希望の行方45

どうしてなのだろう、ル・ルーは扉を開けた瞬間、もう彼がそこにいるのが分かった。
叔母の寝室、主の不在な部屋。
塗りつぶしたような暗闇が、ル・ルーを待ち受ける。
そして彼はそこにいた。
血の匂いと、微かな気配がする。
「・・待っていた、ル・ルー、待っていた。そこにいるのだろう?」
見えぬ目で姿を追ってくるようなアンドレに、ル・ルーはゾクリと背中を震わしながらも、数歩近づく。
「・・ごめんなさい、アンドレ・・お姉ちゃまを守れなかったの。間に合わなかったの。」
謝る少女に、彼は首を振ったような気がした。
「・・分かっている。お前は、守ろうとしてくれたんだろう?ル・ルー、お前はそういう奴だ。」
暗闇の中を彼はゆっくりと近づいてきた。
「すまなかった・・・すまなかった・・・俺を許してくれ・・・」
「アンドレ・・」
怖いはずなのに、ル・ルーはなぜか最初に会った時とは違う雰囲気を彼から感じ取った。
あの狂ったような彼ではなく、絶望に苛まれていたような彼でもなく、いつもの優しいアンドレがそこにいるようだ、と。
「間に合わなかったの。もう取り返しがつかないの。お姉ちゃまとアンドレの子供はいなくなっちゃったの。」
うわ~ん、とル・ルーは泣いた。
責められることを覚悟していたはずが、思わず優しい彼に接して最後にタガが外れたのだ。
「もういないの、ル・ルーは会いたかった。大好きになって、いっぱい遊んであげたかったのに!男の子でも女の子でも、優しくしてあげて、一緒にカエルを追いかけて、木に登って、馬車に乗って、冒険したり、お祖父さまの書斎に忍び込んだり、いっぱいいたずらしたりできたのに!」
ル・ルーには兄弟も姉妹もいない。ル・ルーに同等に付き合える同年代の貴族の友人や従兄弟もいない。モーリスは田舎へ引っ越してしまった。
あの叔母とアンドレの子供なら、どれほど楽しい毎日を送れただろう。お姉ちゃまとアンドレが何だかんだ言ってもル・ルーを構ってくれるように、ル・ルーだって構ってあげられたのに、と悲しくて悔しかったが、そんなことを叔母やアンドレやロザリーの前では死んだって口にできはしない。彼らの方がずっとずっと悲しくて悔しいのだから。
「会いたかったの!会いたかったのに!」
涙をボロボロ流すル・ルーに、なぜかアンドレはクスリと笑った・・ような気がした。
「ル・ルー・・」
彼はそっと言った。
「その子は・・ここにいるんだよ。」
「えっ!」
「ここに・・俺の腕の中に・・ほらお前には見えるかもしれない・・」
ル・ルーは慌てて覗き込んだ。
アンドレの腕の中に、小さな光が灯っていた。
それは小さく大きく、呼吸をするように瞬いている。
「これ・・お姉ちゃまの子供なの?小さい・・」
「そうだ、まだ生まれていない、本当に小さな赤ん坊だからな・・」
愛おしさに溢れる声だった。アンドレの狂気が姿を消した理由が、ル・ルーはふいに分かった気がした。
「こいつ・・いきなり俺の腕の中に飛び込んできたんだ。」
驚愕しているル・ルーに、アンドレは嬉しそうに告げる。
「子供の頃のオスカルのようだよ。突然飛びついてきたり、俺を驚かせたり。こいつ、やっぱりオスカルの子供だよ。」
その生き生きとした口調に、いつものアンドレがそこにいるような気がして、ル・ルーは彼に飛びついて、もっと赤ん坊をよく見ようとした。だが、アンドレの身体はどこにもなく、空を切り、つんのめる。膝と手を床につく。
「・・その子も・・もう死んでいるの?」
「ああ・・・そうだ。」
返答の声が沈む。
「俺たちは・・もう、この世にはいないんだ。こいつをつれて、俺は行かなくてはいけない。俺のようにしてはいけないんだ。こいつはオスカルの大切な子供だからな・・神のもとに連れていってやりたい、安らかな眠りを与えてやりたい・・だから、お別れだよ、ル・ルー。」
「行っちゃうの?もう?」
膝をつき立ち上がりながら、ル・ルーは叫ぶ。
「ねえ、待って!アンドレ!」
今にも消えそうなアンドレに、手を伸ばす。
「お姉ちゃま・・・未来から来たオスカルお姉ちゃまは、未来で待っているんだってば!だから、待って!」
「・・・オスカルが?」
「そうよ、未来のお姉ちゃまよ!アンドレが・・あなたじゃなくて、生きてるほうのアンドレが約束したの!生きて、また会うって!待っててくれって!だから、あなたもまだ行っちゃだめ!待っていてあげなくちゃだめ!じゃないと、アンドレは死んでしまう。お姉ちゃまが一人になってしまう!」
ただの勘であった。
この不思議な物語のような出来事の中に、確実なものは何もない。人智を越えたものに、ル・ルーも答えなど見つけられない。だが、このままでは、ループのように悲しみが未来永劫に繰り返される恐れがあった。
そして、叔母が待つと言ったからには、この世が滅びる日まで待つはずだった。
「待っていて!絶対に運命を変えるから、あなたが命を落とした日を変えて見せるから、そこで待っていて!お姉ちゃまも、きっとそこに現れるんだから!」
暗闇が揺れた。
ため息が聞こえる。
ル・ルーも息を呑む。
「・・・オスカルが・・待っているのか・・・そこに?俺のオスカルが?」
「そうよ!待ってるの!」
「オスカルが・・・」
ためらいが声ににじむ。
「だが、こいつは・・・俺のオスカルの子供じゃない・・あいつはどう思うか・・・悲しむかもしれない・・・」
「じゃあ、その子も連れてきて!」
咄嗟に、ル・ルーは閃く。
「お姉ちゃまたちが生きていれば、きっとまた子供が生まれるもの。生き延びたあと生まれたなら、もうどっちのお姉ちゃまの子供でも同じよ・・・それに・・・」
ル・ルーの頬に、またポロリと涙がこぼれる。
「お姉ちゃまは、そんなことを絶対に気になさらないわ。だって、アンドレの子供だもの。」
暗闇に光が瞬いた。
アンドレの腕の中のそれがル・ルーに応えるように大きく光り始めたのだ。
「・・・その子も、そうだって言ってる・・・」
耳をすますようにル・ルーは首を傾ける。
「だって、強いんだもの、その子。生きたいって言ってるもの・・・」
生きたい、生きたい・・小さな声が聞こえた気がした。
「お願い、アンドレ。待っていて。」
彼は考えていた。腕の中の光は、ぼんやりとアンドレの顔を暗闇に浮かべている。
「お前は・・生きたいのか・・そうか・・・」
やがて、そこに微笑が浮かぶ。
「じゃあ、仕方がないな。」
それは、叔母の我が儘に文句をぶつぶつ言いながらも最後は折れてしまうアンドレの口調だった。
「二人で、待つとするか、なあ?」
「ありがとう、アンドレ!」
ル・ルーは再び彼に飛びつこうとして、すんでのところで留まる。
「頑張るから・・ル・ルーも頑張るから!」
「ああ、待っているさ、ル・ルー、また会おう。」
深夜の暗闇の寝室。
そこに、一筋のまばゆい光がさした。
眩しさに目を閉じたル・ルーがまぶたを開くと、アンドレたちの姿は消えていた。
「・・・アンドレ?」
無人の部屋に、ル・ルーはポツリと立っていた。
ブルリ、と寒さが襲ってくる。
夢だったのか、幻だったのか・・もうどこにも、アンドレと赤ん坊の存在を示すものはない。
だが、また会おうと言ったアンドレの声は、しっかりと耳に残っている。
それはとても快活で明るい響きだった。
「うん・・また会おうね、アンドレ。」
呟くと、ル・ルーは部屋を出た。
もう泣いてなんかいられない。
胸の奥に湧きあがった得体の知れないものに突き動かされるように、ル・ルーは走り始めた。
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Author:kakonokaori
「ベルサイユのばら」の二次創作です。個人的な楽しみで執筆しております。原作関係者の方々よりクレームを受けた際には、中止します。お目汚しではございますが、お好きな方はご訪問下さいませ。

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