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運命の分かれ道5

大きな風が唸った。
廊下を歩くロザリーの横を、窓ガラスを震わせながら、それは通り過ぎていった。
彼女は首をすくめる。今日は雨でも降るのかしら、と空をガラス越しに見上げたが、朝から続く青空に何の変化も見受けられなかった。
「いいお天気だこと。」
彼女は、顔に降り注ぐ光の温かさに、足を止めた。ここ数日の黒い騎士の出来事によって痛めた心に、やっと生まれた余裕が、ロザリーを微笑ませた。
ベルナールの容態も回復に向かっていた。
オスカルを助けるためとはいえ、母が亡くなった時の恩義がある彼に銃を向け、撃ってしまったのだ。命に関わらない軽症で済んだと、彼女は心から安堵していた。せめて傷が癒えるまで精一杯看病しようと、時間が許す限り、彼の枕元に詰めている。
「私、一体、どうしたのかしら・・・」
頬を押さえながら、彼女は空に呟いた。その口から、深いため息がもれた。
あの時。
育ての母が、実の母の乗る馬車に轢き殺された時、ロザリーは・・・全くの一人ぼっちだった。腹違いの姉ジャンヌは家出をし、永遠の片思いの相手であるオスカルにも出会う前の、ただの貧しいやせっぽちの少女であった彼女に、無償で手を差し伸べてくれたのが・・・
「ベルナール、だったの。」
その恩義を忘れたことなどなかった。彼のおかげで、母を見送ることが出来たのだ。
「・・・ひょっとして、未来のオスカル様がおっしゃっていたのは・・・」
ロザリーにも現れる、生涯の伴侶。
あの未来から意識だけが戻ったオスカルから、それが誰なのか、ロザリーは尋ねなかったが、しかし・・・
「あの人、なのかしら・・・オスカル様・・・」
もう、否、まだ存在せぬオスカルに、問いかける。
近衛連隊長という地位にいるオスカルに言いたいことを言い放ち、堂々と裁きを待つ男の中に、貧しい人々へ真の思いやりを感じ、どんどん心が吸い寄せられるのを、彼女は止めることができないでいたのだ。
また彼女が撃った傷の手当てをする最中、血を流す傷口に動揺するロザリーに、ベルナールは銃創の痛みに顔をしかめながらも、母を失った後のロザリーの生活を尋ね、身を売る境遇に陥ることもなく、オスカルに守られて生きてきたことを聞きだすと、安堵の表情を浮かべた。
「あの少女がどうしているのか、気にはなっていたが、なかなか様子を見にいくことが出来ず、やっと家を訪ねたときには・・・すでに別の家族が住んでいた。力になれず、すまなかった。」
憎悪する貴族の世話になった娘などと決して責めず、逆に申し訳なさそうに謝るベルナールに、ロザリーは瞳に涙を溜めながら、首を振った。
その胸の中に生まれた感情が、何か。
ロザリーには、もう分かっていた。
かって、オスカルに抱いた憧憬に近い恋とは違う、もっと本能に近い・・・もの。
「オスカル様、ロザリーは、ようやくオスカル様のお気持ちが少し理解できたような気がします。」
ほんの二日間現れた未来のオスカルの、アンドレに対する狂おしいまでの愛情。その入り口に、自分も足を踏み入れようとしている・・・。
「オスカル様は・・・こんなお気持ちでアンドレを思われていたのですね。」
それに気づいたロザリーは、オスカルに会いたくていてもたってもいられなくなり、ベルナールが眠りについたのを見届けると、女主人の部屋に向かう途中であったのだ。
今日は勤務がなく、オスカルは自室にいるはずだった。
「・・・オスカル様?」
たどり着いた扉をそっとノックする。
中から応えがあった。アンドレの声であった。
軽く力を入れて扉を開くと、金色と漆黒に光が反射していた。
逆光に目が慣れると、それは所在無げにたたずむアンドレの姿であった。彼は心底困ったように、ロザリーにソファーにもたれ掛っているオスカルを示す。
「いいところに来てくれたよ、ロザリー。」
ほっとしたように、彼は言った。
「こいつ、大事な話の途中で黙り込んだかと思ったら、いきなり眠り始めるんだ・・・悪いが、寝室から何か掛けるものを取ってきてくれないか?」
「まあ・・・」
ロザリーは、オスカルをそっと覗き込む。何の邪気もない、子供のような寝顔だった。しかし、その金髪は・・・。
「・・・!」
どうして私のオスカル様の美しい御髪が、こんなに乱れているの、と、彼女はアンドレに非難を向けようとした。だが、そのアンドレの黒髪もグシャグシャに乱れているのを見て、思わず吹き出してしまう。
「・・・二人とも、ル・ルーちゃんみたいだわ。」
「・・・俺もか。」
慌ててアンドラは、自分の髪を触る。その仕草にロザリーは笑いながら、気軽にオスカルの寝室に入っていった。部屋の中は寝台も侍女の手によって整い、清潔な匂いが漂っていた。が・・・ロザリーは不意に、アンドレを思い涙したオスカルの姿、口づけを交わしあう二人の姿の記憶もまた、薫るようにゆらめくのを感じた。
「・・ああ」
ロザリーは、目をつぶった。
自分が訪れた時、なぜアンドレは困ったように立ちすくんでいたのか、理由があったのだ。眠ったオスカルの身体に掛けるものなど、アンドレ自身で取りにくればよいものなのに、そんな些細な用事ですら、彼はこの寝室に足を踏み入れることが・・・辛いのだ。
振り返り、今入ってきた寝室の扉の無機質な模様を見つめる。
・・・まだ何もかも、遠い道の先にあるのかしら。
見えぬ未来に、ロザリーは問いかけた。








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Author:kakonokaori
「ベルサイユのばら」の二次創作です。個人的な楽しみで執筆しております。原作関係者の方々よりクレームを受けた際には、中止します。お目汚しではございますが、お好きな方はご訪問下さいませ。

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