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希望の行方27

・・・いつもと違う雰囲気もいいものだ。
ティーポットとカップをのせたトレイを器用に片手で持ちながら、窓の外から響いてくる笑い声にアンドレは耳を傾ける。オスカルの執務室に向かう廊下は、先ほどの騒ぎなどなかったかのように人影がない。恐らくもう誰もかれもが面会人を出迎えるために出払ってしまったのだろう。
アンドレは、淹れたばかりのお茶の香りの湯気に遠い記憶を揺すぶられたような気がして、足を止め、窓の外を眺める。柔らかな日差しが白く地面を照らしている。
父と母のはっきりとした記憶は、もう多くは残っていない。
アンドレが両親と最後の時間を過ごしたのは、八歳の時だ。それまでの八年間は、特筆するべきことのなにもない、ありきたりな子供の毎日だったのだのだろう、記憶は漠然としていて、両親と交わした会話の断片だけが時折、心の表面に浮かび上がってくる。祖母も、孫に改めて両親のことを語るような性格ではないし、大事なお嬢様の世話に日々を忙しく過ごしていたために、アンドレから話を向けることも少なかった。
ただ、ごくたまに祖母の口から語られる両親の姿は、アンドレの記憶にある穏やかな毎日に相応しいものだった。
裕福ではないが、母の手による料理の匂い、お茶の香り、父の低いが優しい声が彩っていた日々。平凡だが幸せな子供時代だったのは間違いない。
だが、すでに両親はなく、兄弟もいない。唯一血のつながった祖母がいなくなれば、自分は天涯孤独の身なのだと、アンドレは空を飛ぶ鳥の姿を見上げながら、気づく。
本来なら、どんなに哀しく孤独だったろう、と。
・・・ふふ、だとすれば、俺は幸せものだな。
アンドレは、一人で微笑む。
先ほど、門の前で待っていた彼を見つけた時のホッとした顔のロザリーと、すぐさま飛びついてきたル・ルーを思い出す。類いまれな試練を共に乗り越えた二人とは、もう主従とも友人とも違う深い絆で結ばれている。そしてなにより、八歳の頃より共に生きてきたオスカルの存在が、心の奥に暖かいものを灯してくれていた。
・・・ありがとう、オスカル。
身分の差に苦しみ、そしてこれからもそれは絶えてやまないだろうが、こんな穏やかな時に感じるのは、心からの素直な感謝であった。
「ん?」
アンドレは窓の外を凝視した。
ル・ルーのはしっこい姿が目に入ったのだ。失明を免れたとはいえ、左目の視力は著しく落ちている。よく物を見たいときには、左目をつむって見る癖がついていた。
「ル・ルー!」
てっきりオスカルの部屋にいるものだと思っていた少女は、なんとアランと話をしている。
いや、正確に言うと、一方的にまとわりついて、とてつもなくアランをたじたじとさせているようだった。
「おい、この子供、なんとかしてくれ!」
アンドレの姿を認めたアランが怒鳴るように言う。さすがのアランも、子供相手にケンカを吹っ掛けたり、脅したりなど出来ないのだろう、どことなく神の助けに縋るような視線をアンドレに向けていた。
「なにやってんだ、ル・ルー?お前、オスカルに会いにきたんだろう?」
不思議な組み合わせだと感じ入りながらアンドレが声を掛けると、ル・ルーがこっちを見た。
「あら、アンドレ、ル・ルーはいまオスカルお姉ちゃまのお仕事ぶりについて伺っているの。せっかくの機会だから、いろいろ勉強しなくっちゃ。」
悪びれないル・ルーに、アンドレはため息をつく。
「だが、オスカルと約束したろう?知らない人にはついていくなって。そいつが誰か知らないだろう?」
「あら、もう知ってるわ。アラン・ド・ソワソンでしょ?お姉ちゃまの部下の。」
「ちっ、呼び捨てかよ。」
アランが舌打ちをした。
「ほら、行け行け!大貴族のお嬢様に用はねえよ!」
そう言って、アランは走り出し、たちまちのうちに姿が見えなくなった。
「・・・お茶が入ってるぞ。」
「・・・は~い」
その見事な逃げっぷりに、残された二人は暫し感心する。
「一体、何を話していたんだ?」
近づいてくるル・ルーに尋ねると、少女は首を傾げた。
「ん~、この仕事が好きかとか、お姉ちゃまが好きかとか、だけど?」
ずいぶん核心をついた質問だな、とアンドレはそのストレートさが羨ましくなる。
「で、アランはなんて答えたんだ?」
「なぁ~んにもよ!」
とがった小さな唇が言う。
「もごもご何か言ってたけど、何言ってるのか聞き取れなかったの。」
「へえ・・・」
アンドレは走り去ったアランの心情を思う。
恐らく奴は、オスカルに惹かれているのだろう。赴任当初からの反発は、その反動なのだ。
「・・・好きな相手ほど、いじめたくなるんだな・・」
ル・ルーは館の入り口に走ったため、アンドレの独り言は誰にも耳にされず、空に消えていった。
合流したル・ルーと共に、オスカルの部屋の扉を開けると、途端に華やかな空気があふれ出た。特に華美な服装をしている者などいないのに、楽し気な笑い声が響き、甘い香りが鼻をくすぐる。
「・・ああ、すまない、アンドレ。」
ロザリーとディアンヌに、何かを語っていたオスカルが微笑みのまま振り向いた。
アンドレは女性たちの視線を集めながら、手慣れた様子で、それぞれの前にお茶を給仕する。
「どうやら、話がはずんでいるようだな。」
「ふふ、ディアンヌ嬢の今後の参考に、姉上の結婚生活について話をしていたのだよ。私には五人もの姉がいるので、いろいろ参考になるはずだ。ああ、そうそう・・・今はちょうどオルタンス姉上の話をしていたのだよ、ル・ルー。」
「ふ~ん、どんなお話をなさっていたのかしら?」
アンドレが持ってきた椅子にル・ルーが腰かける。
「大喧嘩なさったお話?それとも、お父様がお母さまに頭が上がらないお話?」
「おお、神よ・・」
椅子にゆったりと腰かけながら、オスカルが嘆いて見せる。
「それでは、未来の期待溢れるディアンヌ嬢のためにならぬではないか。そうではない、夫婦水入らずの時間を過ごすために、愛娘を一人でベルサイユに送ってきた話に決まっているではないか。」
「あら、やだ、お姉ちゃま、まるでル・ルーがお邪魔虫のようですこと。」
ル・ルーが口をとがらせる。
「ですが、お間違いにならないで下さいね。ル・ルーのほうが気を利かせて差し上げたのですわ。それでしたら、新婚のロザリーお姉ちゃまのお話の方が、よっぽどためになりますわ。」
「いやだ、もう、ル・ルーちゃん・・」
真っ赤な顔のロザリーが言う。
「ベルナールなんて、オスカル様とは比べ物になりませんわ。家でも、もう仕事ばかりで、いてもいなくても変わりませんもの。」
「では、もう一度、我が館に戻ってきてもよいのだぞロザリー、ん?私はいつでも歓迎するぞ。」
「オスカル様・・・」
オスカルの言葉に、ロザリーは再び涙ぐむ。そのやり取りを、傍らのディアンヌ嬢が微笑みながら聞いている。
「・・・お茶が冷めるぞ。」
やれやれと思いながら、アンドレは声を掛け、部屋を出るために扉を開ける。
「どこかに行くのか?」
オスカルが振り向き尋ねてくる。
「ああ。」
アンドレはうなずく。
「見回りと・・・アランを探してくるよ。」
「分かった。早く戻ってこい。」
幾分素っ気なく告げたオスカルは、ティーカップを持ち上げた。いつもの優雅な仕草で、口に近づける。
扉を閉める瞬間、アンドレは違和感を感じた。
持ち上げられたカップが、口に触れることなく机に戻されたのだ。
完全に閉まろうとした扉を押え、アンドレは彼女の様子を伺う。
カップを戻したオスカルの表情に、苦し気なものが浮かんだ気がしたのだ。
だが、アンドレが見つめていると、彼女はすぐさま笑顔になり、今度はディアンヌ嬢の婚約者について尋ね出していた。
・・気のせいか。
アンドレは窓からの光が差し込み始めた廊下を足早に歩き出した。


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す・・・様

昨日から寒くて、こたつの中で生きておりました。
なので、今更新しなくて、いつ更新するのか、と。

今後ですが、ネタバレになるので、何も書けないのが辛いところです。
もちろん、アランはいぢめます・・うふ。

しばらく辛い展開になるのかなあ・・・
お気楽な二次創作で、なぜここまでとは思いますが。

では、また!

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No title

アンドレのモノローグに心を沿わせて
しみじみと浸っていたところに、ル・ル―とアラン登場!

ル・ル―を持て余してしまうアランは、普段の彼と違って
どうしてもコミカルになりますね(^^♪

華やかな女子会の中、オスカルがふと見せる苦し気な表情が
気になります!

本当に寒い日が続きますね、どうぞご自愛くださいませ(*´▽`*)

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ポ・・様

はは、まあ、どちらかというとパロディーに近い女子会ですけどね・・

なごやかな雰囲気は、恐らく今回で終わり!
次回から、このサイトは本来の姿に戻ります。

M?S?・・・Sですよね。

では、また!

あんぴか様

アランもだんだんと雰囲気が変わってきましたよね。
こんなはずではなかった~~!
と叫んでおります。

次回からは、ご覚悟下さいまし。

あんぴか様もお風邪やインフルエンザにはお気をつけくださいね。

ma・・様

不安めいたラストシーンは、狙っておりました!

そろそろどころか、次回からは更なるステージに突入します!

ほんと、ついてこれる方だけ、お読みくださいね、という感じです。

ma・・様はどこまでもついてきてくださいね。


michi・・様

ビクビクしてくださいね~

もう皆さま、そろそろやばい展開になるだろうということは、お分かりだと思います。

これから一番苦しむのは、う~ん、アンドレかな、やっぱり。

では、また!
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kakonokaori

Author:kakonokaori
「ベルサイユのばら」の二次創作です。個人的な楽しみで執筆しております。原作関係者の方々よりクレームを受けた際には、中止します。お目汚しではございますが、お好きな方はご訪問下さいませ。

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