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希望の行方48

草の香りが風と共に飛んだ。
先頭をゆっくりと歩んでいた馬がその香りを嗅いだためか、にわかに足の歩調を早める。背に乗るアランが軽く手綱を引き、こちらを気にするように振り返った。
「アンドレ。」
馬車の窓から少し身を乗り出して、オスカルは御者台の男に声を掛ける。
「良い心持だ。このあたりで少し休まないか。」
アンドレは頷き、前を行くアランに合図を送っていた。
ディアンヌの勇気ある門出にと、オスカルはアランに特別の騎乗を許した。真っすぐに進む衛兵隊の馬を先頭に、ディアンヌは生涯を過ごすことになるかもしれない修道院へと向かうことができる。それがオスカルにできるせめてもの贈り物だった。
フランソワやジャンの奴らも一緒にディアンヌを見送る、馬に乗るって騒いで仕方なかったんです・・・と、馬を連れにいったアランが言っていた。あいつら、修道院にバリケードでも作りかねない勢いでしたよ、ディアンヌもあんな奴らに惚れればよかったんだ、いや、かえって苦労しやがるかな・・という彼は、少し寂しそうに笑っていた。
掌中の妹を、あたらこの若さで修道院に送らねばならない兄の苦渋がそこに透けて見えて、オスカルは掛ける言葉が見つからなかった。上司を殴って降格にされたのは妹のため、出世の望みもなく才能を腐らせながらも衛兵隊にしがみついていたのもまた、妹のためだったのだ。
衝突もいさかいも事件もあったが、アランもまた不器用に愛する者を守ろうとしていたのだと、オスカルは大事な者を失って初めて得た心で、ようやく理解することができたのだ。
「さて、お嬢様方、別れが辛くなるかもしれませんが、このような陽気の日に、湿っぽい会話はもったいない。ほんの少しの間ですが、私と散歩などして頂けないでしょうか?風も気持ちよさそうだ。」
ジャルジェ家から用立てた馬車の中で、オスカルは女性陣に声を掛ける。
遅く到着するなど論外だが、修道院はもうそれほど遠くはない。
なにより、馬車の中で泣き通しのロザリーに、オスカルは頭を痛めていたのだ。
「ロザリー、そう泣いていては、ディアンヌ嬢とまともに話ができないぞ。ほら、しがみついてばかりいては、ディアンヌ嬢は苦しいのではないか?」
「あら、そんなことはございませんわ。」
泣いているロザリーとは裏腹に、ディアンヌはにっこりと笑う。
「私、実はとても嬉しいのです。今まで、このように一緒に泣いたり笑ったりしてくれる友人がおりませんでしたの。不思議ですわ・・・二人分ロザリーさんが涙を流してくださるから、私の方は、今とっても晴れやかな気持ちですの・・・」
そう言って、ロザリーの涙をハンカチでかいがいしく拭く。
「え~、二人分どころではないわ~」
オスカルの横で、足をブラブラさせていたル・ルーが口をはさんでくる。
「四人分は泣いていらっしゃるわよねぇ、オスカルお姉ちゃま。」
ディアンヌ嬢のために乗り心地のよいものをと、アンドレに屋敷に取りに行かせ馬車に当たり前のように、ル・ルーは座っていたのだ。
仕方ないだろう・・・。
どこかル・ルーに頭が上がらない様子のアンドレが、口をとがらせて、オスカルの文句を封じた。
「ああ、そうだな。ロザリーの涙で溺れる前に、ここから脱出せねばなるまい。」
フフ、とオスカルは姪に片眉を上げてみせる。
馬車が止まった。
「まあ、私ったら、きっとひどい顔だわ・・・」
慌てたように、ロザリーが顔を押さえる。
「ル・ルー、ロザリーを頼むよ。私は先にディアンヌ嬢と歩いていくから、あとで追いかけておいで。」
オスカルは、さっとディアンヌに手を差し伸べた。
「・・・ディアンヌ嬢、お手を。」
ディアンヌは、ロザリーを気にしていたが、オスカルが宮廷でご婦人方に送っていた笑みを浮かべると、ほのかに頬を赤くし、はい、とその手をとった。
「いや~、オスカル様!」
ロザリーの叫び声を尻目に、二人は連れだって日向の中に歩いていく。アランがポカン、と口を開けていた。
短い草が足元で風にそよいでいる。
パリの煤煙も汚物の匂いもなく、青い香りが胸に広がった。
「・・・寂しくなります、あなたがいないと。」
金色と黒い色の髪が指を交えるように触れ合う距離で、オスカルは本心を伝える。
「新しい生活に向かうあなたを、もっと励ますべきなのでしょうが、私はあなたが好きなのですよ。私にも心許せる友人は少ない。ロザリー・・アンドレ・・ああ、それと、もう一人、親友と呼べる人間がいましたが、その彼ももう・・・」
遠い記憶が懐かしく蘇る。
スウェーデンからの貴公子と過ごした日々は、もう胸を焦がすことからも久しくなったが、心の奥に永遠に刻み込まれている。
「忘れないでください。住む距離は遠くなっても、いつまでもあなたは大切な友人だと思っています。あなたに幸多からんことを心より願っております。」
「・・・オスカル様。」
木立にたどり着き、木漏れ日を受けながら、ディアンヌは眩し気に笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。私も同じことを思っております。塔から落ちようとする私を必死につかんでくれた、あの手を・・・私、何があっても忘れません。オスカル様のお言葉も、全て、私の宝物ですわ。心も空も繋がっておりますもの。また必ずお会いできますわ。」
「ええ、そうですね。」
見つめ合い、同時に微笑む。恥ずかし気に俯いたディアンヌが、思い切ったように言う。
「オスカル様、お腹のお子様は順調でございますか?お顔の色が少しお悪いような気がして・・・」
「・・・ええ。」
オスカルは躊躇った。どう伝えても、ディアンヌを苦しめることになるからだ。だが、彼女には嘘はつけない。ついてはならない。
「実は・・・、私はどうやら母親になるには、まだ早かったのですよ。今はまだ・・ね。」
ディアンヌの顔色が変わった。
「それは、もしかして・・・あの時・・・私が・・・」
「いいえ!」
強く否定する。
「違うのです。これは私の運命なのですよ。あなたにはまだ話していないが、私には課せられた運命があるのです。とても不思議な話なのです、とても不思議な・・・」
風が衣擦れのように木の葉を鳴らす。
「神のいたずらなのか・・・悪魔の気まぐれなのか・・・私とアンドレは、未来を垣間見てしまったのですよ。そのためにやらねばならないことが、皆が幸せに生き延びるためにやらなければならないことがあるのです。私のお腹の中にいた子は・・・その先に待っていてくれるのです。この腕に抱く日が、ほんの少し延びただけのこと。いずれ、あなたにも全てお話したい・・・不思議な話で、信じて頂けないかもしれませんが。」
太陽の光が強くなり、草が一瞬、金色に輝いた。
道しるべもない大地に、途方に暮れてオスカルは立っている。
どこに進んでいけばいいのか、未来の自分は指し示してくれなかった。自分の力で道を切り開くしかなかった。
「信じますわ、オスカル様。」
涙を浮かべながら、ディアンヌが言った。
「それは、きっと神様の試練ですわ。乗り越えることのできる人間にのみ、神様は試練をお与えになるのです。信じますわ。そして私は、オスカル様をお助けします、アンドレさんも、皆さんも・・・・私の手が必要な時はきっと駆け付けますわ。お忘れにならないで・・・」
「・・・ありがとう、ディアンヌ・・・」
オスカルは、囁く。
「神は、あなたにも試練をお与えになった・・・のですね・・・」
二人は、まだ姿の見えぬ修道院に視線を向けた。
「私には・・・あそこしかないのです。」
ディアンヌの声は静かだった。
「あの人を愛し、将来を誓い、共に老いていく・・・。もう遠い昔のようですわ。恨みも憎しみも・・・何もかもあの人が持ち去ったようで、心には微塵も残っておりませんの。あんなに愛して、希望に満ち溢れていたのに・・・」
痛ましい思いで見つめるオスカルに、黒い瞳が応える。
たおやかながらも強い光がそこにあった。
「これからの長い生涯、苦しむのは・・・私ではなく、あの人なのです。優しく弱く、流されやすくて・・・逃げるように姿を隠して・・・かわいそうに・・・。なのに、あの人のために祈ろうとしても、手の中の砂が零れ落ちていくように、思い出も何もかも消えていくのです。私が見つめている陽だまりの中に、もうあの人の姿はいない・・・だから、私は・・・」
彼女は前だけを向いていた。
「ただ、全ての人の幸せを祈りたいのです。あの人を含めた全ての人の幸せを・・・。それが、私の希望の道なのです。」
「ディアンヌ・・・」
これ以上美しい人はいない、とオスカルは目を見張る。
束ねただけの黒髪。質素な服装。
ベルサイユにいけば、何十人、何百人もの着飾った貴婦人が笑いさざめいている。
だが、横顔に光を受けている目の前の女性よりも美しい者は、いない。
・・・王妃様ですら敵わない。
ディアンヌのような女性こそ、王妃に相応しいのではないか、と。
不遜な考えを、オスカルは首を振ってかき消す。
「お姉ちゃま!」
やがて、ル・ルーの声がした。
駆ける少女の後ろから、必死に追い付こうとするロザリーの姿も見える。
まあ・・・とディアンヌが手を振る。
その清々しい笑顔に、涙をこらえながら、オスカルも手を振った。





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No title

続けての更新 嬉しい限りです。
落ち着いた幸せ と言うのでしょうか。しんみりと心に響きました。

そして、現アンドレが現オスカル様を抱くシーンが読みたいなぁ とも思ってしまいました。

空気の乾燥がものすごいです。ご自愛くださいませ。

やった〜!

もしや今日も、、、と期待して覗いてみて良かった!
更新、ありがとうございます😊
いや、実は今日一日何度も覗きに来ていたんですが(笑

私も早く現世の二人が身も心も愛し合うシーンを読みたいです。
でもそれは、やっぱり1789年7月12日までおあずけかな?
そうであってもそうでなくとも、もちろんそれまで着いて行きますよー!

最終話も楽しみです♪
お体にお気をつけてお過ごし下さいね。

管理人のみ閲覧できます

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今回はまたガラリと雰囲気が変わりましたね。

ディアンヌをエスコートするオスカル様、素敵です。そして2人の会話…隠さずに真実を伝え、これからのことを静かに決然と語るオスカル、試練を乗り越え精神的に成長したディアンヌ…芯が強いそれぞれの言葉が心に響いてきました。すぐに心が折れそうになる自分もこうありたいと思いました(感動)。

更新ありがとうございます‼︎ 寒くなるようです。風邪など引かれませんように。

ひろぴー様

悲しいけど、前を向く。
不幸を乗り越えて、歩いていく同志達です。

ディアンヌは、また登場します。

ふふ、そのシーンですね、ご希望の方は大勢いらっしゃることでしょう。
それは、まだです!(断言)

読者さんに対しても、Sサイトですよ、ここは。


お互い、乾燥対策致しましょうね。
インフルにはお気をつけて!

007様

そういえば・と記憶を頼りに、過去のコメントを探してしまいました。
合っていて、よかったです。
ずっとお読み頂いていて、こちらこそとても嬉しいです。

あと4年・・
次の章でラストまで一気にいけるかどうか、まだ決まっておりません。
ジェローデル次第ですね~

ラスイチも宜しくお願いします!

mars様

ディアンヌを前にしたオスカルは、なぜかキリリとなるのですよね。
不思議です。

強い二人には、私の願望が投影されているかもしれません。
この芯の強さが、欲しいものです。

mars様も、お元気でお過ごしくださいね。
近々、ラスイチアップします。

hama様

本当は、更新するつもりはなかったのですが、ムズムズして一気に書き上げました。
書いてよかったです~がっかりさせるところでしたね。

はい、1789年7月12日までおあずけかも・・・しれません。
二次創作として、いろいろ自由勝手に書いてまいりましたが、そこは変更し難いのです。
私としても、今から楽しみで仕方ありませんが。

ラスイチ、数日中に書き上げます。
hama様も、お元気にお過ごしくださいね!
プロフィール

kakonokaori

Author:kakonokaori
「ベルサイユのばら」の二次創作です。個人的な楽しみで執筆しております。原作関係者の方々よりクレームを受けた際には、中止します。お目汚しではございますが、お好きな方はご訪問下さいませ。

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