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希望の行方28

面会日が過ぎたあとの衛兵隊の日々は、何事もなく過ぎていった。
それが表面上であることを、オスカルは心のどこかで感じとっていたが、心身ともに緊張し続けであった頃からすると、この衛兵隊の空気が肌になじんできていることは喜ばしいことであった。
もう一つ、思いがけずディアンヌ嬢と再開し、ロザリーたちと共に親しくなれたのは、望外の喜びであった。
・・・私には、真の仲間はいない。
そういう言い方をすれば、自分を心から思っている者たちや、かっての忠実な部下たちをないがしろにしているかもしれない、とオスカルは思う。だが・・
・・・自分と全く同じ境遇を生きた人間はいないということだ。
改めて思うまでもないが、女で軍人など例外中の例外である。そうではあるが、近衛にいた頃はアントワネットはもちろんのこと、幼い王女や女官たちなど、女性の姿は身近にあった。が、しかし、フランス衛兵隊ではほぼ皆無である。周りは手のかかる騒がしい男たちばかりである。
毎日、男たちの中で指示を与え、訓練し、勤務を続けている。
オスカルといえど、やはり気の張る毎日であった。
・・・以前はこのようなことを考えたこともなかったが。
拉致事件はもちろんであるが、やはり、アンドレと男女として結ばれた経験が自分を変えたのかもしれないと思う。あの一夜に味わった男の力強さと求められる欲望の深さに、ああ、自分はやはり女なのだ・・ということが、ようやく腑に落ちたのかもしれない。男と対等に生きることに頑張るよりも、女として、人間としてどう生きるかを、より一層広がった視野で眺めることができるようになった。
そんなオスカルにとって、対等に話ができる女性との出会いは嬉しいものだった。
今まで彼女は、女の友人など取るに足らぬと、どこか軽くとらえていた。宮中の女性どもは皆、噂話に明け暮れる人種で、利害的にもオスカルは自分の素をさらすことはなかった。また、この身分の高さゆえ、侍女や平民の女たちと気安く付き合うこともなく、したがって彼女には、同性の友人がいなかった。
・・・ふふ、彼女がアランの妹だというのが皮肉だな。
華奢な外見とは裏腹に、豊かな心を持ったディアンヌ、そして守られる側から、共に支え合う関係に変化したロザリーと共に過ごした時間が、思いがけずに楽しく、同性だけで共有した空間が心地よかった。なぜ今までこんな時の過ごし方を知らなかったのかと、オスカルは口の端を持ち上げる。
その顔は、窓の外に向けられていた。反対側から明るい光が差し込む硝子では、顔は寄せてもかげろうのような輪郭しか映らない。遠くから士官たちの馬の鳴き声が聞こえてきた。これから訓練が始まる班があるのだろう。
赴任当初、オスカルはやっきになって部下たちへの訓練に明け暮れたが、近頃は自分が出向かなくとも基礎的な訓練は行われていると、任せる気持ちになっている。元々、ちゃんと集団として機能していれば、隊長など平時はお飾りでよいのである。オスカルの下には幾つもの階級が用意されているのだから。
・・・部下に押し付けておけば、こうして部屋で休んでいても構わぬわけだ。
命令だけを下してふんぞりかえっているブイエ将軍や、アランにあごを砕かれた前の隊長に、ささやかな皮肉を送るのは忘れない。だが、こうして窓際で物思いにふけっているだけでは自分も同罪になると、オスカルは自嘲し執務机に向かう。
今日も気分がすぐれない。
ペンをとり、必要な書類に目を通しながら、オスカルは重い頭を押さえる。
金色の髪がその手をすり抜け、書類の上に落ちていく。
体の不調を感じ始めたのは、つい最近のこと。
そう、あの面会日の頃である。
突然理由もなく頭が痛くなったり、胸のむかつきを覚えるのだ。ディアンヌ嬢とロザリーと話をしている最中にも、アンドレが淹れてくれた紅茶の香りが鼻についたかと思うと、胃から何かが逆流する感覚に襲われ、慌ててこらえた。
それが、何なのか・・数日悩んだ末、オスカルにはもう分かっていた。
・・・アンドレに言うべきなのだろうな・・・
無表情にペンを走らせながら、彼女は考える。
もし、その仮定が間違っていなければ、後は時間との闘いである。すぐにでもアンドレに打ち明け、行く末を決めなければならない。オスカル自身も、じっとしていられないくせに身動きするのも怖いほどの不安を早くアンドレに訴えたかった。
それなのに、いざ向き合うと言葉が出てこないのだ。
・・・ああ、あいつこそ知る権利がある。黙っておくべきではないのだ。だが・・・私は何をためらっているのだ、何を・・
扉を叩く音が、彼女の思考を中断させた。
おずおすと顔を覗かせたのは、フランソワ・アルマンだった。
「ああ、すまない。」
伍長に頼んでおいた書類を持ってくるように言われたのだろう、手に書類を持って躊躇している彼に手を差し出すと、彼は目を伏せながらオスカルが座る机まで近寄ってきた。
「うん、この書類で間違いない。助かったよ、ありがとう。」
受け取りながらねぎらいの言葉を掛けると、そばかすだらけの顔が、「いえ・・」と少しはにかんだ。
「もう、体調はいいのか?フランソワ・アルマン。」
「はい、もう大丈夫です。」
倒れたころよりは幾分顔色が良くなった彼は、今度ははっきりと答えた。そし慌ててて頭を下げると、ギクシャクとした動作で退室しようとする。オスカルは思わず微笑を浮かべた。
「ああ、そうだ。」
その彼に思いついてオスカルは言った。
「アンドレがどこにいるか知らないか?」
「・・・アンドレですか?」
扉を開けかけたフランソワが、首をひねって思い出そうとする。
「う~ん、射撃場だったような、いや、アランと話していたような・・・そのどっちものような・・・」
「・・・つまり、アンドレはアランと共に射撃場にいるのだな?」
オスカルが話をまとめて尋ねると、若い部下はハッと棒立ちになり大きく頷いた。
「あ、あの・・・俺、呼んできましょうか?」
「いや、いい。別に急用があるわけではないのだ。」
オスカルは軽く手を振り、彼を退室させた。
ディアンヌ嬢と知己を得てから、オスカルとアンドレのアランに対する警戒は更に解けてきていた。今のようにアンドレの行方が知れないこともしばしばあったが、良い傾向だとオスカルもとらえている。
フランソワから受け取った書類に目を通し始めたオスカルだったが、どうも身が入らずにそれを机上に置き、首を後ろにそらした。簡単に答えの出ない悩みが、頭も体も重くしている。
・・・私は、身ごもったのだろう・・
いくら男同様の生き方をしてきたとはいえ、自分の体である、いま起きている変化が何か、可能性を考えれば答えは一つだった。
・・・私は、アンドレの子を身ごもったのだ。
あの夜、何度も彼の熱を感じ、この身に受けたのだ。この身の深くまで、彼の愛が染み渡ったのだ。
したがって、あり得ぬことではないと、努めて冷静にオスカルは状況を把握する。
愛おしい男の子であることで、どれほどの深い感動を覚えたのか。思い当たった瞬間の震えは、この身にまだ残っている。皆が寝静まり一人になった深夜、寝室に座るオスカルの頬を伝ったのも、確かに喜びの涙であった。
だが、しかし。
それなのに。
未だに・・・アンドレは知らない。
オスカルは立ち上がって、たった今フランソワが去った扉を見つめる。
フランソワの、いや、彼だけではない、ジャンやアランや彼らの仲間の叫びが、蘇る。家族のために剣を売り払った彼らの訴えが、オスカルの心を重くしたままだった。
・・・あの時、私は、何も言ってやれなかった。
隊員の、それどころかパリの平民の暮らしがどれほど困窮しているか、彼女は知っている。
・・・知っているが、それだけだ。救ってやる力も知恵も、私にはないのだ。おお、神よ。私はなんと無力なのだ。
支給された剣を売るなど、今までのオスカルにとっては大罪も同様であった。なのに、売って得たのは、わずかな家族の幸福だったのだ。
病気の父を医者に見せ、暖かいスープを家族にあたえ、幼い弟に靴をはかせてやる・・・。
オスカルの境遇なら、当たり前すぎて意識にも上らないことが、彼らにとってどれほどの恵みなのか。
・・・罪を犯したのは彼らか?違う、彼らではない、私たちではないのか?大罪を犯しているのは、私たちではないのか?神よ!そうではないか?お答えください!
かきむしりそうになるほどの胸の痛みが蘇る。息苦しくなるほどの感情が今もあふれ出てくる。
オスカルは再び窓に歩み寄り、すがるような瞳を空に向けた。
・・・神よ。私は彼らが不憫でならないのだ。こんな無力な私に真剣に訴えてきた彼らから離れるなど、今どうしてできようか?
ほんの少しでもいい、とオスカルは願う。僅かな月日でもいい、少しでも長く彼らと共にありたい・・と。
もし自分の体の変化をアンドレに知られれば、彼は即座に何かをするだろうとオスカルは確信していた。
恐らく、自分諸共、衛兵隊から去るように説得してくるだろう。彼は、とっくに自分の命令だけに従う男でなくなっているのだから。
「オスカル?」
軽いノックの後、彼が姿を見せたのは間もなくだった。
「フランソワに聞いたんだが、何か急用だったか?」
恐らくアランと射撃の訓練をしていたのだろう彼は、汗と硝煙の匂いを纏っていた。きっと慌てて走ってきたのだろう。
「・・・いや、急用ではない。フランソワにもそう言ったのだが・・・」
苦笑しながらオスカルは答えた。ゆったりと椅子に座りなおす。
「お前、アランに銃でも習っているのか?」
そう問いかけると、アンドレはバツが悪そうに笑った。
「まあな・・一応、班長だしな。」
「いいのではないか、せいぜい頑張れ。私の方はしばらく用はないし、まだ励む時間は充分あるぞ。」
「ああ・・・じゃあ、何かあったら呼んでくれ。」
暑いのか、胸元を引っ張りながら彼は笑顔で答え、踵を返す。
「・・・あっ。」
思わず出てしまった彼女の微かな声に、アンドレは敏感に反応して振り返った。
「どうした、オスカル?」
言葉に詰まったオスカルに、アンドレの目が不安げな色に変わろうとする。
恋人への感情が彼女の唇を無意識に動かそうとした。
だが、それに勝る理性が本当に伝えたいのではない、別の言葉を紡ぎだした。
「何でもない・・・あまり目を酷使するな。」
彼女の不安を、自分の左目への不安ととったのだろう、アンドレは心配するなと頷き、姿を消す。
オスカルはいつまでもその扉を見つめ続けていた。



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おー,そう来ましたか!

前話の最後の様子から「もしや…」とは思っておりましたが,やっぱり…?(実は,結核の初期症状,というオチはなしで…笑) これが想像妊娠でなければ,オスカルさまはまさに,時限爆弾を抱えての闘いになるわけですね。衛兵隊の愛する部下たちや家,そして自分自身との…。オスカルさま,がんばれ~! 「アンドレも,がんばれ~! お前は,父になるんだ!」 (すみません。いま,『オル窓』入りました。でも,アンドレも,これでもう,うじうじしている時間はなくなりましたね。間違っても,ジェロに父になってもらおう,なんて考えちゃあ,いやよ。ジェロも,「貴女のおなかの子の父には,私が…」なんて言いそうで怖いし…。苦笑)

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ぶうとん様

はい、こう来ました。オチなしです(笑)

やはり、『もしや・・』と思われたのですね。

これからいろいろなエピソードが入り混じりますが、
重い重い、ひたすら重い路線を突っ走っていくでしょう。

ジェローデルは、さて、どう関わってくるのでしょうね?
楽しみですね~

くろ・・様

拍手1号、おめでとうございます。
深夜にご訪問の方、結構いらっしゃるのですね。
くろ・・様はなかなか寝付けなかったとのこと、安眠を妨害してしまいましたね・・

はい、Sサイト大復活です!
ほんわかムードも必要ですが、今一つやる気が出ず・・

この先はですね、かなり原作を逸脱します。
(あ・・すでにしてますね。)

さあ、どうなるでしょう・・

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No title

なんと、もしやもしやとは思っておりましたが・・・

まさかの・・・ご、ご懐妊!?( *´艸`)きゃ~♡超うれしいです!

オスカル自身は困惑しつつもすでに受け入れている様子。
あとはアンドレにどう伝えるのか・・・?

ああもう、この先が気になって気になって・・・
どうしようもないです!

いつも素敵なお話をありがとうございます!(^^)/

ポ・・様

ふふ、そうですか、予想外でしたか!

結構前から(運命の分かれ道ぐらいから)、こういう展開になるだろうなと考えておりました。
これからも暖かく見守ってくださいね。

書きたいことは沢山あるのですが、ネタバレになりそうなので、この辺で・・

では、また!


え・・様

今はただ、「するどい」とだけ申しておきましょう。

michi・・様

病の方はですね、酒浸りになってないこの時点では、ありえませんでしたしね~

この先どうなるか、アンドレがいつ知るか、拉致事件より重くなるでしょう・・
ごめんなさい・・・

あんぴか様

あ、あまり喜ばないほうが・・・

とはいえ、いつも楽しんで頂き、ありがとうございます。
これからどんな展開になるか分かりませんが、大真面目に書いていきます。

あんぴか様お皆様も、お許しください。

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ma・・様

その予感は正しいかもしれません。

といいますか、ここで幸せな未来を思い浮かべている方がいらっしゃいましたら、これ以上お読みにならないほうがよいかもしれません・・・(心からの忠告です)

でも、ma・・様はドキドキしながら、ついてきて下さいますよね。
では、また!

え・・様

ルンルン♪気分は危険ですぞ。

おお・・・神よ・・!


・・っていう気分です。

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ロ・・様

そうなんですか、開設から読んでらっしゃるのですか・・・
すごく年季の入った隠れファンなのですね。
まさか、こんなに長く続くとはお思いじゃなかったでしょう。
(私は思っていなかったです)

幸せはね~いずれくると思いますけどね~それはね~このサイトの終わる時でしょうね~気長~~~~にお待ちくださいね。

では、また!

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A・・様

お久しぶりです。

1月はあまり更新しておりませんが、こういうことになっております。

これからのSっぷりは不況の株価のチャートのように、深~く沈み込んでいくでしょう。

A・・様もお元気で!

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i・・様

明けましておめでとうございます。

1月は忙しいですもんね~

読み逃げ・・
そんな表現があるのですね。

皆さん、これからの展開をいろいろ予想されておりまして、当たっているような、当たっていないような・・こうだよ、と言いたくてムズムズするのですが、やっぱり言えない状態です。

気長にお楽しみくださいね~

プロフィール

kakonokaori

Author:kakonokaori
「ベルサイユのばら」の二次創作です。個人的な楽しみで執筆しております。原作関係者の方々よりクレームを受けた際には、中止します。お目汚しではございますが、お好きな方はご訪問下さいませ。

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