FC2ブログ

希望の行方7

ロザリーにいきなり詰め寄られて、アンドレは驚いた。
だが、心の底がヒヤリとする。
やはり、言われてしまったか・・と。
「あれだけ、オスカル様のことをお願いしたのに、支えてさしあげてってお願いしたのに・・」
ロザリーの腕は力強く、アンドレは引っ張られるまま室内に導かれた。
「落ち着いて、ロザリー・・」
恐ろしい形相のままで涙を流している彼女をなんとか宥めようとしたが、聞く耳など持とうとしない。
「そこに座りなさい、アンドレ。」
「・・・え? しかし・・」
ル・ルーを送りにきた彼は、ロザリーたちに挨拶を済ませると、すぐに屋敷にとんぼ返りするつもりだった。
屋敷に一人で置いてきたオスカルの様子が気にかかっていたのだ。
連日の勤務に疲れている彼女である。パリのシャトレ家を訪れると知れば、自分も行くと言い出しかねないので、黙って出てきたのだ。勤務がない日ぐらいは、ゆっくりと休んで欲しかった。だが、アンドレもル・ルーもいないと知ると、オスカルのことである、一人でどこに行くか分からない。
・・・一人にはしておけない。今のあいつは危なっかしくて仕方がない。衛兵隊の連中の大半が、あいつに反感を持っている。もしどこかで鉢合わせをしたら、腹いせに何かされないとも限らない。
消えぬ危惧に、アンドレはあせっていた。
「すまない、いったん屋敷に帰ってから、またすぐに戻ってくる。それからでは・・・」
「座って!」
腰に手を当ててにらんでくるロザリーは、屋敷にいた頃の可憐な彼女とは違った。何年も過ぎたわけではないのに、ひどく貫禄があった。
「・・・分かった。」
大人しく、アンドレは座ることにした。こんな物言いをするときの女性には、決して逆らってはいけないということを、八歳の頃から骨身に染みていたのだ。言われるままに腰かけた。
高価ではないが、手触りのやさしいテーブルに腕を乗せる。心地よい感触から、幸福な若夫婦の暮らしが伝わってくる。かって黒い騎士が奪い続けた宝石や金貨よりも貴重なものがそこにあった。アンドレの心に、せつないものがよぎる。
「アンドレ・・オスカル様を愛していないの?」
彼の目の前に腰かけたロザリーが、指を交差させながら尋ねる。
「女性として・・愛していないの?」
「まさか。」
即座にアンドレは否定する。
「愛しているさ。あいつのためなら、腕でも足でもくれてやる。命も惜しくない。」
「だったら、なぜオスカル様は、幸せだ、とおっしゃらなかったの?お屋敷でもお寂しい思いされているようじゃない。どうして?」
「それは・・」
どうしてロザリーが感づいたのか、詳しくは分からない。ル・ルーが何か言ったのかとも思う。だが、アンドレはいつかロザリーに詰問されるだろうと、覚悟していた。ここ最近の、オスカルを守ろうとする自分の態度が、ロザリーが願うものと乖離しているだろうということは承知していたのだ。
「それは・・ロザリー・・俺は・・」
アンドレは、なるだけ穏やかに言った。
「俺は、いずれあいつのそばからいなくなる人間だ。ほら俺は、多分、死ぬだろう?その時のために・・・その時に、オスカルが深く悲しまないように、運命を変えたいほどに悲しまないように・・少し距離をあけておきたいんだ。」
いずれ自分もオスカルも命を落とす。
あの苦しい夜、未来からきた自分の亡霊が、そう告げた。ロザリーには知らせてはいないことである。
もし今、オスカルを女性として胸に抱けば、自分たちは同じ運命をたどるだろう。愛をささやけば、お互いへの執着がつのるだろう。そうすれば、いつの日か、オスカルを守って自分が死に、オスカル一人が生き残っても、彼女は幸せではないだろうということは、未来からきたオスカルの姿が教えてくれている。
「それに・・オスカル自身が軍人としての生き方に納得がいくまでは触れぬと、あいつと誓ったんだ。」
ロザリーが旅立った夜の誓いであった。
「俺に、あいつとの約束が破れるものか。」
ただの言い訳だと、アンドレにも分かっていた。
オスカルが求めているのは、おそらく欲望を満たすことではない。愛し合う者同士の心を、お互いの思いやりと愛の言葉で埋め尽くすことだろう。
愛している。
その言葉を、衛兵隊に入隊してから、彼は一度も告げていない。
果たして、その言い訳は、ロザリーの火をあおったのだろう、
「バカ!アンドレの大馬鹿!」
彼女の涙が、テーブルの上にぽたぽたと落ちた。
「お、女ごころなんて、ちっとも分かってないんだから!いい?愛し合っているのだから、触れて当たり前なの。抱きしめて、口づけて、愛してるって告げてもらって、やっと女性は安心できるのよ?あ、あのベルナールですらできるのに、なぜ、あなたが分からないの、アンドレ!先のことなんか、どうでもいいの!運命なんて分からない・・人は・・いつ死ぬか分からないのよ・・?」
悲し気な瞳は涙に濡れていたが、奥には力強さが見え隠れしている。それは大切な人間を失い続けながらも幸せを手にした彼女の達観と逞しさであった。
今を精一杯生きるという、彼女の信念がそこにあった。
「オスカル様は、あなたを愛しているって、はっきりとおっしゃったわ。オスカル様が愛しているのは、アンドレなのよ。オスカル様を抱きしめてあげられるのは、アンドレだけなのよ。そんなバカみたいな約束なんて・・なによ、そんな・・」
テーブルの上の涙のシミが、ドンドンと増えていく。
いつの間にかロザリーは、昔の泣き虫な少女に戻っていた。
しゃくりあげるような泣き声になる。
「・・・お願いだから、オスカル様に寂しい思いをさせないで。どうか甘えさせてあげて・・。あのベルナールだって、家の中では子供みたいなのよ・・?まして、あのオスカル様よ・・オスカル様が甘えられるのは、きっと・・お部屋で、アンドレと二人っきりの時だけなんだわ・・」
アンドレの胸が痛んだ。
彼への想いを隠そうともしないオスカル。
衛兵隊の連中の前で、相手はいると言い切ったオスカル。
彼女はとうに態度を明確にしているのに、自分は愛の言葉も囁かない。
・・・だが、俺は、一度触れたら最後、あいつを無茶苦茶にしてしまうかもしれない。
深い水の底には、罪が沈んでいた。
己の器の小ささゆえ、愛する女性を苦しめた事実。
忘れてはならない彼の罪。
それを丸ごと抱え込む湖は、アンドレが血を吐くような思いで心の中に作り上げたものだ。
ロザリーの言葉には、水面にさざ波をおこす力があった。
しかし、さざ波は、うねりをあげることなく消えていった。
「ロザリー・・・」
アンドレは、言葉を探しあぐねる。この水の深さは、自分以外の誰も覗くことが出来ないのだ。
ガタリ、と音がした。
救いの手が、意外なところから現れた。
「お、おい、ロザリー、何て話をしているんだ!」
階段の下からベルナールが飛び出してきた。真っ赤な顔であった。
「まあ、ベルナール、聞いていたの?」
驚くロザリーの口ぶりには、非難めいたものがあった。
「あなた、どこから聞いていたの?ル・ルーちゃんと、二階でお話ししていたのじゃないの?」
「し、仕方ないだろ、あのチビ、いきなり腹の上に飛び乗ってきたんだぞ、しかも二回もだ!普通に話なんかできるものか!」
くしゃくしゃに乱れた髪の毛と、充血した目が叫ぶ。服はしわだらけだった。きっちりと身支度をしているアンドレとは対照的である。姿かたちが似ているからなおさら、その差が際立っていた。
「そ、それよりも、なんだ今の話は!お、俺は甘えてなんかいないぞっ!いや、それよりも、本当か?お前、あの准将と出来てるのか?よりによって、あの女とお前がか・・!嘘だろう!」
お前、と指さされたアンドレは、唾を飛ばしながらしゃべっているベルナールの無礼に怒ることはなかった。
ただ、ひどく厄介な男に知られてしまったという、嘆きのため息だけが漏れる。
軽やかな足音が階段の半ばから降りてくる。おそらくもう一人の人物は、そこから様子を窺っていたのだろう。
・・・ああ、もう一人厄介なやつがいたな。
ロザリーが夫に叫びかえし、シャトレ家は賑やかさを増す。
その喧騒の中で、暫しアンドレは目を閉じた。


スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

す・・・様

お読み頂きありがとうございます。

オスカルは確かに「愛している」とは直接告げていませんが、精一杯の愛情表現をしてますね・・(しかも全く普通ではない・・)だから尚更、アンドレは自分の幸せを後回しに、ただ守りたいと思ってしまうのではないでしょうか。この辺りが、失明してもそばを離れなかった原作とは差が出てきております。

そして・・!
そう、もうすぐ、あの危機が訪れます。
ああ、どうなるか言いたい!
お楽しみに!

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

No title

お二人の関係は、飽和状態というか・・・このまま進むわけにいかないと彼が思ってている限りこう着状態ですよねぇ・・・

ベルナールやル・ル―に知られていくことで、既成事実だけが
周囲の人間に伝わってしまいそうな・・・
そしてそれがますます衛兵隊のヤツラ(特にアラン)の

「気に入らねえ!」

につながるような・・・( *´艸`)

ワタシったらオスカル様の危機を待ち望んでいるのでしょうか・・・?
楽しみで・・・たまりません!!

いつも素敵なお話をありがとうございます!

michi・・様

まあ、あれですね、アンドレとオスカルは、過去のオスカルとの三角関係でもあるのが、ややこしいのですよね。
アンドレは、未来のオスカルを切り捨てた時に、自分の幸せも切ってしまったし、オスカルは未来の自分に負けているのではないかという不安が消えないという側面があるのではないかと。
(書いた本人が推測してなんですが。)

ただの恋愛のモヤモヤじゃないのが、厄介です。
書いてても楽しいですけど。
では、続きをお楽しみに!





あんぴか様

さあ、ベルナールがどうでるか?
原作とは違う展開に一役かってくれればいいな・・と思っております。

アランは、しばらく放置状態です。どんな男かいまいち分かりません。

膠着状態ですよね・・。
大丈夫です。この状態はいずれ打破されるでしょう。
危機が訪れます、危機が。
楽しみにお待ちください!
それがこのサイトの正しい楽しみ方でございます。

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

ポ・・様

毎日お疲れさまです。

今のところは予定よりもハイペースで更新できてます。
早く、例の事件までたどり着きたいものですが、次回は・・まだ無理かもしれません。

改めて原作を読み直したのですが、いろんな出来事が多すぎて、このチマチマサイトでは時間がかかるなあ、なんてこった・・という感じです。アラン、ベルナールも重要人物ですので出番が増えますよ、どう転ぶか分かりませんけどね。

皆様のコメントも、すごく参考になってます。
忙しい日々の合間にドキドキして頂けたら、やりがいがあるというものです。
では、また!


プロフィール

kakonokaori

Author:kakonokaori
「ベルサイユのばら」の二次創作です。個人的な楽しみで執筆しております。原作関係者の方々よりクレームを受けた際には、中止します。お目汚しではございますが、お好きな方はご訪問下さいませ。

最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ