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悪魔のくすり37

アンドレ達の馬車が舞い戻ったとき、屋敷ではひと騒ぎが起きたのだが、その騒ぎに乗じて、ロザリーはこっそりと裏口から屋敷に入った。オスカルを一人残して、馬に乗ったなどと知れたら騒ぎが大きくなるだけだ、とアンドレが言ったのだ。彼女が乗った可哀そうな馬は、フェルゼンの気遣いにより、彼の部下が屋敷の外の目立たない場所につないでいてくれ、アンドレが後で戻す手筈になっている。
「・・・オスカル様?」
砂ほこりと土に汚れた衣服を着がえてすぐ、ロザリーはオスカルの寝室に向かった。彼女はまだ眠ったままだった。小声で呼びかけたが、応えはなかった。自分がこの部屋を飛び出していった時と、変化はないようであった。少し苦しそうな表情で、ゆっくりとした呼吸を繰り返していた。
夕陽のみに照らされたオスカルの姿は、美しかった。
・・・まるで聖母マリア様のようだわ。
パリの小さな教会に置かれていたマリア像をロザリーは思い出した。パリに住んでいた貧しかった頃は、その近所の教会に時々行くのが精いっぱいだったが、それでも粗末だが素朴なキリストやマリア像を尊敬し、祈ったものだ。だが、明日食べるものも無い極限の状態が続きはじめると、考えることと言えば常にお金のことばかり。お金のために、体も売ろうとした。神の教えなど、何の腹の足しにもなりはしなかった。そんな彼女は、教会で祈ることなどいつしか忘れ去っていた。
・・・このお屋敷に来てからだわ。きちんと教会に通い、聖書を読み、お祈りをするようになったのは。
オスカルのお供に教会に通いだしたロザリーは、豪華な装飾に感嘆し、立派なキリスト像に畏敬を感じ、マリア像や彼女が幼子を抱く絵画に見入った。人の技とは思えぬ壮麗さに圧倒されているロザリーが、ふと視線を感じると、背後で金髪の華麗な大天使がやさしい微笑を浮かべながら、自分を見守ってくれていた。そして大天使の背後には、いつも黒髪の従者がいて、頬を赤らめるロザリーに、「オスカルの方が綺麗だろう?」と目配せを送ってくれるのだ。
・・・オスカル様は天使様だと、ロザリーはずっと思っておりましたのに、今はマリア様のように感じられます。
だんだんと力を失くしていく太陽が、夜を迎えるこの世界に最後の祝福を与えるようと、見事な夕陽を窓の外に広げていた。それはオスカルの部屋にも慈悲のように入りこみ、窓の十字の枠の影が、彼女の眠る寝台にぼんやりと十字架を映し出していた。
ロザリーは、自分の眼に映る光景を否定した。
・・・もう、どうか、一人の女性として生きて下さい。天使でも聖母でもなく、オスカル・フランソワとして、ご自分の幸せに貪欲におなりになって下さい。
「アンドレは戻って参りました。」
眠っているオスカルに、ロザリーは告げた。
「お許し下さい。オスカル様のご信頼を裏切り、ロザリーは、アンドレに全てを話してしまいました。でも、後悔はしておりません。」
御者台にアンドレと共に座り、屋敷へと馬を向かわせる彼にロザリーは知っていること全て語ったのだ。アンドレは黙っていた。彼女の話を無視していたのではなく、全部を真実として受け入れてくれていたからだった。なぜなら、アンドレの視線はひたすら、この屋敷がある道の彼方、オスカルが存在する方向から外れなかったのだ。
そして、語り終えたロザリーに、彼はやさしい声で言ったのだ。
「ありがとう、ロザリー。心から感謝している。君のおかげで俺は大事なものを失わずにすんだよ。」
その言葉で、彼女は胸がいっぱいになった。そして直感したのだ。
ああ、このアンドレなら大丈夫、だと。
「もうすぐ、アンドレが参ります。どうか、もう一度、未来のオスカル様、お目覚めになって下さいませ。」
ロザリーは、オスカルにすがった。
「このまま、いなくなってしまわれるのは卑怯です。オスカル様らしくありません。どうか御夫君ときちんと向き合って下さい。嘘で塗り固めた人生など、蹴り飛ばしてください。どうか、アンドレと、いつものように・・・」
ロザリーは泣かなかった。
「アンドレとは、いつも隠しごとなくありのままのご自分で接してこられたではありませんか。他にこんな男性が、オスカル様に現れるとお思いですか?だから愛し合ったのでは、ないんですか?どうか、本心をアンドレに明かしてください。愛していると、きちんと伝えて下さい。そうすれば、ロザリーもお約束します。もしオスカル様とアンドレのように、心からお慕いできる男性の方にめぐり合うことが出来たら、その方に素直に気持ちを伝えます。命が尽きるまで、人生を共にします。どんな苦労があっても、逃げたりしません。ですから、オスカル様、オスカル様も、アンドレと共に運命を変える道をお選び下さい!」
その声が届いたのか、オスカルの呼吸が大きく荒くなった。消えかけた魂が最後の力を振り絞るように、彼女のあごが反らされた。
「お願い、もう一度、お目覚めになって。」
肩をゆさぶるロザリーの耳に、寝室の扉がゆっくりと開く音が届いた。


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「ベルサイユのばら」の二次創作です。個人的な楽しみで執筆しております。原作関係者の方々よりクレームを受けた際には、中止します。お目汚しではございますが、お好きな方はご訪問下さいませ。

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