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悪魔のくすり41

・・・この夜は、永遠に忘れないわ。
ル・ルーは、思った。
彼女は、バラの茂みに近い庭園のベンチに座って、星空を見上げていた。
昨夜からいろいろな事があり過ぎて、時間の流れが遅いのか早いのか判断に困っていた。
ローランシー家に向かった馬車が、この屋敷に戻ってきた時には、ちょっとした騒ぎだった。暴徒に襲われて、アンドレは、軽いが怪我を負っていたし、ル・ルーは木の枝にひっかけ、全身が淑女にあるまじき状態だったし、馬車の中の荷物は、フェルゼンの部下達が丁寧に納めてくれたとはいえ、かなりの物が奪われていた。
「とにかく、無事に戻ってきてくれてなによりです。アンドレ、ご苦労様でしたね。」
祖母は、孫娘の無事に安堵し、身を呈してその孫娘をかばったアンドレをねぎらった。
「でも、この様子では、しばらく屋敷に留まったほうがいいわね。」
「ええ、お祖母様、仕方がないので、帰るのはまだまだ先に延ばします。」
ル・ルーはにっこり笑った。
「なので、お人形はやっぱりお祖母様に直して頂きたいわ。」
そう言って、大勢の使用人の眼も気にせず、ドレスをめくりペチコートの中から、ル・ルー人形をとり出した。
それがいけなかった。
涙を流さんばかりに無事を喜んでいた祖母は絶句し、顔つきが厳しく変わると、孫娘の肩にそっと手を置いた。
「そろそろ、あなたも針ぐらい使えるようにならないとね。今から、私が教えて差し上げます。さあ、いらっしゃい。」
そう言って、にこやかに笑った笑顔の中の瞳は、笑っていなかった。
だから、晩餐の前にやっとお裁縫地獄から抜け出せた彼女は、食事を済ませると、とっとと屋敷から逃げ出してきたのだ。
そして。
彼女は、そして。
そこで偶然、一生忘れない光景を目にしたのである。
アンドレが、オスカルを腕に抱きながら、迷うことなく屋敷から出てくるのを・・・!
彼は、人目など気にしないように、大事そうに腕の中の人を抱きしめていた。そして、腕の中の叔母は、アンドレの首に頼りなげに手をまわし、彼の胸に顔を埋めながら、男の逞しい腕に自分の体をあずけている・・・
・・・お姉ちゃま、本当の女性のようだったわ。とても綺麗な・・・
まるでおとぎ話の中の、騎士とお姫様のようだと、ぼうっとなった。声を掛けることすら忘れていた。
ほんのわずかな時間のことだった。やがて、見とれているル・ルーに気付くことなく、彼らは馬に乗った。
その時、オスカルが何かを男に訴えていた。男は彼女の背に唇を与えると、言葉を返した。そのまま、しがらみを振り切るように馬を走らせる。
ひずめの音はだんだん遠ざかり、やがて聞こえなくなった。
・・・お姉ちゃま、アンドレ。
訳の分からない寂しさがル・ルーを襲った。
いなくなってしまった。大事な二人が・・・
・・・こうなるように、勧めたのに。二人で逃げるのが一番いいはずなのに。幸せを願っているのに。
もう会えないかもしれない・・・と思うと、自然に涙がにじんできた。
顔を上げて、しゃくりあげていると、
「ル・ルーちゃん・・・」
同じく涙声が上から降りてきた。
「ロザリーお姉ちゃま!」
ル・ルーは数歩後ろにたたずんで泣いていたロザリーに近寄り、二人で抱き合って泣いた。
それからずっとずっと、ロザリーと並んで、星を眺めている。
とても屋敷の日常の中に戻る気分にならなかったのだ。
流れ星を見つけると、心の中で、オスカルとアンドレの幸福を願った。ロザリーも指を組んで祈っていた。
「ねえ、ロザリーお姉ちゃま。」
空に吸い込まれそうになりながら、ル・ルーは言った。
「オスカルお姉ちゃまは、ご自分のお側にアンドレがいると危険だから、離そうとしていたけど、オスカルお姉ちゃまと離れてからすぐ、アンドレは二度も死にかけていたわよね。一度目は、馬車が襲われた時で、二度目はロザリーお姉ちゃまを助けようとした時。アンドレって、ずいぶん貧乏くじをひくタイプなのよね。」
馬で暴走した自分を恥じたのか、薄闇の中でも分かるほど、ロザリーは真っ赤になった。頬を押さえながら、彼女はちょっと考え、言った。
「アンドレはきっと、本当のやさしさを持っているのよ。楽をしようとか、ずるい事をしようとか全く考えないんだわ。いつも自分の出来ることを精いっぱいやっているの。それはオスカル様も同じだわ。このように恵まれてお生まれになったのだから、他の貴族のようにもっと、安楽な生活もお送りになれるはずなのに、私や、弱い人間のことをいつも気にかけていらっしゃる・・・」
翳りを振り払うように、ル・ルーにほのかな笑みを向ける。
「お二人は、同じ人間なのよ。日の当たる場所をオスカル様が歩き、それをアンドレが陰で支える。そうしてずっと生きてきたんだわ・・・」
「運命は変えられると思う?ロザリーお姉ちゃま?」
不安が、ル・ルーの口をついて出た。
「あのオスカルお姉ちゃまが避けたいと願っていた危険から、アンドレは・・・たぶんお姉ちゃまも・・・逃れることができるのかしら?フランスから出たら、幸せに暮らせる?」
ル・ルーの視線をまっすぐ受け止めたロザリーは、しかし首を振る。
「ごめんなさい、私には分からないの・・・だけど、ね」
言葉を切り、二人が立った方向を見る。
「アンドレは、オスカル様を絶対守ってくれる。オスカル様も、アンドレをお守りになるわ。ご自分の力で運命を切り開いていかれるわ、きっと。」
「・・・フランスはどうなるのかしら。何だか嫌な予感がするわ。」
ル・ルーは、ベルサイユでの日々を振り返る。ほんのわずかな時間ではあったが、起こった様々な出来事の底に、悪意や失望、憎悪、不満といった、まるでパンドラの箱から世界中に飛び散ったものが続々と集まってきているように感じるのだ。
「オスカルお姉ちゃまは、はっきりとは言わなかったけど、きっと何か起こるのね。」
うつむく少女の小さな肩を、そっとロザリーが抱きしめてくれた。
「懸命に生きましょう。どんなことがあっても、生きていくの。ただ、それだけ・・・」
そのまま、二人は寄り添いながら、星の輝きに心を寄せた。
・・・これからどんなことが起きても、この夜は絶対忘れないんだから。
ル・ルーが初めて、とてつもなく寂しく思った夜だから。
広い世界に、ぽつりと小さく浮かんでいる自分に、初めて恐れを感じた夜だから・・・!
眠っているのか起きているのか判別できないままの時間が、どれくらい過ぎただろう。
ル・ルーは何かを聞いた。
「あ・・・」
彼女を支えているロザリーの腕にも力が入った。
「・・・馬のようだわ・・・!」
それはひずめの音だった。
・・・まさか!
ル・ルーは跳ねるように立ち上がった。それはどんどん近づいてくる。
ロザリーと二人、かすかな期待と恐れを寄せながら、それが姿を現すのを待った。
アンドレだった。
腕の中の女性を、愛おしげに、そして力強く抱きしめながら、ゆっくりと馬を進めてくる。その瞳は、眠っているオスカルに切なげに注がれていた。戻ってきたのだ。
ル・ルーは無言で駆け寄った。
ロザリーも走りだしていた。





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Author:kakonokaori
「ベルサイユのばら」の二次創作です。個人的な楽しみで執筆しております。原作関係者の方々よりクレームを受けた際には、中止します。お目汚しではございますが、お好きな方はご訪問下さいませ。

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