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悪魔のくすり40

星空が、輝いていた。
アンドレは胸に抱いたオスカルを深く抱き込み、馬を走らせる。
このまま、誰も知るもののない場所へ、逃げるつもりだった。眠っていたオスカルの枕元に、自分が送った白いバラを見つけたとき、彼は迷っていた気持ちが固まった。
・・・二人で生きていこう。俺がずっとお前を守る。これから起こるかもしれない運命が悲しいものならば、新しい道を二人で切り開いてゆこう、オスカル。
自分のどこに、このような大胆さが隠れていたのか、アンドレは不思議であった。もとよりオスカルのような、人を導く才能も、豪胆さも、意志を貫く勇気も己には持ち合わせていないものだと思っていた。だから、彼女を愛していても、常に彼女の後ろを歩き続けた。彼女の命令をきき、彼女の望むことを叶えてきた。ここ数週間、黒い騎士になりすますなど犯罪まがいなことに手を染めたのも、ただオスカルの意志だった。
・・・俺は、こんな人間だったのか。
平民が近衛連隊長を誘拐するなど、前代未聞の醜聞であろう。
新鮮な驚きであった。従者というタガが外れた自分は、恐らく彼女のためなら、なんだってやってしまうのだろう。その果てしなさが空恐ろしく感じられた。思わず、自分の胸に頬をつけている拠り所に、彼も頬をよせる。
・・・明日は大変な騒ぎになるだろう。旦那様はどんなにお怒りになることか、奥様もお嘆きになるだろう。お祖母ちゃん、許してくれ、だが、俺は少しも怖くはないんだ。オスカルを守れるなら、俺だけのものにできるなら、恥知らずと呼ばれてもいい、逃げ切ってみせる!
「アンドレ」
腕の中の女が、くすり、と笑った。
「お前、明日、私に殺されるぞ」
涙の乾いた瞳が、アンドレを見上げていた。それは艶やかな女のものであったが、有無を言わさぬ強い意志があった。
「馬を止めてくれ。話がしたい。」
「だめだ、今夜中に出来る限り遠くに行く。話はそれからだ。」
アンドレは目をそらし、前方を見やる。だが、オスカルはそんな彼の顔を両手で包み込み、強引に彼女に向けてくる。
「アンドレ、私を見ろ。話を聴け。」
「いやだ。」
拒むアンドレに、オスカルは鋭く言った。
「お前は、私の人生を奪うのか?私の意志を無視するのか?私を一人の人間として尊重していないのか!」
「何を、馬鹿な!」
驚き、口調が荒くなったアンドレに、更にオスカルは叫んだ。
「私にはここでやるべきことがあるのだ!それから逃れることなど、出来ぬ!お前のオスカルは、まだ軍人として人間として為さねばならないことがあるのだ!それを奪われ、ただの女として生きることは出来ぬのだ!明日目覚めるオスカル・フランソワは、力ずくで連れ去り、自分の体を抱くお前を、確実に憎み、殺すぞ!たとえアンドレ、お前であってもだ!」
そして手綱を無理やり奪おうとした。
「やめろ、振り落とされる、死ぬぞ!」
更に強い力で彼女を抑え込むアンドレに、
「死んでも構わぬ!降ろせ!」
全力で抵抗をしてくる。その爪が、彼の手を掻き、血がにじみ出た。
「・・・オスカル・・・!」
押さえても押さえても、もがき続ける彼女が、その本心を、彼の胸に、腕に叩きつけてくる。
何故わからぬ、と青い目が燃えている。
アンドレは観念した。
・・・ああ、終わった・・・
星空を見上げる。見果てぬ場所は、この星空の彼方にあるはずだった。
そのままゆっくり馬を、道の脇に進ませ、小さな池のほとりでとめた。まず自分が馬から降りると、息を弾ませているオスカルを静かに抱き下ろした。その体を一瞬力を込めて抱きしめ、
「許してくれ・・」
とつぶやくと、彼女を木の下に座らせた。
そのまま、青い視線を避けるように、距離を開けて座りこんだ。
「俺が浅はかだった。お前が人生をかけて為そうとすることを奪うなど、よりによって、この俺が・・・」
彼女がどんなに真摯に運命を受け入れ、戦ってきたのかをつぶさに見届けてきたのは、自分以外いないのにと。
「お前を守りたいなど、俺の勝手な言いぐさだった。なんて・・・馬鹿なことを・・・」
そのまま、手で顔を覆う。
いばらの中で咲き誇る大輪のバラを手折ることなど出来ないのだ。
それは、儚く望んだ、二人だけの生活の中では、枯れてしまうのだろう・・・
・・・そんな女を、愛してしまった。そんな女だからこそ、心がきしむほどに愛してしまったのだ。
アンドレは、己に説いた。
微かな足音が彼の背後に近づいた。
フワリと温かいものが、彼の背を覆う。
「私も馬鹿者だよ。アンドレ、お前に全く同じことをしてしまったのだからね。」
フフ、と柔らかな笑い声が、星明りを映す池のほとりに響いた。
「私たちは似たもの同志だと思わないか?間違いを起こすただの人間だ。・・・お互いを思うばかりに、道を間違い、過ちを犯す。私たちが分かることなど、わずかなことだけだ。神の前では、ただのちっぽけな存在なのだ。だが、私とお前は、許しあうことが出来る。・・・なぜなら、この世で一番信頼し、愛し合っているからだ。お前の気持ちは嬉しかった。このままお前と、誰も私のことなど知らぬ土地で、夫婦として暮らせたら、どんなに幸せだろう・・・だが、その道は、今は選べぬ。お前にもいずれ分かってもらえる時がくる。選べぬ私を・・・・許して欲しい、アンドレ」
「オスカル・・・!」
アンドレは、その温かさに震えた。
肩に回された腕をとり、ためらいながら、その体を膝の上にそっと抱きとった。
「俺は、過ちばかりの男だ。何の力もない。地位も名誉も何も持たない。そんな俺が、お前を、運命から守ってやれるのか、恐ろしいんだ。それでも・・・」
許しを乞うように、白い手をとる。
「それでも、これからもずっと、お前と共に生きていきたい。許してくれるか・・・?」
「もちろんだ・・・」
オスカルの瞳がやさしく彼を見つめた。
「これからも、私から離れないでいてやってくれ。死ぬまでそばにいてくれやってくれ・・・私と共に生きてやって欲しい。お前にも、私にも、これから茨の運命が待っている。大事なお前を傷つけずにはおられぬだろう。命すら、奪うかもしれぬ。だが、私が使命を全うするためには、お前が必要なのだ。私を支えることが出来るのは、お前だけだ。私は、どんなに強く生きようとしても、所詮ただの無力な女なのだ・・・酷な願いなのは重々分かっている。だが、私は・・・・私は、お前がいないと、生きてはいけないのだ・・・」
「俺もだ。俺も、お前のいない人生など、いらない!」
アンドレは、彼女を引き寄せた。
「他のものは何もいらない!楽な人生など歩もうと思わない!ただ、オスカル、お前と運命を共にしたい!」
星が煌めいた。
深く静かな池に落ちた星は、まるで季節はずれのホタルのように、瞬いた。
それは、まるで命の燈火のように辺りを照らしだし、その中で、深く抱きしめあう二人のシルエットが、重なるように横たわっていった。



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Author:kakonokaori
「ベルサイユのばら」の二次創作です。個人的な楽しみで執筆しております。原作関係者の方々よりクレームを受けた際には、中止します。お目汚しではございますが、お好きな方はご訪問下さいませ。

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