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運命の分かれ道6

アンドレは、ロザリーに感謝していた。
・・・もし、ロザリーが部屋に入ってこなければ、俺は、オスカルに何をしたか分からない。
男の欲望が、疼いていた。
まさか、オスカルが自分の目の前で眠るなど、思わなかったのだ。ロザリーが姿を現すまで、ほんのわずかなだが刻があった。
・・・無防備にも、ほどがあるぞ。
心の中で、未来の妻・・・になるかもしれない女性の隙だらけの姿に、あせりを感じた。よもや、自分以外の男性、フェルゼンや近衛の部下たちの前でも、自分の知らぬ間に、このようなしどけない姿を晒しているのか、と。
だが、愛しい女性は、やすらかに軽い寝息を立てている。常に軍人として気を張って生きている彼女が、安全だと思わぬ場所で、このように眠ることなど、あるはずがないのだ。
「・・・オスカル。」
アンドレは何とも表しがたい気持ちで、彼女の白い顔を見つめた。この女性は・・・自分を信じきっている。
「可哀そうに・・・女の身で、ここまで・・・」
彼女を前に、決して言ってはならないと秘めていた言葉が、思わず漏れた。
オスカルは、疲れている。
黒い騎士騒動の中、アンドレの左目が傷つき、ロザリーがさらわれ、彼女自身もパレ・ロワイヤルで拘束された。気丈な彼女であるが、もしアンドレが黒い騎士に扮して助けに行かなければ、どうなっていたか・・・。
・・・黒幕はオルレアン公なのだ、最悪、命を奪われていたかもしれない。そして、いかに軍人といっても、女の身。どんな辱めを受けたかもしれないのだ。監禁されていた間・・・どんなに恐ろしい思いをしたことだろう。
失われずにすんだ宝物に、その金髪に触れようとした指が、震えて、止まる。
彼には、一度触れたが最後、その宝物を抱きしめないでおられるという自信がなかったのだ。アンドレはその指を、深い緑のソファーの背もたれに落とした。広まりからまった金髪が一筋、深い緑に金糸のような煌めきを与えていた。指が、そっと金糸に近づき、触れる。同じ場所を撫でていた指は、恐る恐る、その一筋をからめ、持ち上げた。愛しさに耐えきれなくなる男の唇が、そっと、押し当てられる。そして熱を持った黒い瞳は、女のすらりとした肢体を、愛撫しだしていた。緩まったブラウスの襟元から、胸元の隆起が覗いている。
・・・だめだ!
彼は、髪から指を放し、目をそらした。
・・・俺は、お前と真に愛し合うまで、触れぬと誓ったんだ。その日が訪れるまで、お前を守ために、強く生きると誓った。
足はゆっくりと窓に向かう。庭園の木々が、緑の光を放っていた。あの日、愛し合ったオスカルに送った白いバラと同じ品種が、まだ、その緑のいずれかに咲いているはずだった。
・・・俺は、誓ったんだ。
平民で従者にしか過ぎない男に、すべてを与えてくれた女性に相応しい男になろう。そして、未来で待っていてくれる愛しい妻と再会すると。
「まあ、まず、お前に風邪を引かさぬことが、俺の役目だな。お姫様。」
まぶたに傷が残ったままの左目で、ウィンクして、アンドレは寝室に毛布を取りに行こうとした。だが、足が動かなかった。視線ばかりが、寝室の扉に向かおうとしている。
あの日、何も知らぬオスカルが目覚めた朝から、寝室には一度も入っていなかった。あの時から、暗い洞窟の奥に潜む、盗賊の宝の隠し場所のように、危険と蠱惑に満ちた、決して入ってはいけない場所になっていた。
・・・いや、俺は、毎夜、あそこに訪れている。
アンドレから自嘲の笑いがもれた。
あれから、夜が訪れるたび。
夢の中で・・・彼はオスカルを抱いていた。
その身体を組み敷き、何度も愛していると囁き続ける夢。愛する女と繋がる快楽に、背中に戦慄が走るほどにリアルなものであった。それは昼間に押さえ続けた欲望が、夜になると、男の身体の中で耐えきれずに悲鳴を上げていたからなのだろう。
だが哀しいことに、夢の中の女は、一度も愛していると囁きかえしてはくれなかった。アンドレが求めてやまぬ愛しい声を、夢は聞かせてくれなかった。やがて、愛しているという男の声だけが夢の中の寝台で、叫ぶように大きくなるのだった。
・・・このまま、お前を抱き上げ、寝室に運び、かってお前に与えたような愛撫を再び、その手に腕に胸に与えたなら・・・オスカル、お前の身体は何か思い出すかもしれない・・・愛していると、言ってくれるかもしれない・・・!
その悪魔のささやき。
待つ、という辛さがもたらしたものを、ロザリーの訪れによって、なんとか無事にまぬがれたとアンドレは安心した。
だが、その暗い思案が・・・、
知らぬ間に心に細く根をおろし始めていたのを、彼は気づくことが出来なかった。







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「ベルサイユのばら」の二次創作です。個人的な楽しみで執筆しております。原作関係者の方々よりクレームを受けた際には、中止します。お目汚しではございますが、お好きな方はご訪問下さいませ。

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