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希望の行方26

慎ましやかなドレスの裾がひるがえるシルエットが、ロザリーと似ていた。
そろそろロザリーとル・ルーが訪れる頃だとアンドレを迎えにやったあと、窓から外を眺めていたオスカルの目に、軽やかな姿が自然に飛び込んできたのだ。
家族と顔を合わせる面会日に相応しい明るい光の中、歩いてくる人々の姿の間に、時々、風が舞い上がる。その風に顔を背ける中年の男女や、風など物ともせずに走ってくる子供たちの中で、彼女はあくまで自分の歩みを貫きながら、たおやかにも颯爽と日の光を受けていた。
オスカルは窓を開け、呼びかけようとした。だが彼女の執務室の傍の木の陰にその姿が入った時、自分の勘違いに気が付いた。ロザリーのもののように思えた淡い金髪が、反射する光が木の葉にさえぎられて、元の艶やかな黒髪に戻ったのだ。
ゆるやかなウェーブを描く黒髪の持ち主が、気配を感じたのか、ふとオスカルを見上げる。
宝石のような濃い色の大きな瞳が、驚きでさらに見開かれる。
「・・・まあ」
口が小さく動く。
「ああ、あなたは、あの時の・・」
オスカルが声を掛ける。
以前にパリで助けた女性であった。
パリの街角で自分の荷物を奪われそうになったのに、あっさりと許してしまったその姿が妙にオスカルの心に残っていていた。
「私を覚えていらっしゃいますか?お嬢さん」
執務室は1階にある。オスカルが窓から心持ち身を乗り出すと、女性と視線が近くなる。彼女はええ、とうなずく。
「もちろんですわ。その節はありがとうございました。あの後、なぜお名前を伺っていなかったのかと兄に叱られましたの。まさか、ここでお会いできるなんて・・・あの・・?」
素直な疑問が瞳に浮かんだ。以前に会ったときは、オスカルは軍服ではなく比較的地味な衣服を身につけていた。まさか衛兵隊に所属する軍人だとは思わなかったのだろう。
「その節は名乗らずに失礼を致しました。」
オスカルは柔らかな笑みを送る。
「私はオスカル・フランソワ・ド・ジャルジェ。フランス衛兵隊の隊長を務めている者です。このような所で再びお会いできるとは奇遇ですね。ひょっとして、ご家族がこの隊に?」
「ええ、兄がおりますの。」
彼女も微笑む。
「兄はアラン・ド・ソワソンと申します。私は妹のディアンヌです。」
「アランの・・」
オスカルは目を見張った。
いつも仏頂面で粗野な言動のアランと同じ血を持つとは思いもつかなかった。パリで助けたときにも感じたのだが、秋風を感じさせるような清廉でたおやかな雰囲気をたたえている。質素な身なりだったが、袖口の控えめなレースが、驚くほど彼女を華やかにみせている。
「そうですか、あなたがアランの妹君なのですね。仲の良いご兄妹だというお噂はかねがね耳にしております。」
「こちらこそ、まさか兄の上司の方だとは思いませんでしたわ。こんな偶然ってあるのですね。」
ディアンヌの瞳が眩し気に細められる。
オスカルは、ふいに彼女ともっと言葉を交わしたくなった。見栄も偽善もない好ましい心根が透けていたからだ。
「ディアンヌ嬢、よろしければ、私の部屋にいらっしゃいませんか?お茶でもご一緒できれば光栄です。」
「あ・・・でも・・・」
そこでディアンヌがためらいを見せた。断る言葉を選んでいるようだった。
「ああ、ご心配には及びません。」
前の隊長の乱暴な行動を知るオスカルは安心させるように言った。
「私は、女性ですよ。」
「まあ・・・!」
ディアンヌが素直な驚きの声を上げる。
「・・・兄が家に戻った時に、よく話をしておりましたが、まさか女性の方だったなんて!」
「アランが私の話を・・?」
オスカルもいささか驚く。
「一体、どんな話をしていたのか、お尋ねするのが恐ろしいようですが・・・」
「ああ、いいえ、いいえ。」
ディアンヌが慌てて首を振り、そしてうっとりとするように眼差しを上げる。
「兄は・・・オスカル様のお名前はヘブライ語で神と剣を意味するのだ、と申しておりました。そして見事な金髪をお持ちだとも。あの兄がそんな話をするのはとても珍しいことなんです。でも、まさか女性の方だとは思いもよりませんでしたわ。ああ、でも・・・」
少しためらった後、彼女は続けた。
「先ほど、窓からお顔をお見せになった時、金髪に光が反射して、とても美しくて天使様のようだと思いましたの。兄の話から、オスカル様はとてもお強くていかつい方だと思っておりましたのに、こんなに美しい方だったなんて。しかも女性の方だなんて。」
「ほう・・・あなたに褒めて頂くのは光栄だが、女性が軍人として男性と肩を並べるなど慎みに欠けるとお思いになりませんか?」
片方の眉を上げて試すように言うオスカルに、ディアンヌは、とんでもない、と答えた。
「いいえ、むしろ反対ですわ。私もかねがね思っておりましたの、私も女性でなければもっと教育を受けて、働いて、困っている方たちのお役にたてるのに、と。世の中で地位を持つことが出来れば、もっといろんなことができて、多くの方たちを助けることが出来るのに、食べ物がない方にも食べ物が分け与えられ、仕事がない方には仕事を探してさしあげられる、そんな皆さんの生活を楽にする手立てを考えられるのに・・・と。だから、私はオスカル様がうらやましい。女性だから男性のように活躍できないと思っていた自分が恥ずかしいのですわ。オスカル様は・・・とても心がお強くて、勇気がおありなのですね。」
オスカルは、言葉を失った。
最初に会った時から、変わった女性だと思っていたが、これは筋金入りだ、と。
・・・この人は、とても愛情が深いのだ。
思わぬ感動が背筋を這い上がってくる。
恐らくこの女性にとって、地位や権力とは、弱い者を助けるために与えられる剣なのだ。オスカルはまじまじとそのほっそりとした姿を眺める。アランの妹であれば、彼女も貴族である。貴族であるが、身なりからしても平民に等しい生活を送っているであろう、このベルサイユで夜な夜な奇抜なファッションを競い合っている貴族とは天と地ほども違う。
なのに、オスカルには目の前の女性ほど高貴な人が、このベルサイユにどれほど存在するのかと考える。
不敬ではあるが、恐らく王妃よりも高貴な魂を身に宿しているのかもしれない。
・・・私は、こんな風に考えたことがあっただろうか。
ディアンヌの姿に、遠い昔に忘れてきたものが重なる。
それは十代の、アントワネットの警護に明け暮れていた日々の中、アントワネット様をお守りすることが、このフランスの明るい未来を守ることだと信じて疑わなかった自分の姿であった。初々しい王太子妃を迎えたあの頃、新しい時代の訪れに期待で溢れていた。
だが、その理想も、醜聞と俗世の垢にまみれる日々の中で失われ、いつの間にか自分も、アンドレと自分の生きる道を探すのに精いっぱいになり、知らずのうちにフランスの貧しい人々を救うという理想に絶望していた。
「あの・・・オスカル様?」
黙って自分を見つめているオスカルに、ディアンヌが困った顔をする。
「あの・・・私また変なことを言ったでしょうか?兄によく叱られますの。お前は世間を知らなさすぎるって。」
「おやおや、あなたを叱るなど、ひどい兄上だ。」
オスカルは肩に軽やかな風を感じた。
「そこでお待ちなさい。すぐに参ります。」
そして彼女を迎えるために、窓を離れた。

「と、いう訳なのだ。」
目を真っ赤にしたロザリーに、オスカルは大まかないきさつを伝えた。
「そのあと、ディアンヌ嬢がもうすぐ結婚されることを聞いてね、ぜひとも幸せになって頂きたいと思ったのだよ。」
「まあ、そうでしたの。」
ロザリーが恥ずかしそうに俯いた。
「私ったら、どうして泣いたりしたのかしら、みっともないわ。」
執務室の椅子に腰かけて悔やんでいるロザリーに、ディアンヌ嬢がそっと寄り添った。
「分かりますわ。オスカル様はとても素敵な方ですもの。女性としてだけでなく、人間としてご自分の足で進んでいらっしゃるのですもの。心がとても深く揺さぶられますわ。」
「そう・・ええ、そうなの。」
パッと、ロザリーが顔を上げた。
「オスカル様の本当の魅力をご存じなのね。嬉しいわ。」
二人は顔を見合わせてニコリと笑いあうと、もうそこからは若い女性同士である、たちまち会話に花を咲かせ始めた。
・・・やれやれ。
オスカルは微笑んだ。
こうして膝を突き合わせて話に夢中になっているロザリーとディアンヌは、まるで姉妹のようであった。恐らくとても気が合うのだろう。
幸せな気持ちで二人を眺めていたオスカルであったが、ふと、心に騒ぐものがあった。
・・・私は、フランス衛兵隊の隊長であるというこの地位を、准将というこの肩書を、貧しい者たちの平安のために役立てているのだろうか。近衛にいた頃、彼らのために何か成したであろうか。
満足する答えは、己の心に一欠片も見つからなかった。
・・・私は、この国を守るために生きてきた。だが、本当に誰かを守ったことがあるだろうか・・・
やはり答えはみつからない。
その自問は、しばらく続いた。
だが、その内面を顧みる深い自問は、「ねえ、オスカル様」というロザリーの楽し気な声で一旦終わりを告げた。
「なんだい、ロザリー?」
クスクスと笑い合っている二人の女性に、オスカルはやさしい瞳を向ける。
その瞳は、いつもよりずっと深い青を湛えていた。
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ぶうとん様

そうなんです、また間違えてしまいました。
どなたも気づいていないと思ったのですが、やはり気づかれてしまいましたね・・

す・・・様

平和なのは、表面だけかもしれませんよ~
このディアンヌちゃんは、結構危うい存在かもしれません。私自身苦手なタイプ、かも。
これからの試練、乗り越えられるかしら?

michi・・様

コメントありがとうございます。
原作のディアンヌちゃんは、婚約者に捨てられて自殺してしまう女性ですが、このサイトでは、与えられた運命に左右されるのではない女性になればいいな、と願いました。
ただ、オスカルやロザリーのような清濁併せ呑むタイプではなく、ただひたすら清らかな理想を持つところが、美しくもありますが、おっとろしくもあります。
それぞれが女性としてどのような生き方を選ぶのか、そこまで書ければいいな、と思ってます。
む、難しい~

えびすけ様

どうなるんでしょうね・・
ネタばれになりますので、そこはあえてノーコメントで。

予想外の展開になることは確かです。

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え・・様

了解です!

ma・・様

更新できる時にしなければと思いまして。

今回は女子会編でした。
次は、何編でしょう・・?

本当に寒くなりましたね。
ma・・様もお気をつけて!

No title

おお、いつの間にか更新が!!(*´▽`*)
(コメントも凄い数ですね~)

女子力の高そうな二人に懐かれる(?)隊長
衛兵隊員たちが見たらさぞ羨ましがるでしょうねぇ・・・

ディアンヌはひょっとするとオスカルをとんでもない世界に引き込んで
しまうような力を持っている・・・?

それが良いのかどうかはまだまだ予想もつきません(≧◇≦)

引き続き、楽しみにお待ちしています!
いつもありがとうございます!(^^)/

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あんぴか様

更新できるときにしておかないと、なかなか進みません・・

隊長もアンドレを虜にしたのですから、異次元の女子力の持ち主かも。

ディアンヌはねえ、もうちょっと付き合ってみないことには、全貌が分かりません。良くもあり、悪くもあり、かな?

では、また!

ポ・・様

う~ん、アントワネットを交えての女子会・・想像したら、どうしてもパロディーでした。

そういえば、あのシーンがいずれ来ますね。
(フェルゼンのために生きているとなぜおっしゃらぬ、王妃様・・みたいなやつ)
まあ、まだ遠い遠い先の話です・・

ご心配ありがとうございます。昨夜はあまりの寒さに目が覚めましたが、朝にはほとんど雪が消えておりました。
ポ・・様も、お気をつけて!

こ・・様

初コメ&お褒め頂いてありがとうございます!

人生の中の貴重な三日間、このサイトに費やして頂き、ありがたいやらもったいないやら。

実は新エピソードの最新二話(今月コミックになるやつ)をまだ読んでいないので、ちょっと不安を抱えて生きております。コミックを読み次第、しれっと入れ込むかもしれません。

ボチボチ更新ですが、これからもよろしくです!
プロフィール

kakonokaori

Author:kakonokaori
「ベルサイユのばら」の二次創作です。個人的な楽しみで執筆しております。原作関係者の方々よりクレームを受けた際には、中止します。お目汚しではございますが、お好きな方はご訪問下さいませ。

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