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嵐の果て11

あまりの眩しさにアランは目をつぶった。
暗くなった瞼の裏に残光が残っていたが、きらびやかな輝きは豪華なシャンデリアのものではない、一人の女性の姿であった。
恐る恐る瞳を開くと、周りの人間は呆けたように口を半開きにしながら大階段の上を見つめている。
・・隊長。
口笛を吹こうとして、顔がこわばった。
茶化そうとして、舌がひきつった。
・・まさか、これほどとはな。
アランは輝きに慣れた瞳をまっすぐに向けた。
軍服でさえ隠せぬ美しさに、貴婦人さながらドレスを身に着けたらどれほどのものかと想像したことはあった。だが、それを遥かに超えた美が目の前にあった。
・・人間とは思えない。
ベルサイユの基準からすると、かなり控えめな装飾なのだろう。周りの香水の濃厚な香りを漂わせた女たちのほうがよほど派手に頭のてっぺんからつま先まで飾り付けている。貴族とはいえ庶民と同じ程度の生活を送ってきたアランは、大規模な舞踏会の場に足を踏み入れたことはなかった。せいぜい馬車から煌々とした灯りの中に消える貴族たちの姿を横目でにらむ程度だったか。
だが、オスカルはどの貴族とも違っていた。
・・ディアンヌに見せてやりたい。
聡い妹ならば、神話に登場するどの女神が似ているのか教えてくれるだろうか。
金色に輝く女神がニッコリと笑った。その眼はアラン達部下にも向けられる。美しいまなざしの中に策士の鋭さがきらめいた。
・・おっと、いけねえ。
アランは我にかえる。
呆けたまま任務を忘れてしまえば、あとでどれほど怒鳴られるか分からない。
「行け、お前ら。」
アランは周りの衛兵隊員たちに声を掛けたが、彼らはそれよりも早く駆けだしていた。
「隊長、すごくきれいだ!」
最もオスカルに懐いているフランソワが叫ぶと、他の隊員も次々に叫ぶ。
「隊長、きれいだ!」
「こんなにきれいな人、見たことがない!」
「ベルサイユで一番だよ、隊長!」
他の者を押しのけながら大階段の下に集まった部下たちを満足そうに見下ろしながら、オスカルはゆっくりと階段を下りてくる。アランはずっと見張っていた近衛隊長が、野蛮な迫力に気おされるように一歩身を引いたことを確認した。
いや、それ以外の婿候補の男たちもオスカル目当ての女たちも、寸前まで手にしていた肉を放り投げ、口から食べかすや唾を飛ばしながら叫んでいる軍服の男たちから逃げるように大階段から離れていく。
「馬鹿を言うな。」
ゆっくりとした足の運びでようやく降りきった隊長がたしなめた。
「ベルサイユで一番お美しい方は別にいらっしゃる。それよりも本日の勤務はつつがなく終わったのか?ダグー大佐からは、勤務に身が入っていないようだと報告が入っている。明日からは覚悟しておくのだな。血反吐を吐くまで私が鍛えてやる。」
金髪を結い上げ、惜しみなく白い首をさらした女性の口から出る言葉ではない。
フランソワやジャンたちも、中身は全く元のままの隊長だと安心したのか、久しぶりに会う彼女に口々に何かを訴えている。
訓練が退屈だの、また最近食事がまずくなっただの、銃の腕が上がっただの、アランが怖いだの言いたい放題だった。
「ふむ、そうか。善処しよう。訓練の成果も後日、この目で確かめなければなるまいな。」
重々しくうなづく隊長の耳で、ダイヤの飾りが揺れている。
「ところで食事は堪能しているか?腹いっぱい食べていくがいい。」
その一言で、鵞鳥のようなさえずりがまた始まる。
すごく美味い、頬が落ちそうだ、いくらでも入る、毎日食べたい、あのソースがうまい、スープはないのか、持ち帰っていいのか、今度は家族も呼びたい・・何十人ものむさい男たちが子供のように興奮して訴える様は異様だった。
アランは、おいおいとあきれ返る。
・・お前らここがどこか分かっているのか!隊長の婿選びの舞踏会だぞ!
衛兵隊の奴らは本気だった。
隊長が舞踏会の場に現れたら、とにかく話しかけて取り囲めと命令しておいた。他の男たち、取り分け婚約者に名乗りを上げたあの男を近づけないように。
だが、うっすらと匂う軍服を身に着けた奴らは、アランの命令など関係なしに隊長の美しさを湛え、料理の美味さを絶賛し、まるで母親のように隊長にまとわりついている。
・・こいつら、隊長の命令一つで何でもするんじゃないだろうか。
すごい女だと、目の前の絶世の美女を眺める。
これほど部下を従える人物を見たことがない。
異様な光景に恐れをなしていた楽隊が、ようやく曲を奏で始めた。ジャルジェ将軍は、自分がでしゃばるとせっかくの婿候補が委縮しまいかと姿を現していない。混沌とした雰囲気の中、さてオスカル嬢の最初のダンスの相手はどの男かと、皆が注視している。
アランは、ジェローデルを見る。
この状況を面白がっているような微笑を浮かべた彼は、動いてはいない。
さて、あなたはどうするのですか、と問いかけるような眼差しを向けているように見える。かつての部下だった男である、こんな障害の一つや二つ予想していたのかもしれない。また騒々しい中、強引に動く男ではないと隊長も言っていた。
かといって、他に隊長にダンスを申し込む猛者も現れない。近づこうとしては、頭を振って離れていく。
・・てめえら、よくもそんな意気地なさで、隊長の婿になろうなんざ思いやがったな。
自分だったら奴らを押しのけてもあの白い手を強引に・・と呟きかけて、アランはハッと頭を振る。
「隊長。」
すべきことを思い出した彼は、彼女の耳にささやき、広間の片隅に顎をしゃくった。談笑していたオスカルは、青い瞳をそちらに向けた。仮面をつけた男女がひっそりと立っている。
「ふん。あれか、なかなか似合っているではないか。」
女神は微笑みたいのに、それを素直に出すのが悔しいようなひねくれた笑いを浮かべた。
音楽は、誰も踊らぬ広間に響き渡っている。女主人がすっと動いた。軍服の男たちは囀るのをやめ、彼女を守るように周りを取り囲みながら歩みを共にする。ようやく自分たちのすべきことを思い出したのか、それとも崇拝する隊長に自然に従ったのか。
豪華なシャンデリアの下、金色に輝く貴婦人が歩む。白い頤はまっすぐにあげられ、青い瞳には強い意志があった。
・・一国の王妃にも相応しい。
我がフランスは不運なのだとアランは痛感する。気高さも美しさも慈愛も備えた人物がベルサイユに生を受けたのに、わざわざ他国から王妃を招いたのだ。政略、ただそれだけのために。
だがその貴婦人にはそんな類の野望はない。今はただ、心から愛する男と人生を共にする、それだけのために慣れぬドレスのすそをさばき、履き慣れない靴に足を通している。
「ダンスを・・」
隊長はその男の前に立ち止まると、静かに口を開いた。
「私とダンスを踊って頂けますか?」
男の瞳は、仮面を通しても分かるほど、熱をおびているように彼女を見つめている。
隣に立つ仮面の女が、そっと彼の背中を押した。
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Author:kakonokaori
「ベルサイユのばら」の二次創作です。個人的な楽しみで執筆しております。原作関係者の方々よりクレームを受けた際には、中止します。お目汚しではございますが、お好きな方はご訪問下さいませ。

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