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希望の行方25

女の叫び声が響く。
面会日ののどかな雰囲気の中、同僚が家族とにこやかに笑い合う中を、斜に構えながらもブラブラと歩いていたアランの耳にも、それは微かに届いた。
若い女性の叫ぶ声。
しかも隊長の執務室のある方向からである。
・・・ディアンヌ・・!
アランはとっさに走り出す。
忌まわしい過去。
前の隊長が妹を部屋に連れ込んだ時に、妹が上げた叫び声。
もしあの時、偶然自分が近くを歩いていなかったら、妹は一体どうなっていただろうか。あの聖者のような無垢な微笑みを今のように浮かべていられただろうか。
・・・ちくしょう!またディアンヌを部屋に引き込みやがったな!今度はあごの骨を折るぐらいじゃ承知しねえからな!
こぶしを握り締め、全力で走るアランであったが、ふと違和感が脳裏に走った。
・・・おい、誰が、ディアンヌを引き込むんだ・・?
思わず頭に血が昇ったが、よく考えてみれば、今の隊長はそもそも女だった。他の隊員や上司は男だが、彼らはアランの恐ろしさを重々承知している。あごの骨を砕かれるのを覚悟でディアンヌに手をだそうとするものなど、いやしない。
だが距離が離れていたため、自分以外の周りの人間には気付かれないほど微かな声だったが、確かに聴いたし、しかもその声は、あの女隊長の名を叫んでいた。
・・・何をしてやがるんだ、あの女は!
全く持って不可解な女である。
アランは走りながら、ちっと舌打ちをした。
自分たちが剣を売り払った事件から、数週間が経っている。結局、自分たちは何のお咎めも受けることはなく、変わり映えのない日常が戻っていた。事が事だけに、さすがのアランも自重し淡々と任務をこなし、あの女隊長も何事もなかったように職務を果たしている。
何事もない。
今度はそれが気にくわない。
・・・あの女も、結局は自分の保身を考えやがったんじゃないのか?部下が剣を売ったなどとお偉方に知られれば、あの女の株が下がるからな。
ならば、自分たちがあの女を拉致したことを不問にしたのも、全て自分の保身のためなのだろう、とアランは無理やり思い込もうとしていた。どうしてもそう思いたかった。
でなければ、金も財産も無い自分は、あの女に憐れまれていることになるんじゃないか・・・と。
あの女から与えられる唯一の感情が、憐れみになるのか。そう思うだけで体の芯が熱くなるほど我慢がならない。
「へっ!そう簡単にいくもんか。」
何がそう簡単にいかないのか、自分が本当に恐れているものが何か、アランは考える前に吐き捨て、足を速める。
騒ぎはやはり、隊長の部屋の前で起きていた。
恐らくこの一角の近くにいただろう隊員たちが二十名ほど、すでに集まって、輪を作っていた。
「おい、一体、何の騒ぎだ!」
振り向いた男達は、皆恐ろしいほどの困惑の表情を浮かべていた。そこにはダグー大佐の姿もあり、またもじゃもじゃの髪の毛をした子供を肩に乗せたアンドレの姿もあった。
「ロザリー・・落ち着いて、どうしたんだい?」
アンドレが輪の中心にいる若い女性に声を掛けている。泣きじゃくっているその女性は、黒髪ではなく金髪だった。
・・・ディアンヌじゃない。
ホッとしたアランを尻目に、泣き声はますます大きくなっていく。
「ロザリー?」
部屋の中から隊長が心配げに現れた。男たちは慌てて後ずさり、空間をあける。
「一体、何を泣いているのだ?私に話しておくれ。」
「オ、オスカル様・・・だって、オスカル様が別の女性の方と・・・」
ロザリーと呼ばれた女性は、何となくディアンヌに雰囲気が似ていた。その彼女が大きな瞳から涙をポロポロとこぼしながら、隊長に歩み寄る。同じ金髪ではあるが、隊長の太陽の光を集めて固めたような眩しい輝きとは違う、淡い金髪だった。
「・・・ご、ごめんなさい、オスカル様。お会いできるのをとても楽しみにしていたのですけど・・・ほかの女性の方とご一緒にいられるのを見て、わ、私、少し驚いただけなの・・・」
必死に涙を押さえようとしている女性に、隊長は優し気な微笑みを送りながら、その手を自分の両の掌におさめる。
「来てくれて、とても嬉しいよ、ロザリー。忙しいのに我が儘を言ってすまないね。」
そう言うと、右手をそっと上げ、女性の涙をぬぐった。
「ちょうど偶然、パリで知り合った女性とここで再会してね、話を聞いていたところなのだよ。もうすぐご結婚されるそうで、祝福したくてね・・・ああ、そうだ、よければ、お前も一緒に話をしないか、ロザリー?お前なら、色々とアドバイスもできるだろう?ん?」
「オスカル様・・・」
隊長が覗き込むと、今泣いていたはずの女性の顔が、見る見るうちに薔薇色に輝きはじめる。
アランはゾッとした。
どう見ても恋人同士の語らいにしか思えない。アランは思わずアンドレの顔を確かめた。何人かの男たちも、同様にじっとアンドレを見ている。
だがアンドレは、毛ほども顔色を変えず、いやむしろこんなやり取りなど、太陽が朝昇り夕方沈むのと同じくらい当たり前なことのように、にっこりと笑った。
「じゃあ、俺はお茶でも入れてこよう。ゆっくり話してくればいい。」
「ああ、すまない、アンドレ。」
隊長もにっこりと笑い、恥じらう女性の肩を抱いて部屋に誘う。
「諸君、騒がせてすまない。何でもないのだ。ダグー大佐も、勤務中に申し訳なかった。」
扉の向こうに姿を消す前に、隊長は廊下に茫然と立ちすくしている隊員たちに声を掛けた。ダグー大佐は何か書き物でもしていた途中なのか、インクで汚れた指先を無意識にこすりながら頷き、他にも面会に向かう途中だったのか、もしくは終えた後なのか荷物を抱えたもの、着替えの途中だったのか、軍服の前をはだけた男たちも、つられて人形のようにぎこちなく頷く。
「ああ、アラン・ド・ソワソン。」
扉が閉じられる前に、その目が自分を捕らえたのを見て、アランはギクリとした。何人もの隊員がいるのに、どうして自分に気が付くのかと訳もなくうろたえる。
「・・・なんでしょう?」
それでも辛うじて上官に対する口の利き方に気を付けた彼に、隊長は仄かな笑みを浮かべた。
「妹のディアンヌ嬢が私の部屋にいる。折角だから、お前も同席して話でもしないか?元々はお前に会いにきたのだからな。」
「え?ディアンヌが?」
実はいつまで経っても現れない妹を心配して、ウロウロ歩いていたアランである。妹が隊長の部屋にいたことに驚いたが、もっと驚いたことは、会話を聞きつけた妹が、頬をこれ以上ないほどに染めながら、扉から顔を覗かせたことだった。
「あらいやだ、お兄様。いらっしゃったの。」
いつもなら、お役目ご苦労さま、お体の調子はいかが?お兄様?と天使の笑みを浮かべて駆け寄ってくる妹の言葉とはアランはとうてい思えなかった。
それでも妹の名を呼ぼうとぎこちなく笑った兄に、妹はとどめの一言を無邪気に告げた。
「しばらくオスカル様とお話していきますから、後でね、お兄様。」
扉はディアンヌらしく、お行儀よく静かに閉められた。
「・・・おい。」
茫然とする彼に、同情の視線が向けられる。衛兵隊の中で、アランの妹思いを知らぬものはいない。
「仕方ないさ、アラン。相手が悪い。」
一体今のは何だったんだろうと、首を傾げながら皆が散っていく中で、アンドレが声を掛けてきた。
「オスカルにはベルサイユ中の令嬢を夢中にさせた実績がある。本人には全く悪気はないんだよ。」
「うるせえ・・」
ムッとなったアランは、アンドレに背中を向けて、廊下を大股で進んだ。自分の背中に、アンドレが思わず噴き出したような気配も感じて、更に足音高く歩く。
・・・いったいなんだってんだ、あの女。
建物からでた足の裏に、砂利が吸いつく。蹴っても蹴ってもまとわりつき、砂埃さえたつ。
苛立ちながら、足元を蹴るアランの足元に、こじんまりとした影が張り付いた。
振り向くと、間近にもじゃもじゃの頭の子供が立っていた。
「な、なんだ、お前?」
まだ十歳にも満たない少女のようなのに、恐れる気配を露とも見せずに、自分を見上げている。さっきまでアンドレの肩に乗っていた奴だった。
「あなた、アラン・ド・ソワソンね?」
少女は何の前置きもなく、挨拶すらなく普通に話しかけてくる。どことなく誰かに似ている・・・アランの記憶がささやく。
「ああ、そうだが・・誰だ、お前?アンドレの親戚か?」
ぶっきらぼうだが、女子供にはそれなりに優しいはずのアランが、警戒した。それは堕落はしたが優秀な軍人の素質を持つ彼の勘が働いたのかもしれない。
果たして小首を傾げた少女が言った。
「ううん、違うわ。親戚はアンドレじゃないわ。オスカルお姉ちゃまのほうよ。」
「は?」
「私はル・ルー。」
少女が名乗る。
「オスカルお姉ちゃまの姪よ。お噂は聞いているわ。よろしくね、アラン。」
アランはまじまじと少女を見た。
・・・隊長の?まさか。
どこをどう見ても似ていない。波打つ金髪も、深い青の瞳も、人目を吸い付ける赤い唇も持っていない、そばかすだらけのどんぐりのような目をクリクリと動かしているただの子供だった。
だが、何を思ったのか、アランの顔を見てウフフと笑ったその自信いっぱいの表情は、違った。
・・・本物だ。
血は争えないものだと、アランは感じた。
深い溜息が、真上に昇った太陽が作る自分の足元の影の中に落ちていった。




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No title

あけましておめでとうございます!

年末年始の何かとお忙しい時期が過ぎ、そろそろかもと
お伺いして良かったです(^^♪

オスカル様の本領を発揮した貴公子っぷりに、
アランも形無しですね
その上、どうもル・ル―にまで翻弄される予感が・・・
彼に安息の日は訪れるのか?

いえいえ、たっぷりと苦悩してこそ、男っぷりが上がるというもの。
続きを楽しみにお待ちしています!

更新ありがとうございました(^◇^)ノシ

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あんぴか様

あけましておめでとうございます。

2017年はアランで幕開けです。
是非とも彼には男っぷりを上げてもらいたいものですね。

まだまだ正月気分が抜けず、ゆるい感じの話になりました。
今年もボチボチと更新していきますので、お付き合い宜しくお願いします!

くろ・・様

あけましておめでとうございます。

明るい新春に貢献できて、とても嬉しいです。
正月早々、ハードな内容は、いくらこのサイトでも気が重いですからね~

今年もよろしくお願いします!

ポ・・様

あけましておめでとうございます。

そうですか、アランにSですか。
では、今年は楽しめそうですね~

ゆっくり更新になりますが、今年もよろしくお願いします!

す・・・様

あけましておめでとうございます。

ナイーブな・・アラン・・
ナイーブなアラン。
ほんと、そうですね。

原作本編では出会うことのなかった人たちが知り合うって、なんて滅茶苦茶な展開なのでしょうね。

今年もよろしくお願い致します。

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明けましておめでとうございます。

新年早々に令嬢秒殺のオスカル様,嬉しく拝読しました。今年もまた,楽しみにサイト訪問させて頂きますね。ご無理のない範囲で,どうぞよろしくお願いいたします。

michi・・様

あけましておめでとうございます。

アランって、なんていじり甲斐のあるキャラなんでしょ。
苦手だと思っていたのが嘘のようです。

ル・ルーとの会話は全く想像できないので、この先どうなるかまだ不明です。

今年もよろしくお願いします!

ma・・様

あけましておめでとうございます。

楽しんで頂いて光栄です。
意図したわけではないのですが、もうこうなるしかないよね・・という宿命の展開です。
次回も面会日編。誰バージョンになるかは未定です。

今年もよろしくお願いします!

ぶうとん様

あけましておめでとうございます。

まさかディアンヌ嬢まで落とすとは、思いもしませんでした・・
本年の第一作目はストレス無しに書けて、幸先の良いスタートを切れました。

今年もよろしくお願いします!
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kakonokaori

Author:kakonokaori
「ベルサイユのばら」の二次創作です。個人的な楽しみで執筆しております。原作関係者の方々よりクレームを受けた際には、中止します。お目汚しではございますが、お好きな方はご訪問下さいませ。

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