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運命の分かれ道8

傷の痛みにうめいた自分の声で、ベルナールは目が覚めた。
汗にまみれながら、首をまわす。ここがどこか、一瞬理解できなかった。
温かく柔らかい寝具の感触、目に入る豪華な天蓋。高価なレースのカーテンがゆらす光が、大金であつらえた貴族の客室につつましげに漂っていた。
・・・母さん。
幼い頃に失った、最愛の母の面影が、なぜかベルナールのまぶたに浮かんだ。
母が彼を産み、育てたのが、趣味の差こそあるが、こんな貴族の屋敷だったからかもしれない。ほんの子供の頃のみの記憶だったが、金にあかせた屋敷の中で、金にあかせた暮らしを送っていたのだ・・・自分も、かっては。
・・・父は、貴族だった。庶民から搾取した金でやりたい放題の、鼻持ちならぬ貴族の男だった。
その貴族の男は、汗水流して働くなど、考えもせず、金で女を屋敷に囲い、その屋敷を気の向くまま訪れ、金と権力の前に抗うことのできぬ女を、勝手気ままに、抱いた。母は貧しい平民だったが、美しい女であったのだ。
・・・そうして生まれた俺なのに、母さんは息子として愛してくれた。俺だけを愛して、抱きしめてくれた。
記憶の中の憂いに満ちた美貌は、笑みすら浮かべていない。昼日中であっても、訪れた父に部屋に呼ばれ、何時間も何時間も二人が姿を現さないことが、度々あった。その時間の中に少しでも優しさと思いやりがあったのなら、と成長した彼は何度も願ったものだった。
母が、父を愛していたのか、貴族に囲われる以外に別の望みがあったのか・・・もう知る術はない。
「貴族など、大嫌いだ。」
父も、貴族も、この国の身分社会も。その反発と意地だけで、ここまで生き延びてこれた。
静まりかえった部屋で、ベルナールは仰向けのまま、耳を澄ます。
屋敷の使用人へのしつけが行き届いているのか、それとも誰もこの部屋に近寄らないようにされているのか、人の気配は感じられなかった。
・・・今なら、逃げられる。
手負いの身であるが、動けぬほどではない。この程度の窮地なら、彼は何度もくぐり抜けてきた。まして、黒い騎士として、名だたる貴族の屋敷に忍びこんできたのだ。屋敷のどこから逃げれば目につかないか、大体の見当をつけることが出来た。
「・・・いや。」
しかし、ベルナールは、首を振った。
卑怯だと、心が言うのだ。何故だか分からないが、あの女貴族から、他の腐った貴族とは違う清潔な香りを嗅ぎ取ってしまったのだ。そもそも、彼を銃で撃ったのは・・・・あの少女だった。
「ロザリー・・・」
春風のような軽やかさを身にまとった女性。母を殺され、ベルナールの腕の中で「殺してやる」と叫び嘆いていた、やせっぽちの少女。それが長い年月を経て、一人前の美しい女性となって、彼の前に現れた。
「美しいだけでなく・・・しかも、強い。」
その強さは、ベルナールの母には・・・無かったのだ。
・・・彼女に対して、怒りはない。そもそも、俺が引き起こしたことだ。あの貴族の女に追い詰められたとはいえ、あいつの従者の眼を傷つけ、ロザリーを誘拐した・・・やり過ぎたのさ、俺も。
甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるロザリー。罪人として引き渡さず、人間らしく扱ってくる女貴族。
自分の非を、ベルナールは受け入れた。貴族全般への恨みを、こんな形で晴らすべきではなかったのかもしれない、と。
・・・あのオスカルという女は、生意気だが、忠実に自分の使命を果たしただけだ。それなのに・・・
彼女が自分にムチを振り上げた時の、形相が浮かんだ。「お前は、アンドレの目をつぶした!」と怒り狂っていた。
「・・・あの女、泣いていた・・・あのアンドレっていう、平民の従者のために・・・」
黒い騎士に扮した、自分と背格好のよく似た男が、軍人でも貴族でもなく、彼女の従者に過ぎないと、この屋敷に連れてこられて始めた知ったのだ。その従者は、自分が怪我を負わされたというのに、ムチを振るおうとするオスカルを冷静に諌めていた。そして、女貴族はムチを収め・・・なんと、泣き崩れたのだ。
「なんなんだ、あの二人は。貴族と平民だぞ、どうなっているんだ・・・」
自分の価値観では測れないものが、この屋敷にはある、ということ。
本来新聞記者である彼の好奇心と、そして幼き頃から求めていた理想が、広い客間の空気の中にそこはかとなく含まれている、新しい価値観を必死に嗅ぎだそうとしていた。
その時、足音が聞こえてきた。
誰かが、この部屋に向かっている。
「・・・」
男の足音ではなかった。身構えたベルナールから力が抜ける。
「・・・ロザリー?」
静かに開こうとする扉の向こうに、彼は呼びかけた。我知らず、期待と喜びが、声を弾ませる。
しかし・・・。
「・・・なんだ、お前?」
ベルナールは、動揺した。現れたのはロザリーではなかった。しかも大人でもなかった。
ふんわりとしたくせっ毛を、リボンで二つに結った少女が、斜めに顔をのぞかせて、彼を見て、いや、観察するように瞳を輝かせていたからだった。
「誰だ、お前は?」
彼の再度の問いかけに、少女はニッコリと笑った。その腕には、少女そっくりと思える人形が抱えられていた。
「あなたが・・・黒い騎士?」
少女は、怯えもみせずに部屋に入ってきた。
これぞ大いなる・・・
本当の新しい価値観の登場だと、ベルナールはまだ知るよしも無かった。




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ほんとうに偶然でしたね。

私も驚きました。

ベルナールも含めて、ベルばらは、脇役も味がありますよね。
間違いなく、名作です。
大人になればなるほど、切なくなるような・・・。

果たして運命は変えれるのか、幸せな結末が待っているのか、
それは、ずっとずっと先の事です。
(少なくとも、この「運命の分かれ道」では、結末までたどり着きません。)

私も、幸せな結末を迎えられることを、願って止みません。
拙作が結末までたどり着けることもまた・・・願って止みません。

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ありがとうございます!

私も楽しみながら、更新していきたいと思います。

これからも、宜しくお願い致します!
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kakonokaori

Author:kakonokaori
「ベルサイユのばら」の二次創作です。個人的な楽しみで執筆しております。原作関係者の方々よりクレームを受けた際には、中止します。お目汚しではございますが、お好きな方はご訪問下さいませ。

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