、驚きが漏れた。
「・・・まさか・・・」
二人は、抱き合っていた。
この自分の部屋で。
早まる胸の鼓動に手を当て、彼女は足元の絨毯を見下ろした。
抱き合う姿を、直接目にしたわけではない。アンドレとの会話中に、心地よい眠りの中に引きずりこまれた彼女だったが、訓練された軍人の性なのか、話声で目が覚めたのだった。それは、彼女にもっとも親しい者たちの声であったから、警戒もせず、完全に眠りが去らぬ頭でぼんやりと聞いていた。だが、彼女が目覚めているとは知らずに交わされる会話に、穏やかな気持ちがだんだんと失われていった。
・・・アンドレもロザリーも、私の知らぬことを話していた。
主人に隠し事を許さぬなどという狭量な心にオスカルは無縁であったが、彼らの雰囲気があまりに・・・親しすぎた。
そして・・・。
「私には、何を話しているのか、さっぱり分からなかった。ああ、アンドレ、やはりお前には隠し事があったのだな・・・。それは、ロザリーのことなのか。」
哀しさが、オスカルの指を震わした。その指は疑問を吐き出す唇に、そっと添えられる。
すべての会話を聞いていたわけではなかったが、アンドレとロザリーの声は弾むような艶を持ち、信頼を分かち合った者同士の、楽しげで切なげなものだった。その会話が交わされる最中、我知らず身動きが取れなくなったオスカルは、瞳だけをそっと開き、自分の頭の位置からようやく見える絨毯を、息をこらしながら見つめた。
「・・・!」
そして、驚いた。
窓からの光つくる絨毯の陽だまり。浮かびあがる二人のシルエット。
それが・・・一つになったのだ。
抱き合った二人の影に驚くオスカルに、泣きじゃくるロザリーの声が密やかに響いてくる。すると、アンドレがなんともやさしくロザリーを励まし、二人にしか通じない話で、笑いあったのだ。オスカルは、起き上がることが出来なかった。「すぐにベルナールの着替えを持っていくから」というアンドレの言葉で、二人が部屋を出ていった後も、彼女はシルエットの消えた絨毯に、そのままの姿勢で視線をさまよわせていたのだった。
ようやく肘かけに体を預けた女に、再び鳥が呼びかける。
ツィー、ツィー。
別の鳴き声が重なる。
ツィー。
姿を知らぬ二羽は、共に飛び去ったようだった。
「・・・そう、なのか、アンドレ。」
オスカルは、鳴き声を追うように窓を眺めた。
「お前は、ロザリーと?」
はっきりとした確信が持てぬまま、疑惑だけが心に生まれた。
・・・アンドレ、だから、最近のお前は、私に近寄らぬのか?
我知らず、胸に強くあてられた右手が、大きくなった鼓動をとらえていた。
・・・お前が、見詰めていたのは私ではなく、ロザリーなのか?
春風のような、愛おしい娘。不幸な生い立ちの中にあっても、美しい花を咲かせてきたロザリー。その花はバラのような派手なものではないが、自分にはない真の美しさを持っている。幸せになって欲しい、と願ってきたのだ。
「アンドレ、ロザリー、もし本当に愛し合っているのなら・・・祝福せねばならぬな。」
時には冷たいと噂される横顔には、彼らを保護する人間としての笑みが浮かんでいた。物心ついてこのかた、彼女の中で自然に育まれてきた他者への思いやりと愛情が、その顔を凛と上げさせた。
足元に、すべり落ちる毛布。
震える指。
にじむ涙。
それらは無理矢理、オスカルの眼中から追い出された。
・・・だから、アンドレ、もう私の夢には出てくるな・・・!もう、私を、そっとしておいてくれ!
毎夜、夢の中で彼に抱かれる自分が何を言っているのか、どんな声をあげているのか、オスカルは覚えていなかった。ただ、裸にされ、男の肌の熱を与えられ、欲望に晒される身体の感触だけが、夢から覚め、現実に男のものになったように、寝台の上で空ろに身を横たえる彼女に、ただ残されていた。アンドレが自分を押さえつけながら、ささやく言葉もまた、朝の光の彼方に消えていき、存在さえ定かではなかった。
「愛してなど、いない。」
彼女は、自分に言い聞かせた。
「そう、愛してなどいない。あれはただの夢だ。夢の中ですら、愛していると言わないでは、ないか・・・私もお前も。私が愛しているのは・・・」
フェルゼン、と言葉にならぬ声が漏れる。
「あのエベーラの薬で倒れてから、私は少しおかしいのだ。ただの薬の後遺症なのだろう。一種の媚薬、だったのかもしれない。私は、女ではない。男なのだ。だから・・・ああ、唯一の恋も諦めたのだ。だから、アンドレ、もしお前とロザリーの気持ちが通じ合っているのなら・・・」
・・・
幸せになっておくれ・・・
続けて言おうとした言葉は、それだった。
だが、その言葉はしかし、ついに彼女の喉からでてはこなかった。
理性を無意識に拒否する声帯に、しばし戸惑う。
やがて、自分が何を感じているのか、分からなくなったオスカルは、首を振り、ベルナールの様子を見るべく立ち上がった。





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とっても素敵なストーリーをありがとうございます。それぞれのキャラクターが原作に比して違和感なく、心情描写にも説得力があって引き込まれてしまいます。運命が少しでも良い方向に変わっていくことを願いつつ、今後の展開を楽しみにしております。

ありがとうございます!

お読み頂き、ありがとうございます。

拙作を細々と続けれるのも、ベルばらの絶大な世界観を作り出した池田先生のお力です。
二次創作は、そんな原作があるからこそのものです。
そう、はっきりいえば、付け足しというか、カッコウもどきといいますか・・・
それでも、オスカルとアンドレの幸せな結末を、どうしようもなく夢見てしまうのですよね。

原作に最大限の敬意を掲げながら、これからも同じく細々と続けてまいりますので、
よろしくお願い致します。
プロフィール

kakonokaori

Author:kakonokaori
「ベルサイユのばら」の二次創作です。個人的な楽しみで執筆しております。原作関係者の方々よりクレームを受けた際には、中止します。お目汚しではございますが、お好きな方はご訪問下さいませ。

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