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悪魔のくすり15

庭の向こうから聞こえる馬のいななき。緑豊かな庭園で奏でられる鳥のさえずり。
いつもの穏やかな朝の風景が、屋敷の中を彩り始める。
使用人が起きだす時刻を迎えはじめ、屋敷に流れる空気に、活気と気ぜわしさと人のぬくもりが混ざりだす。
本来ならアンドレも起きだし、馬の世話や台所の手伝い、オスカルの出勤の準備など優先順位を付けながら、祖母の小言を音楽に労働に励みだす頃なのだが、オスカルも祖母も臥せっているため、自分の姿が無くとも、使用人仲間は特に不思議に思うことはないだろう、とアンドレは踏んでいた。
・・・おばあちゃんへのご機嫌伺いは、あとでいいだろう。
とにかく自分の事は後回しにする祖母だ。それよりオスカルの世話や、旦那様、奥様にご不便がないかを気にしているはずだ。
・・・それに、考えなければいけないことがある。
自分の前をスタスタと歩くル・ルーの後ろ姿を擬視する。ル・ルーは、オスカルに何かがとりついていると言った。
・・・そうなのだろうか?
信じがたい事ばかりだった。ル・ルーが見たという血まみれのオスカルの生霊も、自分に体を開いた女として生々しいオスカルの姿も。
・・・だが、あれはオスカルだった。他のものにとりつかれてなどいない。オスカル以外の何ものでもなかった。
八歳の頃から触れ続けていた彼女の魂を、どうして自分が間違えるものかと、アンドレは確信していた。
明るさを増した太陽が、彼の黒曜石の目を外に向けさせた。木々の緑、花の色がいつもより鮮明に彼の心に映った。
「ル・ルー、先にロザリーをつかまえておいてくれないか。」
あることを思い付いたアンドレは、少女のふわふわ頭に声を掛けた。
「ロザリーには、俺とロザリーとお前以外はオスカルの部屋に入れないように伝えてくれ。まだ目覚めていないと皆に思わせて欲しいと、オスカルが言っていたんだ。」
「アンドレ、どこに行くの?」
いきなり駆け出したアンドレに驚くル・ルーに、彼は笑って手をあげた。
「庭さ!」
ん~!と抗議の声が聞こえたが、アンドレは足取りも軽く庭に向かった。
・・・花をオスカルに!
・・・女性として大事な朝を迎えたオスカルに、俺は何もしてやれない。宝石やドレスの贈り物も、窓の外の景色を眺めながらの幸せな口づけも与えることができない。せめて・・・
心が浮き立つような花々を彼女の枕元に飾ろうと、アンドレは庭に下り立ち、すでに作業をしている庭師の姿を探した。

ほどなくしてオスカルの部屋に向かうアンドレの腕の中には、甘く上品な香りがただよっていた。
彼が愛しい女性に選んだもの。
庭師に頼み、この朝の一番美しく気高いそれを数輪切ってもらったのだ。美しく花開いている中でも、よりオスカルにふさわしいものを丹念に選ぶ彼に、父親のような年の庭師は苦笑した。
「それ、オスカル様にだろ?昨日、倒れられたそうじゃないか。お前のような大きな男が、花を選ぶっていうのも変わった風景だが、一番いいのを持っていけ。奥様には別のバラをお届けしておくさ。しかし、オスカル様なら赤いバラが似合うと思うんだが、まさか白いバラとはな。」
不思議そうな庭師に、アンドレは片目をつぶってみせた。
「オスカルは、赤いバラだと食べてしまうんだ。子供の頃から。」
笑い続ける庭師を残し、オスカルの部屋まで一気に駆け上がってきた。
そして息を整えながら、重厚な扉をノックする。
「はい。」
しばらくして応えがあった。ロザリーが扉の向こうから顔を出した。
「オスカルは、起きてる?」
小声で尋ねるアンドレに、ロザリーは硬い表情で部屋に入るようにうながした。
「アンドレ・・・」
言いづらそうに、彼女はアンドレの視線を避けた。うつむいて、両手を握りしめている。アンドレは嫌な予感がした。
「・・・オスカルに何か?」
足は無意識にオスカルの寝室に向かう。ロザリーはその彼を寝室に入れさせまいとするように、その部屋の扉に背をつけた。
「どうした、ロザリー!オスカルに何かあったのか!」
問い詰めるアンドレに、ロザリーは首を振った。
許して・・・微かに彼女の唇がそう形どる。
無理やりにでも寝室に入ろうとするアンドレに、扉の向こうから鋭く冷たい声が届いた。
「アンドレ、入れ!」
アンドレの体温が一気に下がった。それは近衛隊で部下を叱責するよりも、もっと冷酷な・・・まるで子供を騙し撃ちにしたあの公爵に対する怒りとさげすみにも似た響きがあったからだ。
力なくうなだれるロザリーの肩をやさしく押して、アンドレは寝室の扉を開けた。
白いバラを持つ手が緊張した。
扉を開けた彼を寝台の上から迎えたのは、彼が秘かに期待していたような、愛を交わした男をやさしく迎える眼差しなどではなかった。
それは、そもそも自分を対等な人間と思ってさえいないような・・・
激しい怒りと憎しみを露わにしてアンドレを睨みつける、オスカルの冷たい目であった。

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Author:kakonokaori
「ベルサイユのばら」の二次創作です。個人的な楽しみで執筆しております。原作関係者の方々よりクレームを受けた際には、中止します。お目汚しではございますが、お好きな方はご訪問下さいませ。

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