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嵐の果て1

パリは不穏な空気に飲み込まれようとしていた。
すでに課せられている重い税金が、貧しい人々から人間らしい暮らしも、明るい表情も奪い去ってから久しい。
華やかなドレスや、幸せな笑顔、子供の笑い声、明日への希望、満ち足りた食事。
パリの街に満ちる煤煙のわずかな隙間に、最後の残り火のように揺らいでいた希望が、今回、王の唱えた増税と借金は、それらすら吹き消し、葬り去ろうとしていた。
大蔵大臣ブリエンヌを罷免しろ!
われらがネッケルを大蔵大臣に!
日増しに市民の声は強くなっていく。
フランス衛兵隊でも、パリの留守部隊と連絡の取れない日々が続き、焦燥感や危機感がジワジワと広がり続けていた。
馬車や馬を走らせようとしても、怒り狂った市民に阻まれ、馬車は壊され、馬は奪い取られ、指一本出せない状態に、パリは言うに及ばず、フランス全土が未曽有の世界に足を踏み入れ始めている。
「これは、本物だぜ。」
王宮の警備のさなか、アンドレの隣を歩くアランが小声で呟いた。第一班の面々はそれぞれに分かれて警備に当たっている。今日は珍しくアランから指名が掛かり、二人だけで巡回をしている。
「この騒ぎはおさまらないだろうな。いずれフランス全土に広がるかもしれねえぞ。」
ベルサイユの外でどれほど騒ぎが起きようとも、ベルサイユの中では変わらない日常がある。こうしてアランと並んで歩いていれば、一見何の変化も見当たらないように思える。だが、長年オスカルに伴われて通ったベルサイユに、以前ほどの活気も人気もない事に、アンドレは気付いていた。
宮廷に上がる貴族があきらかに減っているのだ。
こうして見回りに歩いていても、香水や白粉の匂い、密やかな笑い声、権力争いにいそしむ熱意や、公然の恋人との甘やかな囁き声は、前の国王の華やかな時代を知っているアンドレには、封を開け幾日も放置されたワインのようなものだった。
「じゃあ、この先、どうなると思うんだ、アラン。」
アンドレが年下の班長を見る。アランは肩をすくめた。
「ひとまず国王と王妃の出方待ちだろうな。ネッケルを戻せば当面の騒ぎはおさまるかもしれねえがな。」
その顔が密かな笑みを浮かべているように思えて、アンドレは不謹慎な、と眉をひそめるが、アランは構わずに続ける。
「まあ、どうなろうが俺の知ったこっちゃねえが、日増しに王室のご威光とやらは薄れていくんだろうな。王室に金がないっていうのは、この騒ぎで知れ渡っている。国王は増税や外国からの借金しか金策が浮かばねえ無能で、跡継ぎの王子は病気で臥せっている。そして王妃は、とっくに市民からの人望を失っているとくりゃあ、先は暗い。」
「・・・お前、それをオスカルの前では言うなよ。」
国王一家との親密な関係を間近で見てきたアンドレは、アランに釘をさす。若き日からの王妃に何度もご自制をと注進し続けたオスカルだったが、その彼女の忠心は、結局報われなかったのだ、結論だけを端的に言えば。だが、オスカルは今でも王妃の幸福を祈り続けていないはずがない。
「・・言わねえよ、安心しな。」
何があったのか、急いで走っていく若い貴族とすれ違うのを待ってアランは返してきた。とても強い香水の香りがした。
「ただでさえ、最近機嫌が悪い隊長さんによお、わざわざ怒鳴られるような真似はしねえよ。」
「それならいいが・・・」
アンドレは、それを聞いて気持ちが重くなる。
オスカルは今、別の班への特訓をつけているはずだった。以前なら、アンドレもそばについて離れなかっただろうが、今ではもう、彼女に歯向かうような隊員はいない。女のくせにと偏見を持つものも随分と少なくなった。皆、オスカルがオスカルゆえに尊敬し、上司として従っている。
それが誇らしくてならないが、ここにきて・・・最近のある出来事を境に、事態が複雑になってきているのだ。
オスカルだけでなく、ジャルジェ家、そして貴族社会のしきたりを巻き込んで・・。
無意識にため息をついたアンドレに、アランが不機嫌そうに、その実、彼なりに気を使いながら訊ねてきた。
「お前、なんで急にうちの班に配属になったんだ?隊長の腰ぎんちゃくを首になったのかよ?」
アランらしい単刀直入さに、笑みがアンドレに浮かぶ。
「ああ・・その通りさ。」
「けっ!」
吐き捨てるようにアランが言う。
「何やってんだ、お前らよ。」
風が吹いて左目にかかった前髪をかきあげもせず、アンドレは、フフと笑った。
「まあ、いろいろあったんだ、この数日。」
オスカルは自分に激怒している。
いや、悲しみ、失望しているといってもいいかもしれない。
ずいぶん彼女は怒鳴り、怒り、泣いたが、不思議にアンドレの方は、声も荒げず、涙も流さず、淡々と日々を過ごしている。まるで感情ごとどこかに埋めてしまったように静かな表情で傍にいる彼に、オスカルの方がまず耐えかねていたのだ。
・・もう俺を特別扱いせずに、皆と同じ勤務にしてくれ。
そう告げたのは、アンドレだった。
オスカルはその言葉を聞くと、ひどく傷ついた表情を浮かべたが、すぐに消し去りアランを呼んだ。それでも第一班を選んだのは、アランならば、片目の、碌な軍務経験もない年かさな男の面倒をうまく見てくれるだろうという温情なのだ。
「いろいろ、あったんだよなあ、これが。」
自分でも驚くほど気軽にアンドレは告げた。
「いずれ宿舎の方に寝泊まりすることになるかもしれない。その時はまた面倒かけるよ、アラン。」
「おい。」
アランがあごをしゃくり、庭園の奥を示す。そのまま無言で人目に付かない場所に二人で進むと、彼は振り返り、ドスのきいた声で言った。
「・・・あの噂は本当か?隊長が結婚するというのは・・・」
結婚。
その言葉が、感情の薄れたアンドレの心臓にキリのように突き刺さる。
だが、もう無数に突き刺された傷跡に、一つ加えられただけのことなのだ。もう特段痛みは感じない。
アンドレは、ああ、とうなずく。
「そうだ。近衛のジェローデル隊長に求婚された。」
「隊長は?もちろん断ったのだろうが?」
「ああ・・ずいぶん怒って、今や将軍と冷戦状態さ。」
あの日から、屋敷の中はピリピリとしている。とても貴族の娘の嫁入りが決まった幸福な家庭とは言い難かった。
「お前も反対したんだろうな、アンドレ。」
アランの目が厳しくなる。
「二人で国外に逃げようぜぐらい言ってやったんだろうな、隊長に!」
やはり勘のいい奴だ、とアンドレは心ひそかに尊敬する。
アンドレを第一班に・・と告げたオスカルに、アランは怪訝な目を向けていた。どうしてあんたの腰ぎんちゃくの面倒を見なくちゃならないんです、普通ならそんな憎まれ口をたたくはずのアランが、黙って敬礼を返したのだ。腐ってもかっては士官だった優秀な男である、その時点ですでに誰からか噂を聞いていたのかもしれない。
「え!!アンドレ!」
本気で心配しているアランの目に、アンドレは申し訳なく答える。
「いや・・俺は反対していない。むしろ、それが幸せになる方法なら、じっくりと考えてみるべきだと告げたよ・・・オスカルに。」
「てめえ!」
火花が散った。
よける間もなく受けたアランの拳に、アンドレはよろめき、木にもたれかかる。
「お前、それでも男か!なぜ止めてやらねえんだ!」
続けて受ける拳に、頬が痛み、口の端が裂けたが、アンドレは黙って耐える。
「隊長はてめえが好きなんだろうが!」
「・・・好きなら、何でも叶うのか?」
アンドレは言葉を返した。
「そんな感情だけでは幸せにはならない、お前だって身に染みているだろう、アラン。」
アランの震える拳が止まった。
その後ろに、士官としてのかつての彼が、そして幸福に輝いていたディアンヌの姿が浮かんで消えた。
「ただ、あいつの幸せだけが・・・俺は・・・」
頬の痛みのせいなのか、殺してきた感情が胸の中で微かな悲鳴を上げはじめ、アンドレは顔を押さえる。あの数日前の衝撃の出来事いらい、押さえつけてきた感情が噴き出そうとしていたのだ。
そう、あの、オスカルの結婚が決まったと泣きながら祖母が告げたあの夜いらいの・・・。
必死に耐えるアンドレを前に、アランの拳はダランと落ちた。
「何があったんだよ・・・」
遠くに、娘たちの笑い会う声がした。
未来に何の憂えもない明るい響きが、二人の男の耳をかすめ、とどまることなく去っていった。



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お待ちしておりました。新章の幕開け、ありがとうございます!!

〝好きなら何でも叶うのか?〟などのアンドレの言葉が胸にグサリと刺さります。
今回はアランの存在が救いでした。

第一話目は序の口ですか。大丈夫、慣れているから、と、また次をお待ちしております。

新物語のスタート!ありがとうございます。楽しみにしていました💕

アンドレの苦悩から始まるのですね。我慢に我慢を重ねたところに、親しいアランに吹き出し始めた思いの描写が、ほんとに、丁寧でグッときます。

アンドレは、どんな行動に走るのでしょう。。楽しみにしていますね😊

くろ・・様

コメントありがとうございます!

最初からシリアスモードで、私も驚いてます。
改めて原作を読んだのですが、明るいエピソードが皆無!!
しばらくこのまま進むのでしょう。

アンドレは辛いところですよね。
この先どうなることやら。

では、また!
月一更新の予定です!

すま・・様

コメントありがとうございます!

そうとうとう、最終章が始まってしまいました・・・
ここまでたどり着けるとは・・!
そして最終回までたどり着けるのか・・?
(月一更新で、あと4年掛かりますねえ)

アランに関しては、ディアンヌを助けられたのが非常に大きかったです。

では、またSな展開をお待ちくださいね!

ha・・様

コメント、ありがとうございます!

なんとしても6月中にアップするぞと、毎日こつこつ書いていたのです。
お待たせしました!

ご指摘ポイントも修正済です、ありがとうございます。

アンドレはすでにいろんなものを背負ってしまいましたからねえ。
どうするのでしょうねえ~

ひとまず、一月後あたりに更新します。
では、また!

mars様

コメント、ありがとうございます!

いよいよ新章、革命の章です。
身分の差をどう乗り越えるのか、なぜ市民の側につくのか、どう運命に逆らうのか、深く、ドSで迫っていきたいと思います。

いちゃいちゃシーンはしばらく無いとご覚悟を!
まだ序の口ですよ!

では、また!

ASUKA様

コメント、ありがとうございます!

最終章の始まりをいろいろ考えたのですが、やはりここはアンドレの苦悩からでしょう。このサイトの第一話もそんな感じだった気がします。原点です。

この先、アンドレはどうするのですかね?草むしりはあると思います。

では、また次回!

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kakonokaori

Author:kakonokaori
「ベルサイユのばら」の二次創作です。個人的な楽しみで執筆しております。原作関係者の方々よりクレームを受けた際には、中止します。お目汚しではございますが、お好きな方はご訪問下さいませ。

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