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嵐の果て3

「オスカル様、旦那様が、旦那様の応接室でおよびでございます。」
勢いよく父の部屋へと向かうオスカルに、侍女が告げた。
オスカルはうなずきながら、まっすぐに父が・・そして自分に求婚しようなどという大馬鹿者の待つ部屋へと向かう。
・・・はは、誰だ一体、この私と結婚しようなどという度胸のある奴は。その度胸に免じて、面だけでも拝んでやる。
どうせジャルジェの家名欲しさ、もしくは財産目当てか、大貴族の若い娘との縁談を望めない男が血迷ってこの屋敷に彷徨いこんだのかと、オスカルは腰に手をやるが、あいにく剣はそこにない。そうだアンドレに預けたのだと思い出す。
・・・惜しいな。剣の一つも無言で抜いてやれば、すぐさま退散するだろうに。そして、アンドレ、お前との笑い話にできただろうな。
結婚、と聞いたときの彼の驚きを思い出し、胸が痛んだ。
狼狽したオスカルは、無意識に彼に助けを求めた。
それは女が愛する男に自然に向ける感情なのだろうが、その黒い瞳に揺らめいていた感情が何か、足を踏み出し彼との距離を開けるごとに理解し、後悔する。
彼は平民なのだ。
どこをどうしてもアンドレは父に結婚の申し込みなどできやしない。
自分には越えられぬ大きな壁を、誰とも分からない見知らぬ男がやすやすと越えていくのを、彼はどう感じたのか。間違いなく傷ついただろう。それなのにいつものように安心させようとしてくれた。
・・・お前以外の誰の男に、この身を触れさせるものか。
一夜の熱情は、今もオスカルの身に残っている。あの行為は、二つの別個の魂が、肉体に縛られた魂が、溶け合おうとあがく行為だった。生まれる時も死んでいく時も結局は独り、生まれや性別、老いのがんじがらめにされた肉体に閉じ込められた人間が、この世の不条理を越え、他者と魂を交え、彼には自分の、自分には彼の魂の欠片が溶け合い、離れた。
・・・アンドレ、お前以外の誰と。
彼と共に生き、生き延びる。
そして彼の子を産む。
愛し合った二人の魂を受け継ぐ小さな魂は、必ず帰ってくるとオスカルは信じていた。でなければ、毎夜訪れる叫びたいほどの哀しみどう鎮めればよいのか。未来のアンドレに預けた小さな命は、必ず彼が守ってくれる、そう彼もアンドレなのだから。
・・・それが叶わなくとも死ぬだけだ。
それが元々の運命なのだから。
そんな彼女の人生に、別の男など入る余地もない。
まったく笑止千万だと、主の許可を得ることもなく、オスカルは父の部屋の扉を開けた。
乱暴な音に、叱責が飛んでくると覚悟した。だが、意外なことに出迎えたのは父の穏やかな笑顔だった。
そして・・。
オスカルは驚いたと同時に気が抜けた。
なんのことはない、同席しているのは以前の部下のジェローデルであった。
「隊長、お久しぶりでございます。再びお会いできて光栄です。」
にこやかな笑顔は、長年の付き合いの中で見慣れたものだった。
「ジェローデル大尉、これはどういう冗談だ・・?」
彼との因縁は近衛の入隊前にさかのぼるだろうか。オスカル同様に小生意気なガキだったが、同僚になり、そして部下になってからは忠実で頼りになる男だった。
女の隊長などという陰口も最初はあったが、ジェローデルはそれには乗らず、自然に接し、支えてくれた。任務に忠実な優雅な男だという印象が今まで崩れたことは、一度もない。
「失礼ながら、もう大尉ではございません、今は少佐でございます。」
そう頭を下げる姿も優雅で、何ら変わりはない。
その彼がなぜ結婚の申し込みなどと、やはり父の冗談なのではと、では少佐・・と呼びかけようとした時、彼は意外な行動に出た。
オスカルの手をとり、その甲にうやうやしく唇を当てたのだ。所作は乱暴ではなく、むしろ大事な宝物をそっと押し頂くような繊細なものだった。
「ああ、この幸せを分かっていただけるでしょうか・・。私は美しいあなたの求婚者として、たった今、お父上にこの屋敷の出入りを許されました。」
彼はそう言うと、親し気に微笑んだ。初めて触れるその手は、オスカルよりも一回り大きくしっかりとしているが、細く長く手入れが行き届いている貴族のものだった。
思わずオスカルは振り払う。
愛する男の少し荒れた手とは全く違ったのだ。なぜだかアンドレが侮辱されたような気がした。
「父上・・!どういうことですか!」
叫ぶオスカルに、父はなんどもないように告げた。
「ジャルジェ家には跡継ぎが必要だ。ぜひ早く、賢く強い男子を産んで、私を安心させて欲しい。」
跡継ぎ、男子。
決して口に出してはならない言葉が、平然と父の口から飛び出した。
「父上、あまりに横暴でございます!」
言葉以上の抗議が、オスカルの胸の中で波を立てた。
男子だと・・と。
今更、男子の跡継ぎだと・・と。
父の前の机を力任せにぶっ叩いたが、父は顔色一つ変えない。むしろ楽し気に続けるのだ。
「幸いにもジェローデル少佐は長男ではないそうだ。彼と二人でこのジャルジェ家を継ぐがいい。私はそろそろ引退を考えておる。お前も衛兵隊から引退する頃合いではないのかな?なに、王家にお仕えする使命は、この娘婿が十分に果たしてくれるわ。お前は今からでも遅くない、貴族の妻として内からこのジャルジェ家を支えればよい。それも立派な役目だぞ。」
まるでいつもと別人のようであった。
肩の荷を下ろしたような、そうオスカルの姉五人それぞれの嫁ぎ先が決まった時のような父親の顔を見せ、机の上のグラスが倒れ、中身が飛び散っても気にもとめていない。
「は、話になりませぬな・・」
薄気味悪いものを感じながら、オスカルは父を睨みつけ踵を返す。このままここに留まると、得体のしれないものに飲み込まれそうだった。
と、その時、あの手が彼女の腕をつかんだ。
「お待ちください、アドモアゼル!」
誰を、何を呼んでいるのかわからなかった。ここがどこなのか、誰の屋敷の中なのかわからなかった。自分が生まれ育ったジャルジェ家は赤子の自分を男として育て、剣を教え、銃を教え、近衛隊に入隊させ、人を殺し、初恋を押し殺し、青春全てを王家のために捧げる運命を与えた。
・・・アドモアゼル、だと?
震えるような怒りと共に、オスカルは振り向いた。
「二度と、私をそう呼ぶな!ジェローデル!」
私はアドモアゼルではない、オスカル・フランソワ・ド・ジャルジェ。この将軍家を継ぐべく育てられた、一個の軍人だと胸倉をつかんでやりたかった。
だが、振り向いた彼女が見たものは、真摯な瞳だった。
緑がかった青色の瞳が、強く見つめている。
「・・・オスカル嬢、どうか誤解なさらないで下さい。私は決して財産や地位を目当てにあなたに求婚したわけではありません。初めて近衛隊でお会いした時から、いえずっと以前から、あなたの強さ、美しさを、ずっと・・女性として見てまいりました。ずっと、あなたを心より愛しておりました。」
つかまれた手を振りほどこうと、オスカルが力を入れても、ジェローデルは今度は離さなかった。強引に掴み、それに再び唇を押し当てながら、目はオスカルからそらさない。洒落者には似つかわしくない、強い光が宿っていた。
「あなたは私の妻となるのです。私は命を掛けて、生涯あなたをお守りします。」
「ジェローデル、離せ!」
「それは命令でございますか?ならば聞けませぬ。私はもうあなた様の部下ではなく、夫となる身なのですよ。」
「離せ!今夜のことは忘れてやる!帰って頭を冷やせ!」
強引に身を引きはがし、オスカルはかつての部下に命令した。ジェローデルはもう触れはしなかったが、一歩も引かず、その目を哀し気に細めて言った。
「・・・人の心に命令はできませんよ、オスカル嬢。」
諦める気などない彼に、オスカルはハハ、と無理やり笑った。
「お聞きになりましたか、父上!人の心に命令は出来ませぬぞ。」
あとは後ろを見ずに走り出した。
・・・ずっと、女としてみていたと・・
オスカルはこの身が厭しかった。
自分を律し、鍛錬を重ね、男と女という性差に必死に橋を架けてきたつもりだった。だが、それは今日この時、もろくも崩れ去った。父は結局、実質的に娘の自分を跡継ぎの座から降ろし、長年の部下は自分に女としての性愛を求めている。結婚すれば、自分は子を孕むまで、いやこれからずっと幾度も幾度も彼に抱かれなければならないのだろう。いくら嫌だと言っても、毎夜、彼は自分の体を開き、その魂を犯し続ける。
そこにオスカル本人の意思など、ない。
自室に戻ったオスカルは、軍服を乱暴に脱ぎ捨てると、バイオリンを手に取り心の乱れをそのままにかき鳴らした。
楽な人生ではなかった。初恋の相手に思いを告げることすらできなかった日々を支えたのは、アンドレと、そしてムッシュウ・ル・コント・・伯爵という称号だった。
・・・アドモアゼルなどと・・・
初めて呼ばれた名に、再び怒りが沸き上がり、ギリギリとバイオリンの弦を巻く。
弦が切れ、痛みが走った。



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Author:kakonokaori
「ベルサイユのばら」の二次創作です。個人的な楽しみで執筆しております。原作関係者の方々よりクレームを受けた際には、中止します。お目汚しではございますが、お好きな方はご訪問下さいませ。

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