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希望の行方44

窓の外は暗く、うつるものは自分の顔だけだった。
馬車の走る音が聞こえるが、その姿は夜の闇に塗りつぶされ見えない。
・・今日は二度目ね、アンドレが馬車でお姉ちゃまの元に向かうのは・・
ル・ルーは、クスンと鼻を鳴らし、窓際から離れてソファーの上で膝を抱えて座り込んだ。屋敷の者はもう誰も・・祖父母もばあやも侍女も、ル・ルーが眠りについていると思っているはずで、部屋の灯りの最低限しか灯されていない。
 先ほどまでは、屋敷の中ではちょっとした騒ぎが起こっていた。騒ぎの中心は、ばあやであった。オスカルの体調が悪いと聞いて、いてもたってもいられぬ様子で、「アンドレ、お前がついておきながら、何てこったい!この役たたず!」と孫息子に怒鳴り散らしていたのだ。
・・アンドレ、可哀想・・
 ル・ルーの頬に、ポロっと涙がこぼれる。
 いつもなら、祖母の小言も笑ってかわすアンドレなのだが、今回はさすがに笑みの一つすら浮かべることができずに、黙って俯いていた。さらに、その騒ぎに、屋敷に戻ったばかりの祖父母が加わり、「一体、どうなっておるのだ!」と祖父の大声で場が静まったのだが、話すように促されたアンドレは、申しわけありません・・と声を震わせた後、やはり言葉につまったのである。
 「あのね、お祖父様。」
 ル・ルーが割り込むと、祖父はゲンナリとした顔を見せた。だが、構わずにル・ルーは話を続けた。
 オスカルの部下の妹のディアンヌが婚約者に捨てられたこと。自殺しようとしたところをオスカルが助けたこと。
 ここまでは事実である。何一つ偽りはない。
 だが、その後はル・ルーなりに少々脚色を加えた。
「だけどね、オスカルお姉ちゃまったら、ううん・・お姉ちゃまでも、さすがに参ってしまったらしくて、ロザリーお姉ちゃまに、何か強い酒はないかい、って。ロザリーお姉ちゃまが一杯だけ出したら、それをキュッと飲み干して、足りないって言い出して、どんどん飲みだしたの。でもお祖父様・・・ロザリーお姉ちゃまもアンドレもル・ルーも止めたのよ。でも、言うことを聞いてくれなくて・・・とうとう呑み過ぎて倒れておしまいになったの・・・」
「まあまあ!」
 ばあやが叫ぶ。
「なんてお優しいお嬢さま!そのディアンヌさんのことをよっぽど心配されたのですよ!」
だが、祖父は半信半疑のようだった。
「あの・・オスカルが、か?飲み過ぎた、だと?」
「ええ、そうよ、お祖父さま。」
ル・ルーが困ったように眉をへの字に曲げてみせると、祖父は、あの大酒飲みがな・・と納得がいかないように、ぶつぶつ言う。
「あら、あなた、ご存じございませんこと?」
意外な場所から助け船が現れた。祖母だった。
「あの子ったら、一度酔いつぶれて、アンドレに抱えられて戻ってきたことがございましたわ。随分昔ですけど・・ねえ、アンドレ?」
「・・・は、はい。奥様。」
驚いたようにアンドレが頷いた。
「・・・ご存じだったのですか?」
「ええ、もちろんです。あの時もばあやが随分と騒いでおりましたからね。」
祖母は、フッと笑う。
「人並みな女性とは違うのですもの、いろいろとあの子にも人には言えない苦労もあるのでしょう。たまには度が過ぎても仕方ないことです。そのためにアンドレを傍につけているのですからね。今日のその娘さんの辛い出来事に、あの子も辛い思いをしたのでしょう・・あれで、優しい子ですから。」
キュッと握りこぶしを作るアンドレの横で、ばあやがまた叫んだ。
「ああ、なんて可哀想なお嬢さま!人並み以上に美しくお生まれになったのに、男としてお育ちになるとは!それもこれも・・旦那様が・・・ああ、旦那様が・・・」
うっ、うっ、と眼鏡をはずして泣き出したばあやを見て、祖父はこれ以上ないほど困った顔になって、
「ああ、分かった、後はアンドレにまかせる。衛兵隊の方にもよしなに伝えておけ。」
そう言うと、さっさと自室に向かって行った。
やれやれという顔で後を追う祖母は、束の間立ち止まると、アンドレに言う。
「アンドレ・・・ロザリーさんにもくれぐれもよろしく伝えておいて下さいね。あなたとロザリーさんは、オスカルも私も旦那様も心から信頼しております。オスカルが辛いようなら、どうか力になってあげて下さいね。あんな風に強く育ててしまったのは、私達です。ですから、どんな悩みがあっても、あの子は親を頼りません。そんな私たちの代わりに、あの子を・・オスカルを頼みます。」
「・・・奥様。」
アンドレは、かろうじて涙をこらえているようだった。
・・・可哀想、アンドレ。
思い返しながら、ル・ルーは鼻をチーンとかんだ。
どんなに心中複雑か、どんなにいたたまれなくて悲しいか、子供のル・ルーにだって理解できる。
「ごめんなさい・・ル・ルーがもっと早く追い付いていれば・・・ううん、もっと早く気づいていれば、オスカルお姉ちゃまにむちゃさせなかったのに・・・」
お前のせいじゃない、とアンドレは言うが、ル・ルーにはそう思えない。
ル・ルーの従兄弟になるはずだった、小さな小さな命。その命の行く末を、短い間だったが、ル・ルーは託されたのだ、あのもう一人のアンドレに。
「・・・あやまりに・・行かなくちゃ・・・」
クスンクスンと泣きながらル・ルーは立ち上がった。
もう屋敷の中は静かで、ル・ルーが歩きまわっても、咎める者はいない。
そして、恐らく、彼は待っているのだ、叔母の寝室で。
「こ、怖いけど・・行かなくちゃ・・・」
自分はまだ子供なのに、どうしてこんな怖い思いをしなくっちゃならないんだろう・・・と、普段の行動を棚に上げて、少女は暗い廊下に出る。
・・・今頃、お姉ちゃまは泣いているかしら。アンドレは・・アンドレも泣いてるのかしら・・・
祖父も祖母も、それに実はばあやさんだって、アンドレを心の底から信頼してるのだ。世の中の誰がオスカルお姉ちゃまを傷つけても、アンドレだけはお姉ちゃまを傷つけない、と・・。
だけど、今この瞬間、お姉ちゃまはアンドレの子供を失って、泣いている、傷ついている。でも、それを誰にも言えない。家族なのに、皆、お姉ちゃまもアンドレも愛しているのに。アンドレの子供だって、ル・ルーと同様、お祖父さまやお祖母さまの孫なのに、その存在すら知ってもらえないなんて、ばあやさんだって、あんなにひ孫の顔を見たいって言っていたのに・・・なぜ、なぜ・・
グルグル、いろんな思いが駆け巡って、たまらなくなってル・ルーは走り出した。
・・・せめて、もう、誰も傷ついちゃいけないんだもん。お姉ちゃまもアンドレも、そして、もう一人のお姉ちゃまたちも。
ル・ルーは知りたかった。
未来のオスカルとアンドレは不幸なのか。
どうして、そうなったのか。
これから、ル・ルーに出来ることがあるのか。
まだ見ぬ小さな命とさよならするだけでもこんなに辛いのに、もしオスカルお姉ちゃまやアンドレと永遠のお別れを迎えたら・・と、小さな心臓が裂けそうに痛かった。
「絶対、聞き出すんだから・・・何があっても。」
小さく重い決意が、オスカルの部屋の扉を押した。
空を切るような、微かな風の音が、扉の動きと共に、ル・ルーの耳の横を横切った。



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オスカルを心配し、真相を知らないままアンドレにオスカルを託すジャルジエ夫妻…嘆くばあや…言葉が出ないアンドレの悲しみの深さが状況を知る読者にはひしひしと伝わってきます。ル・ルーの助け舟があってあ~良かった。

アンドレの苦悩はどこまで続くのでしょう。オスカルも…です。これでのちにジェローデルとか絡んできたら、耐性はついてきたものの、こ、怖いですね ~‼︎

その前にル・ルーがもう1人のアンドレと対峙するのでしょうか⁉︎ ドッキドキですが、楽しみです。

更新ありがとうこざいます。微妙なこのペースも好きです。終わって欲しくないですもん‼︎

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No title

おお、良かった・・・!

ル・ルーのお陰で、当面の危機は回避できましたね!(^_-)-☆
ホッと一息・・・

と、思う間もなく。

今度はル・ルーの危機!?

いえいえ、あのル・ルーですもの、並大抵ではひるみませんよね!
たとえ相手が幽霊アンドレであっても!|д゚)💦

オスカルの体の具合も心配ですが・・・
一番の不安要素は、アンドレ自身かも。

更新ありがとうございます!
続きもゆっくりじっくりと・・・お待ちしております!(^^)/シ

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J・・様

今回、かなり遅い時間に更新したのですが、用事を済ませてのぞいてみれば、その夜のうちに幾つもの拍手が・・
素直に嬉しかったです!ありがとうございます!

更新の時間が空いてしまうと、その空き具合によって、若干ストーリーが変わってくるようなのですが、
ここで、ジャルジェ婦人のフォローが入るとは思いませんでした。

ですが、このジャルジェ婦人はまだ未知数です。何をお考えかは???
ご期待に添えるかどうか分かりませんが、どうぞお楽しみに!

では、また来月!

mars様

今回、ほとんどしゃべらなかったアンドレです。
恐らく、それを補うかのように、次回は幽霊アンドレがしゃべりまくるかも・・

アンドレがさすがに気の毒で、ここ最近、アンドレバージョンは無いですし・・
ジェローデルが登場するのが楽しみなような、怖いような・・

次回、ちょっぴり未来が見えてくるかもしれません。
ゆっくりと微妙なペースで更新していきますので、よろしくです!

あんぴか様

とりあえず何とかなった感じです。
あんな言い訳が通用するのか・・!と、個人的には思いますが。

次回はそんなに恐ろしいことはないと思います。
あと数話、ゆっくりと回復に向かいながら過ぎていく予定ではあります。
ディアンヌのその後も登場させたいですし。

ゆっくりゆっくりゆっくりとお待ちくださいね!!

す・・様

ゆっくりお待ち頂き、ありがとうございます。

ちょっと忙しくしていたら、あっという間に前回の更新から一か月が経とうとしておりました。
さすがに、空き過ぎですよね~

多分、次回で救いが見えるかもしれません。

私自身、別のサイト様を読んでいるときに、オスカルとアンドレが幸せなら嬉しいし、不幸なら胸がギュッと痛くなるのですが、それを思うと、このサイトをお読みの方々にとても酷い仕打ちを・・このサイトは・・・

す・・様もお体にはお気をつけ下さいね!

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ベル・・様

ありがとうございます!
ずいぶん長い話になってしまいましたが、お読み頂きありがとうございます。

そして、まだまだ続きますよ~
2、3年後に迎える最終回で、ああここまで読んできてよかった~、と思って頂けることを目指しております。
それまでよろしくお願いします!

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ポ・・様

ほんと、あっという間に11月ですね。
寒くなるのもあっという間ですね。

はい、今が底です。
いつまでも辛いままではおりませんよ~
次回を早く書きたいのですが、なかなか時間がとれず・・
いつもゆっくりお待ち頂き、ありがとうございます!

ル・ルーはもちろんですが、ジャルジェ婦人も外伝で見直したキャラです。
大人しいだけの女性ではないのですよね。

では、また!
ポ・・様もお元気で!
プロフィール

kakonokaori

Author:kakonokaori
「ベルサイユのばら」の二次創作です。個人的な楽しみで執筆しております。原作関係者の方々よりクレームを受けた際には、中止します。お目汚しではございますが、お好きな方はご訪問下さいませ。

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