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神様へのお願い(おまけ)

「遅い、まだ帰ってこないのか。」
隊長は、イライラと呟いている。
「あの、馬鹿どもが。子供の使いでも、もっとましだぞ。」
思ったことを腹に溜めずにすぐ口に出す女上司に、ダグー大佐もすっかり慣れていた。
「何かあったのでしょうか。なんでしたら、アランにでも探しにやりましょうか、隊長。」
パリに形式的な文書を渡しに行っただけのアンドレとフランソワが、戻ってこないのだ。昼過ぎにベルサイユを出発したのだが、もう隊長の執務室の窓の外はすでに暗い。この新しい隊長の就任からしばらく衛兵隊内部は荒れていたが、最近は風紀の乱れもなく、皆任務に励んでいる。その姿は、長らく衛兵隊に勤務し、ここに骨を埋めようとしているダグー大佐が、かつてお目に掛かったことのない清々しいものだった。なので、パリへの使いをいいことに、ちょっと遊んでこようなどという不埒な輩はいないのだ。
まして使いの一人は、あのアンドレである。
「アラン・・・か、いや。」
隊長は少し考えこんだ。
「私も向かおう。部下に何かあったなら、それは私の責任だ。」
「ですが、隊長・・・」
すぐさま立ち上がった隊長に、ダグー大佐は不本意ながら、この部屋を訪れた理由を再度伝える。
「本日は大事な客人のご訪問のため、早く屋敷に戻るようにとのジャルジェ将軍からのご伝言が・・・」
「致し方あるまい。申し訳ないが、ダグー大佐、ちょっと遅れると屋敷に知らせておいてくれないか。」
「ですが・・・」
管轄が違うとはいえ、ジャルジェ将軍は雲の上の人物である。ちょっと遅れるなどと、誰に伝言を持たせればいいのか、大佐は頭が痛くなる。
だが、そんな心配をよそに隊長は扉を開けると叫んだ。
「誰か、アランを呼べ!」
仕方なく、大佐もジャルジェ家に伝令を立てるべく走り出す。同時に伝言の文句を考え始めねばならなかった。
その後、なんで俺があいつらを探しに行かなきゃなんないんです、子供じゃないんだからほっときゃすぐ帰ってきますよ・・とごねるアランをなんとか馬に乗せのたも大佐だった。
優秀な士官として配属されてきたアランを大佐は知っている。家柄の良さが後押ししてくれて大佐まで昇進したダグーには、才能にあふれた若いアランが眩しかったものだ。それが一兵卒に落され、生涯その身分から這い上がることのないことを知った部下の荒れようには、ダグー大佐も理不尽なものを感じた。大佐にとって軍人も貴族も、そのように生まれそのように生きた結果のものであり、これ以上の欲・・例えば、隊長にとって代わろうなどとは思わなかった。だから、どこかアランに同情的で甘く、それをアランも感じていて、ダグー大佐にはぶつぶつ文句を言うが、逆らうことはない。
「そんなに心配なら、俺だけじゃあなく、一個中隊でも引き連れて探しにいけばいいじゃねえか。」
すでに騎乗で待っている隊長の後ろで、アランがボソリと言った。
隊長が振り向く。
その真剣な表情が、アランの言葉を冗談としてではなく、現実的に検討を始めたように見えて、ダグー大佐の背中に冷たい汗が流れた。
「冗談ですよ、冗談。」
同じ雰囲気を察したのか、アランが慌てて言う。
「俺ら二人いれば、十分でしょが。大体、衛兵隊の制服を着た騎乗の男に、悪さを仕掛ける根性の奴らはなかなかいませんよ。フランソワはともかく、アンドレは一見強そうに見える。」
隊長は複雑な表情を浮かべたが、やがてため息をつく。
「あいつは決して弱くはないが・・・目が悪い。アンドレの目の傷は、私に責任があるのだよ。」
悔悟の念が、端正な横顔に浮かんでいた。
そういえば、と大佐は思い当たる。今まで、アンドレの目をからかってきた男たちに激怒したのは、いつも隊長のほうだったと。当のアンドレは、何を言われても受け流していて、気にしている風もない。
オスカル・フランソワ准将の噂は、ダグー大佐の元まで今までも届いていた。女ながら男として育てられ、近衛隊の隊長までのぼり詰めたこと、王妃様のお気に入りであること。容姿と伴って、そんな華やかな存在が、この宮廷で無傷でいられるはずがないのだ。ましてこの気性である。恐らく敵も少なからずいたのだろう、はた目には知れない苦労を重ねてきた方なのだろう・・・と。
そんな隊長を常に支えてきたアンドレという男も、穏やかな風貌の中にいい知れぬ苦労を重ねてきたのだろうと、ダグー大佐は同情する。
「アラン・ド・ソワソン、隊長をよろしく頼む。」
大佐はそう言い、隊長に頭を下げる。
「お戻りになるまで、お待ちしております。何かあればすぐにお知らせください。」
「頼む、大佐。」
隊長はうなずき、馬を走らせようとする。馬が軽く足を踏む。
「あれ?」
その時、アランが声をあげる。
「あいつらじゃないか?」
その視線の先には、全力で掛けてくる馬の姿があった。手綱を握るアンドレの後ろに、フランソワがちゃんとくっついている。
「おお・・」
大佐は安堵した。これで本日もつつがなく終わるのだ。
すでに出発したジャルジェ家への伝令のことが頭をよぎり、もう少しアンドレ達の帰還が早ければ必要なかったのにと少々惜しかったが、戻ってきたらねぎらってやらねばなるまいとうなづく。
「用済みなら、俺は宿舎に帰らせてもらいますよ。」
アランはとっとと馬を返す。
「こちとら、晩飯もまだなんだ。」
大佐はご苦労だった、と彼に声をかけ、次に戻ってきたアンドレ達に近づく。
「も、申し訳ありません、遅くなりました。」
すまなさそうに言うアンドレの背から、真っ青な顔のフランソワが転がるように降りてきた。普段馬に乗らない彼にはさぞ辛い走りだったのだろうと、大佐は察する。
「パリで何かあったのか?」
と聞くと、地面に息も絶え絶えに座り込んだフランソワではなく、もちろん馬を降りたアンドレが答える。
「いえ、勤務ではなにもございませんし、パリの街にも特に異常はありませんでした。ただ、少し私の気のゆるみがございました。」
そして、彼は教会で出会った兄妹のことをかいつまんで話す。
「本当に申し訳ございません。全て私の責任です。」
アンドレは深く頭を下げる。
「いやいや、無事ならばそれでいい。後は隊長に・・・」
そう振り向くと、今まで無言だった隊長の表情が目に入る。
怒っていた。
だが、それだけではない、明らかに安堵も浮かんでいる。
「馬鹿か、お前は。」
麗人の口から出てくる言葉は厳しい。
「任務をなんと心得ている。軍人失格だぞ。」
「すまない、オスカル・・・いや、隊長。」
アンドレは本当に申し訳なさそうに言う。
「心配をかけたな、すまなかった。許してくれ。」
「ふん。」
隊長は不機嫌そうに馬を官舎のほうに向ける。
「もう二度と、お前を使いになど出さん。フランソワ、お前もだ。」
え~、とフランソワは声を上げかけたが、続ける元気はないようで、地面にへたりこんだままだった。
しばらく馬を歩かせた隊長は、途中で振り向く。
「何をしている、アンドレ。屋敷に戻る、馬車を用意しろ。客人が来ているらしいのだ、父上が早く戻れと言っている。」
「あ、ああ。」
アンドレも馬にまたがり、後を追う。そこで気が付いたように地面のフランソワと大佐を振り返るが、大佐は気にするなと片手を上げた。
「客人って?」
頭を下げたアンドレが、隊長に追い付く。
「・・・分からぬ、だが父上の客だぞ。なにか嫌な予感がする、一人で戻れるものか。嫌な客なら、とっとと逃げ出すから、お前、馬を用意しておけよ。」
「・・・俺を巻き込むのか?」
「当たり前だ。軍人としては及第点はやれないのだから、少しは役に立つところを私に見せてみろ。」
「十分、役に立っていないか、俺は?」
「今の今で、何を言う、馬鹿者。」
「まだ怒っているのか?」
「当たり前だ、簡単に許すものか、大馬鹿者。」
そんな延々とした会話がだんだん遠ざかっていく。
「・・・大佐、アンドレ怒られてるんですか?」
足元のフランソワが不安そうに訊ねてきた。
「もとはといえば、俺のせいなんです。なのに・・・」
「ふむ。」
ダグー大佐は、自慢のひげを触る。
「まあ・・・心配あるまい。」
口元に自然に浮かんだのは、笑みだった。
ともあれ、つつがなく衛兵隊の一日は終わったのだ。
ダグー大佐はようやく立ち上がったフランソワを連れて、官舎に歩き出す。
今日も明日もその次も、貴族であり軍人である彼の日々は変わらない。その一本道を・・・やがて歴史のうねりに分断される道とは知らず、彼はのんびりと歩き出す。
空には星が瞬いていた。

(次シリーズ・「嵐の果て」に続く)



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No title

「ああ、ゴールデンウイークもおわりだなぁ・・・」
ゴールデン・・・

黄金と言えば、オスカル様!!

連休最後に、(おまけ)更新を発見して
PC前でガッツポーズしちゃいましたよ~♡(*^▽^*)

この後に待ち受ける嵐にドキドキしつつも
お二人のやりとりにキュンキュンしてしまいました!

アランとダグー大佐の関係性もじんわりとした温かみが感じられ・・・
う~ん、たまりません♡

素敵なサプライズ更新、ありがとうございました!
いつも素敵なお話をありがとうございます!(^^)/シ

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私もGWの最終日、一抹の寂しさを感じていたところへ、(おまけ)の更新‼︎ 元気出ました。

衛兵隊でのオスカルとアンドレ、隊長と隊員に今一つ成り切っていない2人の関係性がダダ漏れになっている辺り、良いです。こういうの大好きー!な内容でした。

アラン、フランソワ、ダグー大佐のそれぞれの絡みもすっごーく面白かったです。

ジャルジェ将軍の客人というのが気になりますね。いよいよジェローデルの登場か⁉︎と、ドキドキです。

読み切りはここまでで、いよいよ嵐の本編なのでしょうか。だとしたら肝を据えてお待ちしております。

明日からまた仕事。素敵な読み切りのおかげで頑張れます!ありがとうございました。

ASUKA様

コメント、ありがとうございます!

実写版はまだ観ていないのですけど、噂はかなり聞き及んでいます。
この壮大なストーリーを二時間におさめるというのは、ムリですよね。

それを考えれば、僅か数冊のコミックスにまとめた原作ってすごいです。

このサイトも、ゴーイング マイ ウェイで頑張っていきます。

次回から、またヘヴィーな展開になるかと思いますが、
宜しくお願いします!

くろ・・様

コメント、ありがとうございます!

ぼ~っとしていたら、いつのまにかGWも最終日でしたので、ようやく更新でした。

箸休めといいますか、次回から荒れ狂うSの嵐の前に、前回に続き穏やかにまいりました。
客人は、まず間違いなくご想像のお方でしょう。

正直、どういう展開になるか定かではないのですが、ぼちぼち頑張っていきたいと思います。
では、また!

あんぴか様

コメント、ありがとうございます!

例の方の金髪のようにゴージャスなGWでしたでしょうか?

ようやく次回作への意欲が高まりつつあり(Sの欲求がたかまりつつあり)、
最後に、ちょっと幸せなおまけをつけてしまいました。
もうしばらく、こんな展開はないのかも・・・
楽しんで頂いて、何よりです。

では、また!

す・・様

コメント、ありがとうございます!

そうなんです、とうとう出てきます、彼が。
それはもう、もつれにもつれるでしょうね。アンドレがどんな行動に出るかも、まだ分かりません。
ジェローデルは一度登場しておりますが、もう記憶の彼方です。

この先、長いですがお付き合い下さいね。
では、また!

mars様

コメント、ありがとうございます!

GWの最終日になんとか間に合い、ほっとしております。

衛兵隊ってほんと、原作を通しての想像だけなので、今回、ツッコミどころ満載だと思います。
でもダグー大佐は、こんな感じの毎日のような気がします。(アニメの大佐はシリアスすぎ)

そして、いよいよ本編です!(&ジェローデル登場)
心してお付き合い下さいね。
では、お仕事、頑張って下さい!

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私の周りにベルばらファンが居なくて、脱線したコメントにも早々に返信いだだいて、ありがとうございました。

次のジュローデルが出てきて、アンドレが荒れて〜が、kakonokaori様のSワールドでどう表現されるか💕楽しみに楽しみにしています😊

ポー様

GWはおかげさまで、平穏無事に過ごせました。
ポー様も良いGWをお過ごしになられましたか?

今回はおまけバージョンということで、本来のイメージとは多少違うのですが、楽しく終えてみました。
だって次回から、どう考えても明るくないですものね~

ゆっくり進めていきたいと思います。
では、また!

ASUKA様

いえいえ、私も内緒にしております。
ベルばらファンであることも、二次創作を書いていることも・・・

またコメントお待ちしております!

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ろ・・様

いや~広告が出てしまいましたねえ。

6月前半は、超多忙につきご勘弁あれ!

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碧様

コメントありがとうございます。

最初と文体が変わりましたか?
読み返すことがほぼないので、ああそうなんだ~、と膝を打ちました。
最近は少ない時間でうわっと書いているので、文章に凝る余裕がないからかもしれません。

これからどうなるやらですが、楽しんで頂けるなら嬉しいです。
では、また!
プロフィール

kakonokaori

Author:kakonokaori
「ベルサイユのばら」の二次創作です。個人的な楽しみで執筆しております。原作関係者の方々よりクレームを受けた際には、中止します。お目汚しではございますが、お好きな方はご訪問下さいませ。

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