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希望の行方11

「オスカル、君は幸せか?」
耳元でささやかれたフェルゼンの言葉は、哀しいほど優しく感じられた。
以前に川のほとりで抱きしめられたときに覚えた香りが、郷愁と共に蘇る。
今の彼とならば、男女の枠を越えて分かり合い、労わりあえるかもしれないとオスカルは感じたが、それでもかって男女の口づけを交わし、かって異性として陰ながら愛した男とはもう、道が分かれているのだと、未来にひたむきに進んでいく自分の後ろ髪が告げている。
頷いた彼女に、フェルゼンの瞳が温かく注がれた。
・・・お前は、フェルゼン、幸せか・・?
彼女もまた、そう尋ねたかった。
だが、そんな残酷な問いを、口になど出来ない。
こんな夜更け、庭園の片隅から闇にまぎれるように去ろうとしている彼が何をしていたか、オスカルに分からぬはずがない。恐らくアントワネットとのつかの間の逢瀬の帰りなのだろう。
・・・一国の王妃ともあろうお方が、なんと不憫な・・。そしてフェルゼン、お前もまた、何という過酷な人生を歩んでいるのだ。
自らもまた、真に人を愛することを知ってしまったため、オスカルは彼らが不憫でたまらなかった。
しかし、フェルゼンにそのような言葉を掛けることは出来ない。周りには衛兵隊の連中が集まってきている。
許されるのは、ほんの数秒、ただ瞳を交わしあうことだけ。
そこには、自分たち二人だけしか知らぬ想いがあった。それは、アンドレやアントワネットさえ覗くことがない、長年の親友であり、同志でもあり、なおかつ一度は人生を共に生きていく道を前にした男女の不思議な縁が、透明な息吹を夜の大地に発している。
言葉なくオスカルがもう一度頷くと、フェルゼンも頷き返す。
「すまない、オスカル」
それは、後の始末を彼女に押し付けなくてはならない詫びであろうか、一言を残すと、フェルゼンは一番近い門へと立ち去っていった。
二度と交じらぬ運命の背中が、暗い向こう側に消えていった。
茂みが風に揺れて、オスカルは我にかえった。自分はどのような顔をしていたかと、鏡を見るようにアンドレの表情を一瞥すると、彼はすっと、視線をそらす。
「アンドレ。」
無意識に男の名を呼んだあと、オスカルはしばし考えをめぐらせて言った。
「アンドレ、フェルゼンに追い付いて伝えてくれ。西の門は衛兵が少ない。見つからずに帰れるとな。」
「分かった。だが・・」
アンドレは少しの躊躇を見せる。
「お前のそばを離れるのは・・」
「構わぬ。行ってくれ。」
オスカルは声を潜める。
「・・・お前にしか頼めぬ。」
不安がアンドレの表情に現れたが、彼の目と共にアラン達の姿を確認すると、彼らは揃って歩き去ろうとしていた。不審者のことなど、すでに眼中にないような雰囲気だった。
「・・・すぐに戻る。」
悩む間も惜しいのだろう、すぐさまアンドレは駆け出した。
・・・フェルゼン、あれからいろいろなことが、私にはあった。
いつも自分を守ってくれる大きな背中を見送りながら、オスカルは心の中で語り掛ける。
・・・私は、見つけたのだ。アンドレを。お前とは違う男を・・。お前に共に生きようと告げられたあの時には、こうなるなど、思ってもみなかった。だが・・。
天の梢が揺れた。
・・・彼を見つけてしまえば、もはや彼以外は考えられぬ。お前を思う気持ちとは、まるで違う・・。嫉妬も醜い気持ちも全て、彼の前にならさらけだせるのだ・・。アンドレは私の半身なのだ・・。お前に女としての幸せを捨て去るなどと威勢のいいことを告げた私だが、彼だけは手放すことなど考えもできない。彼がいなければ・・・私は生きていたくなどない。
すまぬ・・と俯くオスカルの瞳が濡れる。
皇室に生まれたばかりに、愛してもいない夫に抱かれ、子を成した女と、自らの結婚を諦め、女に愛を捧げる男の悲劇が、その心情が、オスカルにもようやく理解できるのだ。思えば、若かりし頃の自分は、何と無情だったことか。ただひたすら理性と道理だけで、彼らを諫め続けていた。
あなたに女の心を理解しろというのがムリなのですね・・。
王妃に、そう言わしめた己。
・・・ああ、アントワネット様、今ならこのオスカルにも分かります。なんとおいたわしい・・
いつか、そういつか、同じ女として王妃と語り合える日が来るだろうか。
近衛を辞し、遠くに置く身になってやっと、自分は王妃の心を近く感じる。
なんという皮肉だと、オスカルはさらに流れる涙をこらえることが出来ずにいた。同じベルサイユに生きながら、もう気軽に参内することもなくなってしまった。それは自分にとっては、新しい価値観を得るための避けられぬ道であったが、王妃に果たしてそれが理解できるとは、オスカルにはとうてい思えない。ただ、理由も見いだせずに、忠臣に見捨てられたと思い定めているのでは・・と心が痛む。
ガサリ、と鳴った。
油断があった。
背後の茂みに気配を感じたのは、その腕が伸びてきたのと同時だったのだ。
男の腕が、いきなり彼女の首を絞める。
いきなりの圧倒的な力に、声すら出せなかった。背後に密着する身体からは、アンドレともフェルゼンとも違う、汗と埃にまみれた男の匂いがした。
・・・誰だ!
オスカルは必死に抗う。首にまわされた腕を外そうとし、体を男から離そうとした。
だが、無駄な努力であった。
男の腕は離すどころかますますきつく締まり、大きな掌が彼女の口を力いっぱい押さえる。
女の力など、赤子のものだと言わんばかりの乱暴な所作だった。
・・・アンドレ・・!
荒い息が耳元で吐き出された。
怒りなのか、それとも興奮なのか、男の目的は彼女そのものだと直感する。
突然刺客に襲われた経験もかってはあった。しかし、それは権力闘争に巻き込まれたためというはっきりとした理由があったため、オスカル個人への危害というよりも、オスカルの持つ立場や発言力を脅威としていた。
けれど・・・背後の男からは別の危険が漂ってくる。
まるで、一人の人間を力ずくで意に添わしたいというような・・・。
男は、彼女の首を腕一本で抑え、もう片方の腕を胴の方にまわす。
その腕がオスカルの胸の隆起に触れた。オスカルはビクリと身をよじらせる。
一瞬戸惑うように動きを止めた腕であったが、次の瞬間、思い切ったようにそのやわらかな胸を力をこめて掴んだ。その掌は、その存在を確かめるようにがむしゃらに、隆起に、滑らかな腹に乱暴に這い出す。
・・・ああ・・!
声を封じられたオスカルに、痛みと羞恥と恐怖が走る。
不幸なことに、オスカルは衛兵隊長であるこの身を、よもや誰かが乱暴などするはずがないと甘くみていた。
まして、女と扱われようなどと、考える余地さえ持たなかったのだ。
その甘さを、この期に及んでようやく彼女は後悔した。
女としての身体が無事ではすまない予感に、オスカルは震えた。
・・・ああ、助けて、アンドレ!アンドレ!
唯一、身体を許せる男・・・ただ一人助けを求めることができる男の名を、心の中で絶叫した。
もしこの身を奪われたなら、もう二度と彼と顔を合わすことなど出来ぬ・・・と。
左右に振る頭は、あっけなく腕の中に閉じ込められ、力任せに引きずられていく。
それでも抗い続けるオスカルの意識は、自由にならぬ呼吸のために、やがてとんだ。
残されたのは、無体に連れ去られようとする女の身体だけであった。
意識のない女から、涙が一つ零れ落ちた。

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ぶうとん様

はい、間違えました!!!!てへっ

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す・・・様

はい、大変です!

この後はどうなってしまうのでしょうか?
果たして収拾がつくのでしょうか?

お楽しみに!

michi・・様

原作の、アントワネットを思って涙を浮かべるこのシーン、結構好きでして・・。

次回が、心臓に良いかどうか、分かりません!
更新は来週までありませんんで、この週末は心穏やかにお過ごしくださいね。

No title

な、なんと無体な・・・!

とても心静かな週末など送れません!!(゚Д゚;)

PCの前で地団駄を踏むばかりです!!

ああもう、どうしてくれよう、ケツの青い男・・・!

とにかく楽しみにお待ちしております(^^♪

No title

「オスカル、君は幸せか?」…く~っ! Kakonokaoriさんが描かれるフェルゼンは,ちょっとばかしアニばらの「苦悩するフェルゼン」に近い魅力(色気?)があり,思わず上記セリフを野沢那智(アニばらフェルゼンの声優)の声で脳内再生してしまいました。

それにしても,先週からそわそわしながらお待ちしていた例の事件,今週もまた持ち越し…。Kakonokaoriさま,貴方はアンドレに対してだけでなく,読者に対してもsなのですね(笑)! フラストレーションをため込むのはよくないので,頭を何かにトリップさせようとアニメの声優のことをぼ~ッと考えていて,はたと思い出しました。そういえば,アニメのアランの声の人,ちびまるこちゃんのおじいちゃんの声だったような…。そう考えると,シリアスなはずのシーンがシリアスでなくなっちゃいそうで怖い…(せっかく来週がヤマ場なのに,腰を折るような話でスミマセン)。

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【訂正】

すみません。先ほど,未確認のまま,アランの声がちびまるこちゃんのおじいちゃんの声では?…と書いてしまいましたが,気になって調べましたところ,おじいちゃんではなくナレーションでした(先に調べてから書けって話ですね。すみません)。だからどう,ということでもありませんが,若干,12話を読む際のダメージが減るかと思い,訂正させて頂く次第です(もっとも,kakonokaoriさんのアランは,アニばらアランとは別人ですから,もともと関係ないと言えば関係ないのですが…)

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あんぴか様

実はもっと先まで書く予定だったのですが、長くなってしまい断念しました。

楽しみは持ち越しです。

お楽しみに~!

ぶうとん様

あまり声優さんには詳しくないのですが、野沢那智さんは懐かしい!
アランの声、ちびまるこちゃんのナレーションなのですね、あののんびりとした声が・・・!

はい、sです。(フフ)
なので、次回が山場かどうかも分かりませんよ~
お楽しみに!

A・・様

原作でも、この拉致事件はショッキングですよね。
よくぞあんなシチュエーションを思いつかれたものです。

さあ、当サイトではどうなるか?
じっくりと参りましょう。
お楽しみに!

bon・・様

お待ち頂き、ありがとうございます!

はい、あまりアランを地獄に叩き落すようなことは避けたいですね。
私も最近、アランがお気に入りですので。

楽しみにお待ちください!
(そんなにお待たせしなかったらよいのですが。)

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ポ・・様

フフフ
どうでしょうね・・・
現在のところはご想像にお任せします。

しかし、まあ、あまり過激に期待を寄せられても応えられませんので、
この拉致時事件は、大体穏便に終わる・・とだけ申しておきましょう。

お楽しみに!

え・・様

初コメント、ありがとうございます!

アランはですね、葛藤するのですよ。
きっと。
次回はアランの回です。
彼にお付き合い下さいまし。

お楽しみに!
プロフィール

kakonokaori

Author:kakonokaori
「ベルサイユのばら」の二次創作です。個人的な楽しみで執筆しております。原作関係者の方々よりクレームを受けた際には、中止します。お目汚しではございますが、お好きな方はご訪問下さいませ。

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