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希望の行方12

「おい、皆を詰所に集めろ。」
アランが声をひそめてジャンに告げた。
「え、まだ勤務中だよ、怒られるよ。」
おどおどと返すジャンに、
「いいから、言うとおりにしろ!」
アランはあごで行け、と命令する。
その態度に尋常でないものを感じたのか、ジャンは近くにいたフランソワ達に駆け寄り、耳打ちすると四方に消えていった。
一人になると、アランは茂みの影を伝い、隊長の背後に足を忍ばせる。幸運なことに常に女の傍を離れない愛人男は、先ほどの陸軍連隊長の後を追いかけていった。
女は、一人だった。
愛人男を待っているのか、その場を離れる気配はない。
そっと、アランは背後に近づき、いきなり首をしめた。
女に声すら上げさせなかった。
暴力沙汰は慣れていた。士官から平の兵士に落ちた時には、まるで憂さを晴らすかのようにそれまでの部下からちょっかいを出されたが、アランはすべてこの腕の力で反撃してきたのだ。
声も出せないが、女は暴れた。さすがにその鍛えられた身体で抵抗されると、アランですら片腕では抑えきれず、もう一方の腕を胴体に回す。
と、手に柔らかいものが触れる。
叫びをこらえたのは、アランだった。
乱暴に抑えた手に、女の乳房の感触があった。
触れてはいけない、と理性が手を止める。
だが、我慢できない。
制御のきかない手が、その乳房を乱暴に掴むと、そこには思いがけない豊かさと柔らかさが満ちていた。触れてはいけないという禁忌が、逆にアランを駆り立て、その胸から滑らかな腹と腰まで確かめるようにまさぐる。
・・・女、だ。
アランは荒い息を一気に吐く。
もちろん、この隊長が女だということなど、先から承知だった。だが、恐れもせずに命令を下し、上からの厳しい視線を崩さぬ彼女を、無意識に女の出来そこないだと思っていた。いや、思い込もうとしていた。なのに、いつの間にか自分の腕の中で意識を失ったこの女性は、想像より華奢な、そして香し気な肉体を持った普通の女だった。
意識を失った頭も肩も、アランの鍛えられた胸に抗うこともできずに寄りかかっている。腕は力なく垂れていた。
その体を、なぜかアランはおどおどと抱きしめる。うっすらと髭の生えた顔を、その額に押し当てる。
男とは完全に異質の、儚げな感触。
驚きが心臓を跳ね上げる。
アランは、我を忘れた。
とっさに立てた計画まで・・・彼は失念した。
そう。
彼は計画を立てたのだ。
この女隊長を、皆の前で辱しめてやり、追い出してやると。
何も実際に乱暴を働くわけではない。服の一枚もはぎ、胸の一つもさらけ出せば、この取り澄ました顔が恐怖に歪み、涙を流して許しを請うだろうと。俺たち全員で相手をしてやろうとさらに脅せば、もう二度と衛兵隊に現れることはないだろうと。
アランは、いかにも自分たちより上等な人間面をしている女が許せなかった。その化けの皮をひんむいて無茶苦茶にしてやりたかった。
・・・どうせ中身は、他の貴族の連中と同じじゃないか。
いきなり現れた陸軍連隊長の、いかにも育ちのよい姿勢もまた、苦々しく目に焼き付いている。
だが。
アランはそっと腕の力を緩め、夜目にも白い顔を眺める。
すると、思わず息を呑む。
頬に、涙の筋があった。
・・・ああ、俺はなんてことを。
金髪の髪は乱れ、白い顔にかかっている。
軍服も乱れ、いつもの規律めいた隊長ではない色気が、その着衣のしわから感じられる。その体からは、存外に甘い香りと硝煙の匂いが立ち上ってきた。昼間、この女は銃の扱いの覚束ない連中に訓練していたのだろう。日中は仮眠をとるアランの耳に、よく通る声が風に乗ってきた。その後、彼女は休みもとらずに夜勤に顔出ししている。
・・・俺は、いったいどうしたいんだ。俺はどうしちまったんだ。
今まで悩むことなどなかった。こうと決めたら、良い道でも悪い道でも迷うことなく進んできた。それが良くも悪くもアランという男だった。
しかし、この期に及んで彼は迷った。
この女を上司におさめておくのは、どうしても我慢がならない。この顔を、この声を、地べたから仰ぎ見るのは地獄のようであった。それはプライドが傷つくなどという簡単な問題ではなく、彼の価値観を根底から揺さぶるような、憎くて憎くてたまらないような、形容のし難いいらだちが、女が初めて赴任してきた時から、ずっと止まないのだ。
だから、追い出す。
・・・そうだ、そうすればいい。この女もこんな掃き溜めにいるよりも、よっぽどいいさ。お互いのためってもんだ。
そう呟くアランは、まだ女から視線を離せずにいる。
・・・もし・・
儚い希望が浮かぶ。
・・・もし、この女が、どの男のものでもなけりゃあ、俺は・・・
何故そんな希望が浮かぶのか、アランは当惑する。自分よりも数歳上なのに、こうして眺めていると、まるで少女のようにも思える。自然に掌が、おずおずとのびる。
その時、女の口が小さく動いた。
「・・・アンドレ・・・」
無意識の、甘い呼び声であった。
アランの手は止まり、ギュッと拳がつくられる。
目の前に暗い幕が下り、視界が狭まる。
息が苦しくなる。
女は変わらずに、力なくアランの腕の中にいた。
彼は、もう迷わずに女を抱えて立ち上がる。
行く先は決まっていた。
仲間の待つ詰所は、近い。
一歩一歩踏み出す足の裏には、不幸な人生を送る男の覚悟が地面から汚水のようににじみ出る。
夜空からのわずかな月明りが哀しさを照らしているのを、彼自身すら知らない。
ただ、肩に担いだ女の香りに比べ、自分の埃と汗にまみれた匂いが辛かった。
世俗の垢の汚れた臭いが、アランの鼻腔にあふれていた。
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michi・・様

はい、まだ数回続きます。

まあ、最悪な事態は回避してますので、ご安心下さい。
実はこの12話ですが、一度書きあげたものがサーバーの不具合でアップできず、そのまま消えてしまいました。
それで再度書いたら、全く別の話になってしまいました。

幻の12話は、もうちょっと過激で重かったような気がします。
(ほぼ忘れました)

では、また!

す・・・様

ねえ、この後どうなるんでしょうね。
まあ、アランは「苦しむ男チーム」に入会決定です。
百合忌かあ・・

いよいよ拉致事件の佳境ですが、
アンドレも放置状態ですので、もうしばらく続きます。

お楽しみに!

No title

書き上げた12話が消えた?!もっ、もったいない!

No title

とりあえずいま私、息してます。|д゚)💦

でもこの後を考えると・・・

また息が上がりそうです!(>_<)

アンドレ、早く戻ってきて~!!もう居てもたってもいられない!

(これが「幻の12話」だったら、気絶してたかも?)

続きも、ものすごく!楽しみにお待ちしています!(^^♪

いつもありがとうございます!

ぶうとん様

はい、もったいなかったです。
非常に文学的で美しく、哀愁に満ちながらエロティックな話でしたのに・・
(逃した魚は大きい、といいますね)

あんぴか様

まだまだ序の口です。

なにせ拉致事件以降にも何やらありますので。

幻の12話でしたら、息の根をとめていたかもしれません。
恐ろしいものを世に出さなくて、ホッとしております。

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え・・様

鋭い・・!

そうです、男同士のつもる話を奴ら(アとフ)は語り合っているのでしょう。
そこもいずれ詳しく!

イライラしながら、お待ちください!

く・・様

コメントありがとうございます!

アランのおケツは海よりも深い青です。
そこから、どう成長するか、楽しみです。
思えば、アランって辛い人生ですよね。
妹も最愛の女性も親友(?)も失うという・・
なのに結構たくましいぞ。
ということは、多少いたぶっても大丈夫・・フフ

幻の12話ですが、今思うと消えてよかったのかもしれません。
では、また!

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あま・・様

そう複雑な男心です。

アランに比べたらベルナールなんて単純なもんですが、惚れた相手が悪い・・!
更新はしばしお待ちくださいね。
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kakonokaori

Author:kakonokaori
「ベルサイユのばら」の二次創作です。個人的な楽しみで執筆しております。原作関係者の方々よりクレームを受けた際には、中止します。お目汚しではございますが、お好きな方はご訪問下さいませ。

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