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運命の分かれ道4

二十年以上の歳月。
・・・やさしく明るく、気の置けない幼馴染だと、彼を大切に思っていた・・・。
オスカルは、アンドレの大きな背中を眺めながら、改めて考えていた。
常に自分の傍らで、笑い、冗談を言い、時には怒り、諌めてくる、この男。
自分という、男でも女でもない特殊な存在を、見返りも求めず、辛い顔も見せずに、ただ全身で肯定し続けてきた、大事な従者であった。
カタリ。
その従者が断りもせずに窓を開けたため、ひんやりとした風がオスカルの頬を撫でさすった。彼はまだ振り返らず、短くなった黒い髪を、風になぶらせていた。
・・・こいつが、何を考えているのか、最近分からぬ。
焦燥感のようなものが、オスカルの胸中に芽生えていた。
アンドレの考えなど、息をするように容易く理解していると思っていた。いや、自分の考えと彼の考えが違うなどと、思いもしなかった。そもそも、彼女は彼に隠し事など持ったことがないのだ・・・フェルゼンへの恋心を除いては。
どんな些細なことでも、アンドレに問いかけ、愚痴をこぼし、怒りをぶつけてきたのだ。主従も身分も越えて、お互いの本音の言葉で、接してきたのだ。
だが、ここ最近・・・アンドレが自分の夢に現れるようになった頃から。
オスカルには、彼の心の中が、全く見えなくなった。
・・・私も、夢の中のアンドレを否定しようと、少し距離を置いたのだが・・・アンドレも、私に近づかなくなった。今のように。
だが近づかなくなったのは、あくまで物理的な距離のことだった。彼女の身体の近くには寄らないのに、ふと気配を感じると、部屋の反対側などから、かって見たこともないような優しい目を、アンドレは彼女に向けてくる。そんな時、そしらぬふりをしながら、オスカルは自分の身体が、熱くなるのを感じるのだった。
「私は、ベルナールを罪人として引き渡すことに疑問を持っているのだ。」
オスカルは、素直に悩みを吐露した。
「確かに、彼は盗みを働き、世間を騒がせた。お前を傷つけたのは、断じて許せぬ。それどころか、ロザリーを誘拐までしたのだ。許せぬ。許せぬのだが・・・私に、奴を糾弾する権利があるのだろうか。いや、そもそも、今のフランスに、正義などあるのだろうか?奴に罪を犯させたのは、そもそも、この国が正しく機能していないからではないのか?」
生真面目な彼女の言葉に、やっとアンドレは振り向いた。
「恐ろしいことを口にする。旦那様にでも知れたら、大変な騒ぎになるぞ。」
「安心しろ。お前にしか言わぬ。・・・もし騒ぎになったとしても、私は構わぬがな。」
ソファーの背もたれに、肘を掛けながら、オスカルは呟いた。アンドレは、窓に背を向け、彼女を見つめてくる。彼女は、その左目の傷に静かに告げた。
「・・・そういうことだ。」
それは、ベルナールを逃がしてもいいか、と。
「お前は、どう思う?アンドレ・・・お前には、異議を唱える権利がある。」
それを聞いて、アンドレは微笑んだ。その黒い瞳は、傷ついた左目諸共、優しい光を湛えていた。
「俺に異議を主張する権利を与えてくれて感謝するよ、オスカル。だが、俺に言える言葉は、ただ一つだ。」
苦しさ、疑問、哀しみを越えて導き出したオスカルの結論に、彼は答えた。
「・・・そういうことだ、よ。」
ふっ、と二人の間の空気がやわらぐ。
同意を示す男の穏やかな声。
その瞬間、彼女の肩にのしかかっていた様々なものが一息に軽くなった。重く苦しいものが、どんどんと溶けていくようであった。
しん、と再び訪れた沈黙の中、オスカルは不思議だった。
なぜこの男の声一つで、眠れぬほど悩んだことから自分は呆気なく解放されたのか・・・。
その答えが、一つの決断を下した解放感によって素直になった彼女の心に、チラリと姿を現そうとした。だが、
「あっ」
急に窓から強く吹き込んできた風にオスカルは驚いた。それにさらわれたように、答えは掴む間もなく、たちまち消えていった。アンドレを見やると、彼も黒い髪を大いに乱しながら、慌てて窓を閉めようとしていた。
・・・お前の髪も、私とル・ルーを笑えぬぞ。
心の中でつぶやいたオスカルは、片鱗だけを残して消えていった答えを諦め、ソファーに身体をあずけた。久しぶりに心地よい眠気を感じ、目を閉じる。
懐かしい男の香りを、風が運んできた・・・。
眠りに落ちる寸前、闇の中で知らぬ自分が囁いた。









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Author:kakonokaori
「ベルサイユのばら」の二次創作です。個人的な楽しみで執筆しております。原作関係者の方々よりクレームを受けた際には、中止します。お目汚しではございますが、お好きな方はご訪問下さいませ。

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