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悪魔のくすり33

フェルゼンは、オスカルに負い目があった。
彼は、先日の舞踏会に現れた、外国の伯爵夫人の優美なドレス姿を思い出す。
華美に着飾ったご婦人方の中に、まるで白鳥のように舞い降り、扇で半ば隠された蠱惑的な微笑で、その場にいたあらゆる人々の心を奪った貴婦人。フェルゼンも、吸い寄せられるように彼女に近づき、ダンスを申し込んだ。
正直、フェルゼンは、女遊びを遠ざけているわけではない。貴族として、それなりに愛人を持ち、フランスの貴族社会を生き延びていた。
・・・そうしなければ、アントワネット様と同じ空気を吸うことさえできないのが、このフランスという国だ。真面目一辺倒など、軽蔑を買うだけだ。
彼は割り切っていた。父がフランス贔屓なため、彼もずっと以前からこの国に興味を持っていた。この国で、運命の女性と出会ったのは、彼に与えられた運命だったのだろう。だが、それは彼の幸福であり、また不幸の始まりであった。すでに王太子妃であった彼女と結ばれる可能性など、これっぽっちも無かったからだ。夫以外の男性を恋人に持つのが習慣であったフランスでも、王妃、王太子妃と浮名を流すなど、許されることではなかった。
アントワネットとの短い逢瀬でも、肉体の交わりを持つことなど出来ようはずもない。口づけを交わすだけで、どれほどの勇気がいったか・・・!
・・・代わりに、何人もの婦人を抱いた。王妃の愛人と呼ばれる私に、あえて近づいてきた物好きな女性ばかり。
怠惰で割り切った、大人の関係。心から、この女性が欲しいと願い交わりを持ったことなど、ない。
・・・だが、あの外国からきたという伯爵夫人は違った。一目で魅かれた。欲しいと思った。
手を取り、腰に腕を回しても、その貴婦人の人形のような恐ろしく整った表情は崩れず、何の言葉も発しなかった。なぜだかオスカルについて語りたくなった自分の話を、青色の宝石のような瞳を光らせながら聴いていた。しかし、近くで見れば見るほど美しく、彼は徐々に絡めとられるように夢中になっていき・・・・だが、彼女は常に、他の誰とも違う清潔な雰囲気を漂わせ続けていたのだ。
・・・このまま、屋敷に連れ去り、褥を共にするのもいい。この取り澄ました美貌の奥に、どんな情熱が潜んでいるのか、確かめてみたい。
フェルゼンの男としての純粋な欲望が、沸き上がった。
「あなたは・・・」
使い慣れた誘惑の言葉を発しようとした時、突然気がついたのだ。
・・・この女性は・・・オスカル?
「オスカル、オスカルなのか?」
その言葉が口をついて出た途端、その貴婦人は自分の手を振り払い、走り去っていった。女性とは思えぬ俊敏な動きだった。
独り残されたフェルゼンは、茫然と空になった手を見つめた。
それから、彼はオスカルには会っていない。
彼女が黒い騎士なるものをつかまえようとやっきになっているのは、小耳にはさんでいた。
そのために、彼女の忠実なるアンドレが自慢の長い黒髪を切られてしまったのも、なんとはなしに知っていた。
だが、直接オスカルに会うのを避けていた。確かめるのが怖かった。異性としての欲望を彼女に持ってしまったかもしれぬ己。そして、おそらく彼女は自分を男性として想ってくれているのだろう。
・・・もう、会わないほうがいい。
そう感じていたフェルゼンの前に、静かに怒りをたたえたアンドレの瞳があった。
「婚約?私とオスカルが・・・?」
思わぬ言葉に、冷静なフェルゼンも苦笑いを浮かべた。
「そのような事実は、ない。彼女は友人だ。第一・・・」
彼は声を潜めた。部下たちは、襲われた馬車に荷物を戻し、馬の具合を見ている。
「私は、王妃の愛人と呼ばれているのだよ。そして、それには真実も含まれている。君なら分かるはずだ・・・私にはそのような資格などない。」
「しかし、伯爵・・・」
アンドレに引く気持ちはないようだ。
「そのように、私は主人から聞きました。主人が嘘をついたとでも?」
普段の陽気で穏やかな彼とは思えぬ迫力があった。髪を切ったせいだろうか、男として一段とたくましく見えた。
「主人というのは、将軍?オスカル?」
どうやらアンドレは本気でそう信じているらしい。彼の忠実さをよく知っているフェルゼンは、困惑した。
「いくらオスカルとはいえ、婚約となると、ジャルジェ将軍にまず話がいかぬわけがない。あの将軍ならなおさら私など、お許しにならぬだろう。ましてや、オスカルは・・・」
ただ一度、この腕に抱き踊った女性を思い出す。もし自分と彼女が結婚したら、自分は彼女を滅ぼすだろう。毎夜、その体を抱き、むさぼり、愛を語っても、真の愛情はもう別の女性に奪われてしまっているのだ。聡い彼女はそれを感じながら、男に応え、愛を与えようとし、いつしか嫉妬や絶望に捕らわれるのだ。それは・・・もっとも彼女に相応しくないものだろう。
「私になどもったいない人だ。アンドレ、これははっきり断言する。それは何かの誤解だ。私は、オスカルの幸福を心から望んでいる。それは残念ながら、私と人生を共にすることでは決してない。信じて欲しい。私は、たった一人の女性でさえ、幸せに出来ぬ無力な男なのだよ。」
フェルゼンは、嘘偽りのない言葉でアンドレに対した。長い付き合いの中で、彼に男としての心情を吐露したのは初めてだった。
「伯爵・・・」
アンドレの表情が、怒りから戸惑いに変わった。


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「ベルサイユのばら」の二次創作です。個人的な楽しみで執筆しております。原作関係者の方々よりクレームを受けた際には、中止します。お目汚しではございますが、お好きな方はご訪問下さいませ。

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