FC2ブログ

希望の行方38

胸騒ぎがした。
パリの大通りを小器用に馬車を走らせていたアンドレは、人を押しのけながら走ってくる男の姿を見た瞬間、手綱を引いたのだ。
馬も驚いたように、止まったあとも足踏みする。
「アラン?」
後ろから怒号を浴びせながら、別の馬車が追い抜いていく。前からも勢いよく他の馬車が突っ込んできて、慌ててアンドレは馬車を道の端に寄せた。
いつもの軍服のアランではなかったが、アンドレが見間違えるはずがない。その姿は良くも悪くも、自分たちの日常にすでに深く入り込んでいたのである。
振り返ると、そのアランの後ろ姿は人込みの中に消えようとしていた。
「アラン!」
叫ぶが、もう声は届かない。
その背中に必死なものを感じて、アンドレは馬車を返し、追いかけた。
「おい、アラン!」
どんなに早く走ろうとも、馬車には敵わない。アンドレはすぐにアランに追い付き、御者台の上から呼びかけた。
アランはぎょっとした顔でそちらを見たが、「ああ・・」と呻くように言っただけで何の悪態もつかず、走り続けている。
「おい、どうしたんだ、アラン。」
歩調を合わせながら、アンドレは尋ねる。捨ててはおけない、そんな気がしたのだ。アランの顔は真っ青だった。
「おい、アラン。」
「うるせえ。」
顔も向けずにアランは答え、後はアンドレが何を言おうと無視しながら走り続ける。人も馬車も多いパリの街である、全速力で走る男に並走して馬車を走らせるのは、困難であった。間もなく追い抜いていく馬車をよけるため、アンドレは馬車を停止させた。
「おい!急ぐなら馬車に乗れよ!」
最後に叫んだ言葉に、アランの足がピタリと止まった。と、思うと、踵を返し猛スピードで駆け寄ってきたと思うと、いきなり御者台に飛び乗ってきた。
「うわっ!」
大の男にぶつかられ、アンドレは御者台から転げ落ちそうになり、辛うじてこらえる。
「早く行け!」
耳元で怒鳴るアランに、「どこに・・」とアンドレが尋ねようとすると、更なる怒号が街に響いた。大勢の男女が驚いた視線を向けてきた。
「教会だ!てめえ、ぐずぐずしてるんじゃねえよ!」
横から手を伸ばして、アンドレから手綱を奪おうとしたが、馬が動揺し始めたので、アンドレは慌てて奪い返す。
「分かったってば、教会だな?どこのだ・・・?」
「馬鹿野郎!おめえの目は節穴か!この先に塔が見えるだろうが!」
アンドレが左目を細めて見ると、先ほどアンドレが通り過ぎたあたりに、なるほど教会の付属のものらしい塔があった。
「ああ、あそこか・・・」
幾度も近くを通ったことがあるので、アンドレはその教会に見覚えがあった。
目立たない、質素な教会である。
普段オスカルの供で通う教会とは、規模も豪華さも雲泥の差で、今まで気にしたこともない。人がいるのかいないのか・・それすら危ぶまれるような教会であったが、思えばいつ見ても質素ながらこざっぱりとしていて、掃除だけは行き届いているようだった。
「いいから、早く、早く行ってくれ。」
アランの目は真剣だった。
その目一つで、人が殺せそうなほどの気迫がみなぎっている。
ゾクリとするものがアンドレの背を這い上った。それは幾度かの窮地に、オスカルが見せたことのあるものだった。
「走らせるぞ、つかまっておけよ。」
一言告げると、アンドレは馬を走らせる。
アンドレにとってはオスカルは女性の中の女性、いや生涯にただ一人の女性だが、その体内を巡る血は、弱いものをかばい、卑怯者を憎む、根っからの軍人のものである。誰かの命が失なわれる場面で、オスカルは怒りと無力をその青い瞳に宿すのを、アンドレは胸を痛めながら幾度見守ったことか。
「・・・アラン、余計なおせっかいかもしれんが・・」
アンドレは横で一心に何かを祈っている男に声を掛ける。
「手助けするぞ。俺に出来ることがあれば言ってくれ。」
「誰が、お前なんかに助けてもらうもんか!」
馬車に揺られながら、アランはそっぽを向く。だがしばらく黙ったあとに、ポツリと洩らす。
「ディアンヌが・・行方不明なんだ。」
「え?」
「家を飛び出していったきり、戻ってこねえ。随分探したが、見つからない。あとは、あの教会しか・・・」
「ディアンヌに、何かあったのか?」
「ああ・・」
口にしようかするまいか・・アランは悩んでいるようだったが、結局何も言わない。
・・・口にするのも辛いということか。
アンドレも無理に聞き出そうとは思わない。
「ちくしょう・・・ちくしょう・・・」
アランは呻いている。
やがて馬車は教会にたどり着いた。
僅かな木立の下に馬車を停める間も惜しむように、アランは飛び降りる。
「ディアンヌ!」
荒い足音と、乱暴に開いた扉の音が続いた。
「どこだ!ディアンヌ!」
馬をつないだアンドレが後を追う。
教会の中はアラン以外無人だった。
粗末な木の椅子の周りを駆け巡り、あるだけの扉を開けてまわるアラン以外、誰の姿もない。
「いないのか!ディアンヌ!」
妹を探し求める兄の声だけが、派手な装飾も巨匠の手による宗教画もない教会の中に虚しく響く。
「頼む、出てきてくれ!ディアンヌ!」
アンドレは彼の肩に背後からそっと手を置く。
「少し落ち着いたほうがいい、アラン。」
「落ち着いてられるかってんだ!」
牙をむくように、アランがアンドレの胸元を掴んでくる。
「お前に分かるかってんだ!ディアンヌはな!あいつはな!」
苦さを呑み込むように、顔をしかめた後、アランは言う。哀し気で絶望的な色が荒々しさの中に満ちる。
「・・・あいつは、婚約者に捨てられたんだ!俺たちのような貧乏貴族じゃない、金持ちの平民の女と結婚しちまいやがったんだ!」
ちくしょう、ちくしょう・・と胸倉を掴んだまま、アランは叫ぶ。
「・・・ディアンヌが一体、何をした!嫁ぐ日を指折り数えながら、あんなに楽しみにしていたディアンヌが、一体何をしたっていうんだ!あの貴族野郎め、小金に目がくらみやがって!」
「・・・なんだと・・」
アンドレも驚きを隠せなかった。
知り合って間もないが、ディアンヌの清らかさと美しさにはアンドレ自身も感心していた。彼女のような女性がオスカルの友人となってくれれば、オスカルもどんなにか心強いだろうと、嬉しく思っていたのだ。
「・・・そんな、なんてむごいことを・・・」
恐らく、これ以上ない仕打ちなのだ。愛している者から受けるあらゆる裏切りの中で、もっとも非情な仕打ちなのだ、とアンドレは茫然となる。
「・・・俺らの貴族なんちゅう身分はな、名前ばかりさ・・・」
ハハハ、とアランは笑った。
「お前に分かるかよ、金がない、たったそれだけで、人格も何もかも否定されたディアンヌの気持ちが!あの野郎はな、ディアンヌに何一つ釈明すらせずに、隠れるようにコソコソと結婚して消えちまいやがった!お前に分かるか、え?腰ぎんちゃくよ?幸せな顔をして訪ねていった女が、別の女と結婚したので婚約は無かったことにしてくれと簡単に告げられる気持ちがよ!虫けらでも払うように追い返された女の気持ちがよ?ええ!」
いつの間にか、アランは泣いていた。
「お前たちに分かるかよ・・・何不自由ない顔しやがって・・・偉そうにしやがって・・・この惨めさがお前たちに・・・」
そのまま崩れるようにアランは椅子に座り込み、顔を覆う。
パリの街を妹を探して走り回ったのだろう、その汗だらけの姿は、もう万策尽き果てたものだった。
アンドレは天井を見上げた。
木の梁が張り巡って、この建物を支えている。
アランの抑えた嗚咽を聞きながら、視線をゆっくりと動かすと、マリア像が目に入る。
質素だが、穏やかな表情の美しいマリア様だった。
「・・・分かるさ・・俺もオスカルも・・・」
自然な言葉が、アンドレの口をついて出た。
「いや・・・全て分かるわけではない。そんな、分かったようなことを言うつもりはないんだ、だが。」
心から愛した身分違いの女性が他の男を想った、自らの苦しさ。
自分以外の女に生涯の愛を捧げた男を愛してしまった、オスカルの苦しさ。
・・・あれもまた、叶うことすら願えない地獄の苦しみだった。
さらに相思相愛になった今でも、アンドレは身分の差に怯え、不安に心が震えることがあるのだ。
「・・・悔しいな。」
マリアは、二人を見詰めていない。ただ幼子だけに慈愛を注いでいるようであった。そう思うのに、アンドレはそれを見詰めていると、ずっと重しをのせていた下の気持ちがコンコンと泉のように湧き上がってくるようだった。
「・・・悔しいな、身分も金も持たずに生きるってことは・・・愛しても愛されないことも・・・全て、悔しい。どうして、こんな世の中なんだろうな。みんな、懸命に生きているっていうのにな・・・」
涙が、アンドレの頬を伝う。顔をあげたアランが、じっとそれを見詰めていた。
「だが、ディアンヌにはお前がいる、アラン。母上もいるのだろう?俺もオスカルもロザリーもいる。探そう、探し出して、助けよう。まだこれからいくらでも良い人生が送れるさ。先のことは誰にだって、神にだって分かるもんか。」
「お前・・・」
乾燥した木の香りが漂っていた。
掃除の手が行き届いている香りだった。
ディアンヌが祈りを捧げるのに相応しい場所なのだろう、とアンドレは感じた。
「アラン、他に思いあたる場所はないのか?」
「・・・ねえよ。心当たりは全部探したさ。」
大人しくアランは答える。
「ここにいなかったら、他にどこを探せばいいんだか、見当がつかねえ。」
「家に戻ってやしないか?」
「・・・家にはおふくろを残しているが・・・」
憔悴したようにアランは首を振る。
「あいつは・・ディアンヌは・・・時々思い切ったことをする。今度も何をするか・・・」
女性の叫び声が聞こえたのは、その時だった。
キャーと甲高く響く叫びの後に、別の人間の怒鳴り声が聞こえた。
どうやらこの建物の外、すぐそばからのようだった。
アンドレは耳を疑った。
その叫び声も怒号も、昔から聞きなれたものだったからだ。
「え?」
アランも分かったようである。まさか・・と目を合わす。
「ディアンヌ嬢!」
再び聞こえたオスカルの声は、そう叫んでいた。
アランとアンドレは同時に走り出す。狭い扉口を潜るときに激しく肩がぶつかりあう。
一瞬であったが、その肩を通じて、男たちのお互いの動悸までもがぶつかりあい、それが、この先にある光景への嫌な予感を、さらに掻き立てたのだった。



スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

No title

アンドレの涙に、やっと心の平静を取り戻しかけたアラン。

・・・と思ったら今度はオスカル様の叫び声、怒号。

なんだか無茶をされたのではと、お身体が心配です!!(*ノωノ)

アランとオスカル様は、軍人であること以外にも、

妙に似通った部分、ありますよね!(^^♪

初めて、拍手1号ゲット?感激です(*^▽^*)やった~♡

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

アンドレ~、やっと登場してくれましたね!
教会でのアンドレの言葉と涙には感動しました。アランも落ち着きを取り戻したし…。アンドレの優しさ、温かさ、抱擁力、流石です♡

外では何が起きているのでしょうか。最後の数行の文が、めっちゃ不安感を煽りますね~。今回もドキドキですよ。

オスカル様大丈夫かなぁ…。

でもドキドキにも慣れてきました。こんなにも色々な気持ちにさせてくださるstoryをいつもありがとうございます♡

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

あんぴか様

拍手1ゲット、おめでとうございます!
初めてとは、意外でした。
何の特典もございませんが・・

そうですね、オスカルとアランは少し似ているかもしれませんね。
アランが何不自由なく育っていたら、オスカルのようにまっすぐだったのでしょうか。

さて、続きは、二週間後くらいでしょう。
(最近、隔週更新なので)
では、また!

す・・・様

さて、ディアンヌはどうなるか・・

最近、原作のディアンヌが可哀そうで可哀そうで、たまりません。
(ひっで~え、婚約者!)
なので、できれば救われてほしいものです。

そして、ムリしてはならないところでムリをするのが、我らがヒロインでしょう・・
(ヒロイン?ヒーロー?)

では、また!

mars様

アンドレはなんとか間に合ったのか、どうなのか?

アランと偶然出会うなんて、なんてご都合主義なんだろうと我ながら思いますが、今回、勝手にこうなってしまいました。

そうアンドレは基本優しいのですよね。
原作でも、牢獄から解放された1班の連中がアンドレに嬉しそうに纏わりついているのを見て、「すごく懐かれてるじゃん!」と驚いた記憶があります。オスカルとは一味違う人望があったのかな。

次回、この続きでドキドキするか、もしくは一旦ル・ルーに戻るかは、う~ん、お楽しみに!

くろ・・様

そう、主要人物が鉢合わせします。
これは偶然ではなく、ディアンヌが最終的に行きつく場所が「教会」以外に考えられなかったからです。
(そのわりに、アランのたどり着くのが遅い!のが情けないところではありますが)

で、もう一つ、この場所でなくっちゃいけない理由もあるのですが、それはいずれ。

アンドレは、まだまだ乗り越えられないでしょうねえ・・
だって、あまりにも身分が違いすぎますからね・・

道は遠いですが、とりあえず次回の更新をお待ちくださいね!

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

N・・様

ありがとうございます!

この先の展開が気になるのですね、それでは、今後のあらすじを・・・・・

ああ、言いたい!

・・のですが、それでは楽しみが薄れますので、涙をのんで我慢します。

次回の更新をお楽しみに!
プロフィール

kakonokaori

Author:kakonokaori
「ベルサイユのばら」の二次創作です。個人的な楽しみで執筆しております。原作関係者の方々よりクレームを受けた際には、中止します。お目汚しではございますが、お好きな方はご訪問下さいませ。

最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ