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悪魔のくすり22

柱の陰で、ロザリーはハラハラしながら見守っていた。
騒ぎを起こし、旦那様の面前にアンドレを呼び出すというル・ルーの作戦は、驚くくらいスムーズに運んだ。事前にオスカルから指示されたロザリーのセリフも、なんとか自然に受け止められたようだ。
・・・・なんて大胆なの、ル・ルーちゃんって!
胸の前で腕をやきもきさせながら、ロザリーは感嘆した。彼女自身も、母の敵を討つために単身ベルサイユに乗り込むほど行動力に溢れているのだが、その自覚は全くない。そして、今の気がかりは、アンドレであった。
・・・アンドレ・・・なんて暗い・・・
旦那様と夫人、使用人のほぼ全員の前に現れたアンドレには、このまま地獄におもむくのではと思うぐらいに生気が感じられなかった。何のためにこの場に呼ばれたのか、少しでも説明を受けていればいいのだが、知らずに呼ばれたとなれば、ここは彼にとってまさしく針のむしろであろう。
・・・だけど、オスカル様のおっしゃる通りだわ。
ロザリーは、理解していた。オスカルはこう言ったのだ。
「アンドレには、父上自ら、ル・ルーを親元まで送っていくように命令を出させてくれ。それも出来るだけ大勢の前でだ。この屋敷の者達全員を集めても構わない。そうでなければ、アンドレは父上に何を言い出すか分かったものじゃない。もし父上と二人きりになどなったら、あいつのことだ・・・」
当主の末娘に無礼を働いたと手打ちを望みかねない・・・とオスカルは危惧していたのだ。ル・ルーの手前、はっきりと口に出せる事柄ではなかったのだが。ロザリーも、昨夜オスカルとアンドレの間に起きたことは想像すら、許されないことだと思う。だが垣間見た二人の口づけは、オスカルが戯れに女性の頬に落とすものなどとは全く違った。魂ごと溶かしあうような、男女の愛の深淵を感じさせるような・・・エロティックで哀しくて、美しかった。今まで側で見詰めてきたオスカルの姿の中でも、こんなに美しいものは無かった。まるで男の愛を求めたため、むりやり地上に落とされた堕天使のような蠱惑に満ちていた。
・・・アンドレ、お願い!何も言っては駄目!
大きな瞳に願いを込めながら、ロザリーはアンドレを見守る。年上でやさしく頼りになる、兄とも慕った彼の背中がこんなに頼りなく感じられたのは初めてだった。年下の、そうまるで弟のように心配だった。
アンドレはジャルジェ将軍をまっすぐ見つめながら、玄関ホールの階段の下まで進み出た。将軍は、ル・ルーの騒ぎに不機嫌なままだったが、アンドレの姿を見るとほっとしたように言った。
「なんだ、アンドレ、もう準備が出来ているのか?」
「え?」
アンドレは、主人を仰ぐ。将軍はアンドレの手元に視線を送った。
「もう出発の荷造りが出来ているではないか。相変わらず仕事の早いやつだな。」
まさに屋敷を出ようとしていたところを、引っ張られてきた彼の手には鞄が握られたままだった。
「旦那様、あの・・・」
震える声で訴えようとするアンドレは、しかし自分を注視する者の多さに気付いたようだった。そのような中で、彼が愛する女性に傷をつけてしまったなど告白できるはずがない。自分の保身のためではなく、彼女の保身のために。そのまま、視線を足元に落とす。
そんな彼に少し眉をひそめたが、アンドレへの信頼には大きなものがある主人は、思い当たったように言った。
「オスカルに言われたか。あいつは相変わらず人使いが荒い。特にお前に対してな。このはねっかえりをさっさと送り返してこいと怒鳴られでもしたか?うかつにもエベーラという女にしてやられたようだが、そのせいでかなり機嫌が悪いのだろう?お前のせいではない。」
「・・・はねっかえりって、お祖父様はお口が悪いわ・・・オスカルお姉ちゃまはお祖父様に似たのね・・・」
ル・ルーが口をとがらす。
「いえ、これは、旦那様、その。」
歯切れ悪くとも忠誠心の厚いアンドレが言いつのろうとするを止めたのは、彼女の手だった。
「アンドレ、ル・ルーをお家まで送ってくれるのよね?私、アンドレと一緒がいいわ。もうすぐに出発したいの。」
そう言いながら、鞄を持っていない方のアンドレ手を摑まえた。そしてニコリと笑う。隠しきれない安堵が使用人の輪に広がった。
「あなた、アンドレはオスカルが心配なのでしょう。」
同じくホッとしたように夫人が自分の夫にうなずく。
「アンドレがいない間に、オスカルがまた無茶をするかもしれませんからね。でも、安心なさい。オスカルはしばらく休養を取るそうですよ。だから、申し訳ないけど、もう一人の子守りを頼めるかしら?ル・ルーはどうしても本日中に出発したいようです。アンドレしか適任者がいなくてよ。・・・そうそう」
夫人はさらにやさしく言いつのる。
「アンドレ、あなたも少し羽を伸ばしたら如何かしら?いつもオスカルの世話で気が休まる時がないでしょう?いろんな事件が起きる上に、黒い騎士まで捕まえようとしていると聞いたわ。体を壊さぬように少しオルタンスの屋敷でゆっくりしてらっしゃい。あそこなら気兼ねもいらないでしょう。」
「奥様・・・」
変わらぬ温情へのアンドレのやるせなさが、ロザリーには伝わってきた。さぞかし身の置き所がないだろう。なにしろアンドレは、薬のせいで正気を失ったオスカルを、彼女の意思に反して、あろうことか手籠めにしたと思っているのだ。そのためにオスカルを苦しめたと勘違いしている。その両親を前に、善良なアンドレがどれほどの罪悪を感じているか・・・!彼に助け舟を出すべく、彼女は歩を進めた。
「ねえ、アンドレ・・・」
自分を驚く目で見た彼に、ロザリーはさり気なく心を籠めて話しかける。
「オスカル様が、どうしてもアンドレに、ル・ルーちゃんを送って欲しいっておっしゃってたわ。大事な姪御様だから、守ってあげて欲しいって。」
「・・・オスカルが?」
傷みをこらえるように名を口にしたアンドレは、ロザリーをじっと見つめた。涙をこらえながらロザリーはうなずく。
階上から当主の厳命が響いた。
「この件はアンドレに一任する!、皆便宜をはかるように!わしは今から出仕する!」
頭を下げ、腰を低くした使用人たちは、急いで持ち場に戻った。侍女の何人かは、ホールの絨毯に飛びつくように掃除を始めた。
「では、ル・ルー、荷造りをいたしましょう。私もお部屋に参りますからね。アンドレ、よろしくね。・・・さあ、ル・ルー出発前にいろいろお話しいたしましょうね。いろいろとね。あなたのお母様にもお手紙を書かなくてはいけませんね。」
夫人もにこやかに、愛想笑いでごまかしはじめたル・ルーを連れていく。
そしてその場には、絨毯にシミ一つ残すものかと必死に働く侍女たちをのぞくと、残ったのはロザリー、そしてアンドレ。
アンドレは、ロザリーにささやいた。
「分かったと、あいつに伝えてくれ。・・・最後の仕事はやり遂げる。そして、俺は行くよ。ロザリー、あいつを頼む。」
「アンドレ・・・」
ロザリーが言葉を探す間もなく、彼は振り向かずに外に出て行った。馬車の準備をするのだろう。
・・・本当に、これで正しいのかしら・・・
堕天使が、オスカルの寝室でしのび泣いている。
アンドレの哀しい背中に、なぜかその光景が重なり、ロザリーは途方に暮れた。




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Author:kakonokaori
「ベルサイユのばら」の二次創作です。個人的な楽しみで執筆しております。原作関係者の方々よりクレームを受けた際には、中止します。お目汚しではございますが、お好きな方はご訪問下さいませ。

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