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悪魔のくすり39

言葉のいらぬ長い抱擁を、先に解いたのはアンドレだった。
「オスカル、俺と一緒に屋敷を出よう」
愛しい女性に向ける黒曜石の瞳は、切りつけるように真剣だった。
オスカルの背に、ぞくりとするものが走った。
「アンドレ・・・お前、何を・・・」
「二人で、運命を変えるんだ、オスカル。お前は俺に安全な人生を与えようとしたのだろう?だが、お前を一人で残してなど行けぬ。お前を孤独になどさせるものか!俺を愛しているなら、頼む。今すぐこの屋敷を出て、別の国に行こう」
有無を言わさず、彼はオスカルを抱き上げた。
「あ・・・」
オスカルは抵抗する間もなかった。力強い男の腕が、彼女を軽々と抱き上げる。まるで戦闘前夜の、初めて二人が結ばれた夜のように、アンドレには迷いがなかった。白いブラウス姿の彼女を自分の背の高さまで持ち上げると、その唇を熱く覆ってくる。忍び込んでくる男の情熱に、女の吐息が乱れる。乱暴なほどの深い口づけは受け止めるのが精いっぱいだった。彼女の体に熱がこもり、指先一本まで、しびれだすと、男はその唇を白い頬や額にも与え、やがて耳に近づけると、囁いた。
「・・・死ぬまで一緒だ」
「ああ・・・」
オスカルは、首を横に振るのがやっとだった。
・・・アンドレ、アンドレ、お前と行きたい。お前と一緒なら、地の果てまででも共に歩みたい。太陽の訪れとともに働き、汗を流し、お前と笑いあい、星を見ながらいたわりあい、一つの褥に抱き合い眠る・・・そんな人生が選べるなら・・・私は。しかし、私は、お前のオスカル・フランソワではないのだ。そして私のアンドレは、既に神の御元に召されているのだ・・・
「・・・アンドレ、聞いておくれ・・」
「何も聞かぬ!」
男の横顔には、硬い決意があった。
「お前は、俺の妻だ。」
不安を露わにするオスカルの額に、口づけを落とすと、彼女を抱いたまま、寝室を出た。
日没後のわずかに残された暗がりの中、彼は無言で進んだ。
屋敷の使用人に見とがめられるのも、恐れないかのような歩みであった。
・・・アンドレ、だめだ、アンドレ・・・
オスカルには、彼が知らない男のように感じられた。その逞しい首に腕を絡ませながら、彼の呼吸一つ一つに耳をそばだてる。
・・・やさしいお前が、こんな強引なことを。私のためか・・・
彼女は思い出していた。
過去の出来事。
フェルゼンとの別離に消沈していた自分を、抱きしめ、強引に口づけし、体を奪おうとしたアンドレ。
ジェローデルとの婚約話に傷つき、銃を発砲したアンドレ。
・・・ああ、お前も私と同じだ。自分の片割れを失うのを恐れていたのだな。お前も、私と離れては生きていけないのだな。
「・・・・」
オスカルの胸中は揺れた。
アンドレを過去の自分から離そうとしたのは、間違いだった。
彼を屋敷から出そうとしたことで、どれほど彼が傷つき、どんなに彼が自分を欲してくれており、何をも恐れぬほど自分を愛してくれているか、叫びたいほどに理解できた。
・・・ロザリー、ル・ルー、お前たちが正しかったのだな。
だが、彼女は溢れ出る愛しい気持ちを哀しく見つめた。
自分とアンドレとは、時の流れが違う。共有する記憶も違う。
そして・・・残された時間も違うのだ。
「アンドレ、やめてくれ・・・」
彼に切なく訴える。
「私は、お前のオスカルではないのだ。私は明日には消えてなくなる存在なのだよ・・・明日目覚めるオスカルは、何も覚えていないはずだ。昨夜から今日にかけてのこと全てを・・・お前と愛しあったことさえ、何もかも記憶には残らないのだよ。」
屋敷の外に出て、近くにつないであった馬に彼女と共に乗り込んだアンドレは、一瞬苦しげになった。だが、彼女の髪をかきあげ、うなじに、背中に口づけを落としてくる。左手は体の前にまわり、そのふくらみを、神聖なもののように覆ってきた。
「俺が抱いたのは、この体だよ、オスカル。」
女の吐息を、その体ごと男に包み込まれたオスカルは、駆けだす馬の背で自分の罪に顔を覆った。

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「ベルサイユのばら」の二次創作です。個人的な楽しみで執筆しております。原作関係者の方々よりクレームを受けた際には、中止します。お目汚しではございますが、お好きな方はご訪問下さいませ。

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