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希望の行方20

「・・・アンドレ、何故だと思う?」
自室でオスカルは、傍らの男の肩に頭を預けながら問い掛ける。
「全員が栄養失調だということだ。全員がだぞ・・・」
もう深夜に差し掛かろうとしている。
いつもならばアンドレも自室に引き上げている時間だが、昼間の訓示中にフランソワ・アルマンが倒れた後、なんと栄養失調が原因だと判明し、急遽、隊員全員の健康診断を行った。そのため通常の勤務に変更が生じて対応に追われ、オスカルが館に戻れたのはつい先ほどのことである。今夜の夜勤の面倒は自分が見ると、ダグー大佐が申し出てくれたのは、さすがに驚きと怒りと疲れが混じり始めたオスカルを気遣ってくれたのだろう。
「栄養失調の原因など、フランソワは分からないの一点張りだし、班長のアランはしらばっくれるばかりだ。」
パリの街になくとも、衛兵隊にはパンも肉も支給されている。若い彼らが任務を遂行できるに十分な栄養は与えられているのだ。
「なぜだ・・・ダグー大佐には思い当たることがあるようにも思えるが、さすがに大佐を問い詰めるわけにはいかない。」
「ああ、大佐はいい人だしな。」
オスカルの髪の房をもてあそびながら、アンドレが言う。
「・・・大佐の口からは聞かないほうがいいだろうな。きっとお困りになるだろうから。」
「お前、理由を知っているのか?」
彼のブラウスの胸のあたりを掴みながら、オスカルはアンドレの顔を覗き込む。まさか疑問の答えが返ってくるとは思わなかったのだ。自分が知らないことは彼も知らない、自分が知っていることは彼も知っている・・・共有する時間の長さに、無意識にオスカルはそう感じていたのだ。
「なぜ、彼らに充分な栄養が行き届いていないのだ?」
まっすぐな疑問に、アンドレは少し困った顔をした。どう伝えれば自分を傷つけずに済むか・・・思案がそこにあるようだった。
「それは、オスカル・・・あいつらには家族がいるからさ。」
「家族がいるのは、当然ではないか。」
何を決まりきったことを・・・と続けようとしたオスカルだったが、黒い瞳にうっすらと悲しい色が浮かぶのを見て、あることに思い当たる。
「・・・まさか・・・?」
まさか、家族に自分の配給分を・・・?
「あいつらの家は皆、貧しくて食うや食わずだそうだ。」
アンドレがそっと言う。
オスカルは手の中のブラウスをぎゅっとにぎった。不覚だった。パリの市民の貧しさを知っていたのに、その事と自分の部下たちの生活を結び付けて考えるに至らなかったのだ。
「・・・俺も知らなかったけど、最近、何人かの若い連中と話すこともあってさ。」
あの拉致事件からひと月近くが経とうとしている。事件直後は彼女よりも怒りを露わにしていたアンドレだったが、日を追うごとに態度が軟化していった。アランの暴走と勢いに引きずられての行動だったということが、ようやく納得できたということか、とオスカルは見ていた。そして怒りをおさめてみると、アンドレほど環境に順応する男はいないのだ。
本来彼は明るく、素直なのである。
特に何かの能力に秀でているというわけではない。基礎的な勉学は修めているが、ラテン語の読み書きができるわけもなく、剣や銃の腕も平凡で、何の楽器も奏でない。
だが、どこにいっても物怖じせずに振舞える。宮廷でもさんざ嫌なこともあったろうが卑屈にならず、館でも祖母に罵られながらも、結構働いている。近衛にいたときも、隊員でもないくせに案外仲良くやっていた。そもそもオスカルにこうも長く仕え続けることができたというのが、彼の能力なのだと彼女自身思っている。
そんな彼に、最近ちらほらと若い連中が寄ってきているのだ。
拉致事件からしばらくまでは、彼女の傍らから決して離れようとしなかった彼だが、ここ数日、ふっと姿を消すことがあった。大抵が彼女が司令官室にいる時である。どこに行ったのかと窓の外を見ると、決まってすぐに彼の姿が目に入るのだが、木の下や、入り口の階段付近で座り込みながら、誰かと談笑している。一度はアランと話をしている姿を発見して、オスカルはひどく驚いたものだ。話すといっても、そっぽを向いているアランに、アンドレのほうが一方的に話しかけていて、イラついたアランが思わず言い返すというもののようであったが。
「・・・会話の中身はほとんど、お前のことなんだけどね。」
アンドレの腕が、オスカルの体を引き寄せる。
「私の・・・?」
頬に熱を感じながら、オスカルは問い返す。
「ああ・・・」
彼女の頬に口づけながらアンドレは言った。
「趣味はなんだとか、ずっと男の姿なのかとか、どうして軍人なのかとか・・・そうそう・・・」
低い笑いが肌に直に響く。
「俺は本当に愛人なのかとか、いつからの付き合いなのかとか、口づけは交したのかとか・・・さ。」
「あいつら・・・」
オスカルは彼の胸に逃れながらつぶやく。
「・・・それで、お前はなんと答えたのだ?」
「ああ・・・子供ころからの付き合いだと答えておいた。それ以外は誤魔化したさ。言えるものか。」
「・・・ああ・・・」
熱い唇から逃れたのに、再び引き戻され、今度は唇同士が触れ合う。軽く触れたあと、アンドレは再び言う。
「あいつらは、決してお前を嫌ってなんかいないよ。ただどう接していいか分からないんだ。・・・あのアランさえもね。」
「アランが・・・?」
「ああ。俺はそう思うよ・・・」
しばらく会話は途切れ、部屋の中には切れ切れの息の音が呼応するように響いた。深い口づけから解放されたオスカルは、懸念を口にする。
「市民の生活はそれほど困窮しているのだな・・・」
「そうらしい。」
アンドレの声の響きも暗い。
「特に一班の連中は、他に仕事がないからフランス衛兵隊に志願したような連中の集まりらしい。アランも降格されても母親と妹のために辞めることができないそうだ。」
「・・・そう、なのか・・・」
自分には無縁の苦労を彼らは重ねているのだと、オスカルは不甲斐なさを感じる。
「私には、彼ら全員と家族を助ける方法が見つからない。金を与えれば済むような話ではないからね。何かが・・・世の中の何かがもう狂いだしているのだ。真っ当に働いても、家族が養えない。支給された食料を、飢えを我慢しながら家族に渡すとは・・・。どれほど辛いことだろうか。私は・・・どうすればよいのだろうか・・・」
二人は再び唇を合わせる。
これは交歓というよりも、答えの見えない未来へと進むための命綱を、お互いで紡ぎあっていることに等しかった。
先が見えぬどころか、暗い予感が満ちている二人の未来。
アンドレは未来のオスカルから、オスカルは未来のアンドレから、それぞれ行く先の運命が暗示されている。
・・・知らぬ、というのは幸せなことなのだ。
息を吐きながら、オスカルは思う。
未来など知らないほうがいいのだ。そうすれば楽観的に生きていくことができる。
フランスの世情も知らなければ、気楽に暮らしていける。人々の貧しさや苦しさから目を背ければ、自分の理想の世界だけが目の前に広がっている。
見たいものだけを見て、見たくないものからは目をそらす。
・・・まるで貴族の生き方だ。
その一員であるがゆえに、彼女は冷静に判断する。敬愛する王夫妻ですら、その魔の手の中にいる。
・・・私は誰も歩いたことのない道を行かねばならない。
覚悟はもうできていた。
アンドレを得たあの夜から、彼女が踏みしめて行くのは、父や母はおろか、王も王妃さえも敷くことのできない道であると。
平民の彼を夫と決めたあの夜から、棘が突き刺さる茨の道を、もしくは誰も踏みしめてはいない草の生えた大地を、命尽きるまで歩き続けていくのだと。
「・・・アンドレ・・・」
彼女は、愛しい男の耳に囁く。
「私から決して離れるな。」
「あたりまえだろ、オスカル・・・」
囁きがかえってくる。
「お前に殺されたって、離れるものか。」
「・・・馬鹿か。」
「そうかもな・・・」
もう一度、唇を交すと、アンドレは惜しむように身を離し、部屋を去るために立ち上がる。
「・・・もう行くよ、おやすみ。」
「・・・あ。」
我知らず瞳が彼を呼び止めたのだろう、アンドレが困ったように微笑む。
彼は、あの夜以来、一度も自分を抱いていない。なぜなのか・・・疑問が露わだったのだろう、アンドレが彼女の手をとり、言った。
「愛しているよ。だから、無責任なことはもうできない。もし子供ができたら・・・どうする?そうなれば、俺はお前をさらって逃げるつもりさ。だけど・・・まだ早いだろう?お前はその時期じゃない。衛兵隊でお前が納得のいく答えを見つけるまでは、俺は辛いが・・・オスカル・・・」
彼女の額に、想いのこもった唇が降りてくる。
「ああ・・アンドレ。」
オスカルも微笑み返す。
「おやすみ。お前もゆっくりと休め。また明日、寝坊はするな。」
一人になった部屋で、彼女はしばらく窓の外を眺めたあと、寝室に入り横になる。
ひんやりとした絹の冷たさは、肌が触れるとすぐに暖かいものに変わっていく。
オスカルは身を丸める。
睡魔に襲われると同時に、ふいに誰かの声が聞こえた気がした。
・・・だれ、だ・・・
しかし、それが誰なのか何を言っているのか、どこから聞こえるのか・・・
思いを巡らす前に彼女は、深い眠りの中に引きずり込まれていった。


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No title

美しいふたりが、深夜のひと時・・・

まるで、ふたつに分かたれた魂が
ひとつに融けあおうとしているかのようで・・・うっとりです!!( *´艸`)

でも、そんな情景にうっとりしている場合ではなくなる
そんな予感がひしひしといたします!

「お前に殺されたって、離れるものか」

このセリフが、どうにも暗示的な気がして・・・|д゚)気のせい?

何が起こっても不思議ではないこの先の展開が、
なんとも気になります!!

いつもありがとうございます!

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michi・・様

ソファーかな?
オスカルの部屋のソファーで座っているのでございます。

さて次の段階に移った二人です。
前回、前々回のほんわかムードも過ぎ、これから襲ってくる数々の困難と戦わなくてはいけません。こうやってお互いに勇気を分け合っていくのでしょう。

あの声ですよね・・・
何となく正体は判明しております・・
(私の中では)

では、次回をお楽しみに!

あんぴか様

あのセリフはですね、更新したての時は別のものだったのですが、何となく変更しました。

ま、まさか殺しはしないと、お、思いますが・・・
(逆ワイン事件とかですかね?)

前回、前々回と、割にほんわかムードだったので、今回はリハビリ中。
徐々に本来のサイトの姿に戻って参ります。

何が起こるかわからない・・・
何が起こるか分かっているのですが、まだ秘密です。

では、また!

す・・・様

今回は深夜に更新しました。
(最近ほんわかムード過ぎて、調子がでなかったのです・・・)

声の主は、まあ、間もなく分かりますよ。
皆さん、ごめんなさい。
今のうちに謝っておきます。

・・・というわけで、段々とハードになっていきますが、隊長親衛隊が結成されたなら、中休みに書いてみたいものです。

では、また!

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え・・様

朝からお読み頂いたのですね。
清々しい土曜日の朝、ディープな内容でなくてよかったです。

推敲は、新しい回とその前の回では時々行っています。
ほとんどが細部をちょこっといじるだけで、大幅な書き直しは二回ぐらいあったかな?
(下書き保存のやり方を知らなかった頃です。)

基本、読み返さないので、いじることもなく、書いた当時のまま残っています。
一度だけ悪魔の初回から読んだことがあり、結構面白いなと思ったりもしたのですが、いろいろ心臓に悪くて・・・

私もオスカルは幸せになってほしいですよ~
アンドレにはSですが・・・

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くろ・・様

ほんと、ラブラブですよね。
今までさんざ悩んでいたのはなんだろう・・と、思わないでもないですが、これでハッピーエンドとはいかないのですよね。

さっさと子供を作って逃げちゃえばいいんでしょうか、ねっ。
(そうはいかないぞ~そうはいかないぞ~そうはいかないぞ~)

声の主はいずれ・・・
「希望の行方」も長い話になりそうです。
まだ本題にも入っていないかも・・・

では、また!

A・・様

それはですね~現在オスカルと現在アンドレが結ばれてようやく、二人は真の夫婦になるのです。
今はまだまだ・・その段階ではございません。これから二人を襲う様様な苦難を乗り越えて、初めて二人は真に結ばれるのです。
(な・ん・てi-175

今でも十分ラブラブですけどね。
本当にくっついちゃったら、どうなるんでしょう。
まあ、まだ先ですけどね。
Sですから。

では、また!

ポ・・様

お待たせしました。
一週間に一回更新、ギリギリセーフでした。

原作でアンドレがいつの間にか、1班の皆に好かれてるのが不思議でした。アランと殴り合ったりしたりして、結構、お互いに素で付き合っているような気がします。

これから徐々にハードになっていきますが、登場人物も多いので、意外に地味な回が多いかもしれません。
まだまだ先は遠いです。
ああ、気が遠くなる・・・

誰かの気配の誰は、いずれ判明するでしょう・・・今年中には。

では、また!



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kakonokaori

Author:kakonokaori
「ベルサイユのばら」の二次創作です。個人的な楽しみで執筆しております。原作関係者の方々よりクレームを受けた際には、中止します。お目汚しではございますが、お好きな方はご訪問下さいませ。

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