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希望の行方30

馬のいななきが聞こえたように思えて、アランは足を止めた。
複数の蹄が砂を蹴る音が、彼の埃臭い衛兵隊の制服へと足元から伝わってくる。
同時に厳めしい空気が匂ってきて、アランは顔をしかめる。
「来やがったのか、あのすかし野郎・・」
どうやら部下を連れたブイエ将軍が到着したらしい、と不快な気持ちが抑えられなかった。
ブイエ将軍を迎えての閲兵式があると、彼は朝から憂鬱で機嫌が悪く、フランソワやジャンに当たり散らしていたのだ。1班の仲間たちはそれに恐れをなして、早々に広場に向かっており、彼は一人で孤独に歩いていた。
彼がブイエ将軍を嫌うのには、理由がある。
上司として将軍が不公平であるからだ。
風で砂埃が舞う足元を、アランは見る。
かって彼は将校として馬を与えられ、今のようにとぼとぼと徒歩で歩くことなどなかった。洗濯もままならぬ制服の裾を汗臭い風が吹き抜けていく虚しさを知ることもなかった。
全てはあの日に変わってしまった。
妹のディアンヌを助けるために、アランが前の隊長を殴った日である。
もっともアランは、降格処分となったことを恨んでいるわけではない。いかなる理由があれ、上司を殴りつけたのだ。銃殺や営倉入りもありえないことではなく、むしろ降格で済んだのは幸運であった。士官の地位は失ったが、辛うじて軍人としての職は失わずにすんだことは、おそらくダグー大佐たちの嘆願があったためだろうと、アランは内心感謝している。
だが、そんな彼がブイエ将軍に向ける嫌悪の色は、異常だった。
なぜなら、あごを割られた前の隊長が、何のお咎めも受けていないからである。
「・・・ちきしょう・・・」
ギリギリとアランは奥歯を噛む。
ディアンヌをむりやり手籠めにしようとした男の罪は、不問に付された。さらに言うと、罪自体が存在しないことになっているらしい。前の隊長は処分を受けることなく、今は自分の領地で悠々自適に暮らしているという噂だ。
そこにどのような駆け引きがあったのか、アランには分からない。部下の不祥事の責任を負うことを厭うたブイエ将軍が、事件をもみ消したのか、それとも前の隊長が将軍に賄賂と共に取りなしを請うたのか・・・。
いずれにしても、フランス衛兵隊の最高責任者の力なしに取り計らえることではない。
馬の群れが近づいてきた。
数頭の馬の中に、群を抜いて立派な毛並みのものがいる。
アランは立ち止まり、睨みつけた。
衛兵隊の官舎に向かう将軍は、そこで休息を取るのだろう。アランなどには目も向けず、目の前を横切っていく。騎乗の分高くなった視線だが、一人で立ちすくし、睨みつけている部下に気づくことすらしない。恐らく将軍にとって、アランは人であって人でない軽い存在なのだ。一流の剣の腕を持つ元士官の現状など、意識にすら上らないのだろう。覚えているかさえ・・定かではない。
「アラン、遅いよ!」
息せき切ってフランソワが現れたのは間もなくだった。
「もう点呼が始まるってば!ユラン伍長に怒られるよ。」
「ああ・・分かってるって。」
そばかすの散った頬が、走ったために真っ赤になっているフランソワに、アランは軽く頷く。
「おい、フランソワ・・・あいつに一泡吹かせてやろうぜ。」
「え?あいつって?」
「ブイエ将軍さ。」
「えっ!何を言ってんだよ、アラン?」
仰天したフランソワに、アランがにやりと笑う。
「大したことはしねえよ。ちょっとあの鼻っ柱をちょっと折ってやる程度さ。安心しろ、自分の恥をわざわざ言って歩くような奴じゃねえよ、大した罰は受けねえさ。」
「で、でも・・」
フランソワは渋る。
ここのところ大人しくしているが、フランソワも元々権威が大嫌いで、隙あらば小さな反抗を繰り返すアランのよい仲間である。生活のために衛兵隊に所属はしているが、職業への誇りなど毛ほども感じておらず、むしろ卑怯で不公平な貴族へのささやかな反抗に誘われると、嬉々として従ってきていた。そう・・女隊長への反抗しかり、剣や銃の密売しかり。
だから、この話にも喜んで乗るはずだと思ったアランは、拒絶の表情のフランソワに肩透かしを食らった。
「おい、別に大したことはしねえよ、ちょっとあいつの馬を驚かしてやるだけだ。わざとじゃなくて、事故ってことにすりゃあいいんだ。」
馬は臆病な生き物だと、アランは知っている。
ちょっと大きな音を立てればいい、手が滑ったことにして銃を落とせばいい、と頭の中には絵地図が描かれていた。
「で、でも・・・」
しかしフランソワは首をタテに振らない。
「そ、そんなことをしたら・・隊長に迷惑かけるんじゃ・・・」
「はあ?」
「俺らがブイエ将軍を怒らせたら、隊長も怒られるかもしれないだろう?だから・・・俺、嫌だな・・・」
「はあ?お前・・・」
アランはまじまじとフランソワを見る。
「お前・・あの女を・・・?」
真っ赤な顔が、音を立てるほど激しく首を振られた。
「違うよ!別に隊長の味方だとか、好きだとかじゃないよ!尊敬してるとか、立派な隊長だとかも思ってないさ!き、綺麗だとか、守ってやりたいとか、そ、そんなんじゃないさ・・・だ、だけどさ・・・」
フランソワは一生懸命に言葉を探すように首を傾げる。
「・・・俺たち、隊長に今まで随分ひどいことしてきただろ?なのに隊長、俺たちを馬鹿にしたり、嫌ったりしないじゃないか・・・だから、これ以上、傷つけたくないっていうか、悲しませたくないっていうか・・・」
アランは無言でため息をついた。
・・・それが好きだってこったろうが・・・
お前もか・・・と、もどかしい気持ちがアランの胸に湧く。
自然に、ディアンヌの笑顔が浮かぶ。
「お兄様、とても嬉しいわ。」
あの面会日、どんな会話を交わしたのか知らないが、妹は後で兄にはしゃいで言った。
「あんな素敵な方が、この世にいらっしゃるなんて!しかもお兄様の上司だなんて!ああ、私、お兄様が羨ましいわ。私も男性なら、オスカル様と共に働くことが出来るのに。ああ、でも、お兄様?私たち、お友達になりましたのよ。オスカル様ともロザリーさんとも。これからいろいろなお話が出来ますのよ・・・どんなにディアンヌが幸せか分かって?お兄様?」
花のような笑顔がほころんでいた。
恐らくディアンヌはもう気にも止めていなかっただろう・・・自分が乱暴されそうになった部屋が、その楽しい時間を過ごした部屋と同じ場所だということを・・・。
ディアンヌには、今まで心を割って話せる友人はいなかった。平民より貧しい生活を送っている貴族の娘には、皆どこか距離を置くのだ。
「ちっ・・」
アランは渋々うなずく。
「あの女に迷惑は掛けねえよ。いくらブイエ将軍だからって、あの女の父親も将軍だ、せいぜい嫌味を言うぐらいさ。」
「でも・・・」
まだ疑わしい目を向けてくるフランソワに、アランは「分かったって・・・」とさらに言う。
「今度だけだ。ブイエ将軍に一泡ふかせてやったら、もうあの女に迷惑は掛けねえ。これからは命令にもちゃんと従ってやるさ。それでいいだろう?」
あの女。
あの女。
フランソワのように素直に「隊長」とは呼べない。
アランは疼くような心を常に抱え続けていた。
彼女が赴任した直後の荒れ狂った反抗心は、もう自分にも周りにもどこにもない。彼女は自然に衛兵隊の風景の一つとなり、厳しくも柔らかな姿勢が、皆の心を掴み始めていた。
アラン自身も彼女に対して一歩引いた冷ややかな態度は崩さないが、いつの間にかアンドレとは口をきく関係になっていた。意外に人懐っこい彼は、暇を見つけては話しかけてきて、アランはイライラさせられたのだ。だが感情そのままをぶつけても、彼はどこか笑いに変え、どんどん距離を縮めてきた。
不思議な男だと、とうとう降参したのがアランの本音である。
その本音では、彼女もとっくに隊長と認めていたのだが、ただそれを大っぴらに認めるのが、とても悔しかった。
「・・・いいさ、俺もあの女を、隊長だと認めてやる。それが条件だ。」
あえて交換条件にする自分を、アランは内心滑稽に思う。
「他の奴らにもそう言っておく、いいな?」
「・・・なら、いいよ。」
隊長に対するアランの頑なな態度に、最近不満を見せ始めていたフランソワは、腕を組みながら厳かにうなずいた。
「で、どうするんだよ?」
「他の奴らにも話す、急げ!」
フランソワの背中を力強く叩き、アランは走り出した。
「待ってよ~」
痛みに顔をしかめたフランソワも後を追って駆け出した。




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ma・・様

はい、まだまだじっくりといきます。

「悪魔のくすり」から始まったこのシリーズですが、これが終わってしまっても、もう別バージョンのシリーズはおそらく書きませんので、ゆっくり進めていかないと何だかもったいないような気もするので。

次回は可愛いアランがみれるかも。
ついてきてくださいね~

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く・・様

アランはね~可愛いでしょ~
次回はもっと可愛いですよ~

それがああなって、こうなるのですが、そのあたりは更新をお楽しみに!

その最悪妄想って、ひょっとして、私が考えている以上に最悪だったら・・どうしましょ。

あ・・様

まだ完結しませんよ~

この「希望の行方」の章が終わっても、あともう一つ最終章が残っております。
(タイトルは未定ですが。)

でも、それが終われば終わり、かな?

私にとってオスカルもアンドレもそれぞれ唯一人なので、リセットして別の話を始めるのはありえなくって。
別のサイト様は、現代版とか革命後などお書きになられて本当にすごいと思いますが、私はあくまで原作の世界の範囲で遊ばせてもらってるだけです。

新しい書き手の方、現れたらよいですね。
(私は読みたいです)

ma・・様

た、大河ドラマにも・・!!!

お返事無用とのことでしたが、どうしても叫びたくて。

す・・様

フランソワは意外に曲者ですわ・・・
(次回に判明します)

原作を読み返してみれば、これからジェローデルのアレや、アランのアレや、ビックイベント目白押しですね~どうなるのでございましょう。特にアラン。

最近、好きな時に更新しているせいか、お話を書くのも楽しいなぁ・・と、思ってます。

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ポ・・様

原作ではアランが素直になるのは、ディアンヌが死んだ後のようですが、それよりもずっと早く素直になりそうですね~

次回は、私も楽しみです。
近々更新できればいいな。
お待ちくださいね。

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は・・様

コメントありがとうございます。

まだ後、一年は終わりませんよ~
私もできるだけ長く続けたいです。
これからもよろしくお願いします!
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kakonokaori

Author:kakonokaori
「ベルサイユのばら」の二次創作です。個人的な楽しみで執筆しております。原作関係者の方々よりクレームを受けた際には、中止します。お目汚しではございますが、お好きな方はご訪問下さいませ。

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