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希望の行方47

もう床上げしてもよろしいでしょう、と医者は言った。
診察に付き添っていたロザリーは、ほっと胸をなでおろす。
珍しく陽気な昼下がり、隣家に面した窓からでも、細い太陽の光がカーテン越しに訪れており、ここ数日の緊張から、ロザリーはようやく解放された気分だった。
どんなことから命を落とさぬとも限らない。
丈夫なオスカルでさえ、女性であることに変わりはない。もし不測の事態で容態が悪化すれば、どうすればいいのかと考えることさえ恐ろしかった。
「良かったですわ、オスカル様。」
衣服の整えに手を貸し、ロザリーは扉を開けて部屋の外で待つアンドレに吉報を伝えようとした。だが、医者の改まった態度に不穏なものを感じて、ロザリーは扉を開けぬまま振り向いた。
「・・・オスカル様。わたくしはジャルジェ家にご恩のある医者でございます。」
彼は、膝に手を当てながら言った。
「今回のこと、あまりに痛々しく、またあなたの従者に口止めをされたこともあり、オスカル様のご快復まではと黙っておりました。ですが、あなたのお父上様に対して、今回のことを黙っていることが、大変心苦しいのです。」
オスカルがまっすぐに医者に視線を向ける。医者は視線に躊躇いながらも、言うべきことは言わねばというように、言葉を続ける。
「こちらから何も言わぬのはよしとしましょう。ですが、将軍の方から、オスカル様のご容態について質問された場合は・・・申し訳がございませんが、ありのままをお話しするしか、私には方法がないのです。」
「そうか、仕方がない。」
冷静なオスカルの返答だった。むしろロザリーの方が困惑し、恐怖を感じて口を両手で覆う。
そんなロザリーに、オスカルは安心させるように頷く。
「それが筋でしょう。あなたはジャルジェ家の主治医ですからね、父に対して嘘をついてくれとは、私からも申しません。こうして親身に足を運んでくださっただけで感謝しております。もしあなたでなければ、即刻屋敷に報告されて、今頃私は、どこぞの修道院に閉じ込められているかもしれませんな、ラソンヌ先生。」
フフフ、と如何にもおかしげにオスカルは笑った。
「笑いごとではございませんぞ、オスカル様。」
医者は笑いもせずに諫める。
「何から何までご無理だったのです。命を授かるということは大変な危険を伴うことです。あなた様のように軍務につきながらなど全くの論外です。」
「耳に痛いことを言う。」
笑みをおさめ、オスカルは真顔で言い返す。
「分かっている。次は無事に産んでみせよう。」
「オスカル様!その前に、きちんとご結婚なさいませ!」
医者は叫ぶ。
ロザリーはハラハラした。扉の外のアンドレに聞こえやしないかと気をもんだのだ。だが、彼が部屋に入ってくる気配はない。
・・・よかった、階下に降りているのね。
「ああ、分かっている。」
オスカルには、どこか余裕がみられた。
「そのつもりだよ。結婚の約束は既に交わしている。だがね、問題があるのだよ。いまのままでは、相手の男がどうにも父上のお眼鏡にかないそうにないのだ。つまり・・・私より下手なのだよ、剣も銃も。」
「・・・はあ・・・?」
気の抜けた相槌をうった医者を前に、オスカルは難しい顔をつくる。
「ご存じの通り、父上はああいう方だ。女の私でさえ、幼い頃から容赦なく剣も銃も叩きこまれた非常な軍人魂の持ち主だ。その父が、私よりも弱い男をジャルジェ家の婿に認めるはずがないのだよ。私も随分悩んでいるのだ・・」
「はあ。」
何が言いたいのかと、初老の医師は次の言葉を待つ。
「だからね・・」
青い瞳が光った。いや、キラリと光ったように、ロザリーには思えた。
「せめて、あと2年・・いや、1年でよい。相手の男を訓練するまで、父上への報告を遅らせてもらえないだろうか。報告をするなというのではない、むしろ、時が来れば積極的に報告して欲しいぐらいだ。私自らの特訓さえ終えれば、必ずや父上のお眼鏡に叶う男に成長するであろう。そうなれば、この国のためにも有益な人材になるのだ。今、先生の報告で私達の仲が露見して、その命を父の成敗で失うことになれば、国家の損失にもなるのではなかろうか。」
「・・・訓練・・特訓・・・国家の損失・・・」
茫然と医師はつぶやいていた。
・・・オスカル様、ずる~い!
ロザリーは心の中で叫んだ。
オスカルは医師をけむに巻こうとしているのだ。
・・・以前のオスカル様は、こんな方じゃなかったわ!
まるでル・ルーちゃんみたい、似てしまったのかしら・・・とも思ったが、やはり女は恋をすると強くなるのだわ、と寂しくもロザリーは納得する。
「どうだろう、ラソンヌ先生、ささやかな私の願いを聞き届けてくれませんか・・・」
ロザリーがじっと見つめていると、医師の背中が、躊躇いに揺れた。
「・・・致し方ないでしょう。」
やがて・・・医師は折れた。
「ああ、心より感謝する。」
晴れやかなオスカルの声が、勝利を告げていた。
「ですが・・・」
無理はなさらぬな・・・と続けた医師の声に、大声が重なった。
「隊長!」
扉の外からだった。
「アラン?」
オスカルが驚く。
「どうして、ここに?」
・・・アラン・・ディアンヌさんのお兄様だわ・・
あの日から、ディアンヌとは会っていない。気にはなっていたが、オスカルの傍を離れられずにいたのだ。
「隊長!お話がございます!」
腹の底からの声が、シャトレ家を揺らす。
「なんだ、アラン!」
オスカルも負けじと怒鳴り返す。
「少し待ってくれないか!」
目の前で発せられた声にビクッと驚いた医師は、やれやれと首を振り、立ち上がる。
「では、オスカル様、くれぐれもご無理だけはなさらないように。」
「ありがとう・・・先生。」
医師の見送りに出たロザリーは、扉を開けて驚く。すぐ外に立っていたと思ったアランは、なんと階下に直立不動していたのだ。驚く大声だった。その横でアンドレが複雑そうな表情で突っ立っていた。神妙なようにも笑いをこらえているようにも見える表情である。
ロザリーの前で階段をゆっくりと降りた医師が、直立不動のアランに目を止めた。アランは衛兵隊の軍服をきっちりと着こんでいる。
「あなたは・・・」
医師は、自分よりも頭一つ高い男を見上げて、しばし考えていた。
やがて合点がいったように、一人で頷いている。
ギロリ、と不審な目をアランが向けると、医師は同情するように、その肩を励ますように叩いて言った。
「これから死に物狂いで精進なさいよ。」
「は・・・?」
アランが何かを言う前に、ロザリーは、さあ、先生と、待たせてあった馬車に急かせた。その動きに、自分もまたル・ルーの影響を受けていることを、彼女は気付いていない。
馬車が走り去ったあと、アンドレが階上を見ながら、小声で尋ねてきた。
「・・・具合は?」
「ええ、もう床から離れても大丈夫よ。」
「良かった。」
心からの安堵を浮かべた彼は、まだ直立不動のアランを指さす。
「早速で悪いが、会わせてやってくれないか?ディアンヌのことで早急に話があるようだ。直接話したいって、きかないんだよ。オスカルだけでなく、ロザリーと俺も同席してくれってさ。着替えられるのなら頼む。」
あれから一週間がたっている。数日前なら、アンドレも何が何でも断っていたのだろうが、オスカルは目に見えて回復している。医者の許可が下りるまで大人しくしていてくれというアンドレの懇願をしぶしぶオスカルが受け入れている状態だったのだ。
「入れ、アラン。」
ようやく入室の許可が下りると、アランは静かに階段を上がってきた。その目は部屋に座るオスカルを見た途端、伏せられる。
「すまない、アラン。お前たちのことは気になっていたのだが、少し私が体調を崩してしまってね、ようやく回復したところなのだよ。」
オスカルが告げると、アランは気まずそうに俯いていたが、意を決したように頭を上げた。
「隊長、ありがとうございました。どれだけ感謝しても・・・俺は・・・」
「構わないさ。ディアンヌ嬢は、我々の友人だからね。当然のことをしただけだ。ディアンヌ嬢は、落ち着いたかい?」
「ええ・・」
アランの顔が少し和んだ。
「あいつ、憑き物が離れたように、落ち着きました。もう死ぬ気はないと約束してくれました。生きていてくれるだけで・・俺もおふくろもどれほど幸せか・・・」
「・・・そうか、よかった。近いうちにまた会いたいものだ。」
オスカルもロザリーもアンドレも、喜びをあらわにした。
だが、アランは申し訳なさそうに言った。
「それが・・・ディアンヌは、今日、出発するんですよ。」
「どういうことだ?」
オスカルが尋ねると、アランは姿勢を正し、告げる。
「パリの郊外の修道院に入ることになりました。ディアンヌ自らの希望です。もう結婚はしないと・・・。神に仕えながら、貧しい者の助けになるのだと決意したのです。妹は、そういう人間です。兄とは違う立派な人間なんです。俺は、その志を誇りに思います。」
しばしの無言が、部屋に満ちた。
オスカルもアンドレも虚をつかれたように微動だにしない。
ロザリーは、なぜか幸福な時のディアンヌの姿を思い出した。
どれほど婚約者を愛しているか、どれだけ結婚の日を待ち焦がれているか・・。この家で尽きぬおしゃべりを過ごした時間が懐かしかった。それは遠い過去ではない、ほんのついこの前のことなのだ。
・・・どうして、こんなことに、どうして。あんなに希望に満ち溢れていたのに、どうして!
神は、ディアンヌの希望は聞き入れなかった。希望を与えながら、その一方で残酷に奪う。修道院に入れば、愛する男性と家庭を持つ日は、二度とこない。それなのに、彼女は神を信じて仕えようとしているのだ。
知らずのうちに、大粒の涙がこぼれていた。
アランが無骨に優しく言った。
「ロザリーさん、妹と親しくしてくれて感謝します。楽しかったと言ってました。とても楽しかったと・・・」
「そんな、私は何も、何もできなかった・・・」
「見送りにいかねばなるまいな。ん、ロザリー?」
泣きじゃくるロザリーを手招きをして、抱き寄せたオスカルが静かに言った。
「新しい人生を祝福しようではないか。大事な友人だからこそ・・・」
「ええ・・・ええ・・・オスカル様。」
ロザリーは立ち上がり、涙をぬぐう。
部屋に差し込む光がひときわ明るくなり、すぐに弱まっていった。
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No title

突然の訪問、失礼いたします。
私はこちら⇒b--n.net
でブログをやっているきみきといいます。
色々なブログをみて勉強させていただいています。
もしよろしかったら相互リンクをお願いできないでしょうか?
「やってもいいよ」という方はコメントを返してくだされば、
私もリンクさせていただきます。
よろしくお願いします^^

さくら様

ご訪問ありがとうございます。

折角のお申し出ですが、細々と楽しんでいるサイトですので、このまま見守って下さいね。
お互い頑張りましょうね。

痛快で面白かったです!

オスカルのラソンヌ先生への返答、ロザリーに負けないくらい、心臓バクバクでしたが(どうなっちゃうの〜って焦りまくり)、青い目がキラリと光りったオスカル、策士ですね‼︎ 凄い、凄いですオスカル様!原作の黒い騎士のニセモノをアンドレに…って言って、ニッて笑った時のオスカルの顔を思い出しました。

呆気にとられたラソンヌ先生の様子、笑えました。更にお相手をアランだと勘違いして励ますところ…また笑っちゃいました!

ディアンヌ、思い切りましたね。一抹の寂しさは感じますが、旅立つ彼女の晴々とした笑顔が思い浮かびます。

次々と更新ありがとうございます! でも、あと4年の計算とか…嬉しいです。たとえゆっくりでも楽しみが長く続くのは有り難いのです。

mars様

とうとう出してしまいました、ラソンヌ先生。
基本原作に登場する人物名だけを出すようにしているのですが、ラソンヌ先生はいいかな~と。

もっとシリアスな流れになるかなと思ったら、真逆になってしまいました。
アランがいいところに現れてくれましたし・・

この章の残りは、あと二回です。
次回はディアンヌの旅立ち編です。

年内に終えますので、間近の更新になります。
あと少々、お付き合いくださいね!

No title

おお、まさかの嬉しいプレゼント!!(^^♪

実はずっと心配だった、ジャルジェ家懇意の医師の動向。

その正体は、なんとラソンヌ先生・・・!

しかもオスカル様のしたたかさときたら!
「いつかかならず我が子と再会する!」との決意ゆえなのでしょうね

ラソンヌ先生の人のよさそうなお顔が目に浮かびます!

そして、アラン登場のタイミング、最高ですね~( *´艸`)ウププ
アランの男っぽさが絶妙な説得力になりました!

もうすぐ終わってしまうのが惜しいほどですが・・・
進まなければいけないのですね(*´ω`)

いつも素敵なお話をありがとうございます!
引き続き楽しみにお待ちしています!(^^)/シ



あんぴか様

はい、ラソンヌ先生です。
迷ったのですが、ラソンヌ先生、登場です。

アランを誤解したまま、次の章に移ります。
だからって、これからもラソンヌ先生が登場するかは不明なのですが・・

もう既に一話書き上げたので、ラスト1話です!
長かった~

まだまだサイトは続きますので、引き続きよろしくお願いします!

プロフィール

kakonokaori

Author:kakonokaori
「ベルサイユのばら」の二次創作です。個人的な楽しみで執筆しております。原作関係者の方々よりクレームを受けた際には、中止します。お目汚しではございますが、お好きな方はご訪問下さいませ。

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